「型を覚える、習う重要​性」2012.6.11

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自分がそこそこ走れていた理由、競技に今も携われている理由。
そして囲碁のようにアマチュアレベルで留まった理由は、以下の理由だと考えています。


どんなスポーツであれ、日常であれ、基本や型は大切な位置を占めています。
朝起きて、学校や会社に行く、それに関する準備や私生活にもある一定の流れ、規律が生じます。
礼儀、挨拶にも型があります。
電話の取り方等にも型がある。

スポーツにも当然型があり、自分は競技を通じて速くなるために、
成果を生み出す為にはどうするか、という型を学んで来ました。
当然今も学び中ですので、一生のテーマとも言えます。
「道」が付くもの、茶道や華道、柔道、剣道等は大変重要視されている型。
それはどんなものにも当て嵌まります。
塾は勉強の型を学び、大学は研究の型を学び、スポーツは上手くなる、強くなる型を学ぶ。
それを得る為に進路等で選択します。
環境やブランドで選ぶだけでは型違いの可能性も生じます。


さて、私自身は囲碁を振り返ると分かりやすい。
私の囲碁は我流、特定の師匠を持たず、対局を通じて、また我流の勉強で強くなりました。
しかし、囲碁のプロは通常、師匠に弟子入りし、囲碁中心の生活、上達する為の生活を送ります。
ある一定までは我流でも戦えますし、対局テクニックがある分、
基礎基本からじっくり取り組むプロの卵に勝つ事も有ります。
が、ある一定を超えると基本レベルで大きな差を付けられ、小手先では全く通用しなくなります。

陸上も同じように、最初はレース慣れし、どんどん経験を積めばある程度までは強くなります。
しかし、身体作り、精神の鍛錬等を怠り、生活等、速く走る為の型を怠れば高く険しい壁に当たる事になります。
私の囲碁は正にそこに行き当たり、アマチュアレベルで終わりました。
勿論、一部の天才には当て嵌まらないかもしれません。
しかし、私のような凡才ならばこそ、この事項は非常に大きい。
型破りは型をしっかり修得し、免許皆伝となってからだと思います。

今指導している上でもその点を考え指導しています。

免許皆伝となった暁には応用、発展が必ず待っています。
そう信じ、きっちりこつこつ型を身につける努力をしたいものです。