「大切な駅伝の心」2012.1.16

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駅伝では「襷に込めた想い」や今年ならば「絆」とも言われる想いがある。
さて、そのキーワードから読み解けるものとは一体・・・

陸上、長距離は個人競技とはいえ、駅伝をやる以上チーム競技である。
これは間違いのないことですが、何がそう言わしめるのか。
これは駅伝の特性とも繋がってくる事だからです。

駅伝では自分のミスを自分で取り返す事は、その大会中事実上不可能である。
となると、自分のミスは次の走者、またその次の走者へと引き継がれていく。
それが前提であるから、後ろの選手の事を考えてしっかりと走らなくてはならない。
1区が慎重な滑り出しを見せるのはそういった部分がとても重い区間だから。
何せ、駅伝が自分から始まるから、下手をすると自分一人が駅伝を決定付けてしまうかも知れない、
という思いが頭をよぎるからである。
絶対的な自信を持った選手が1区を走る場合は、流れを作る最高の位置で渡す事を考える事が出来るが、
そうでない選手が圧倒的多数であるため、慎重に慎重を重ねるような走りになりやすい。

さて、このような駅伝の特性を踏まえて言える事は、
駅伝に取り組む以上、普段の生活からチームを意識し、
ある程度はチームのために、他の選手のためにということを生活、練習から、
つまり日々の生活において常に意識していく必要がある。
自分さえ良ければそれで良い。
自分さえ強ければ良いだろう。
他人を押しのけても自分が・・・
という考え方の選手は、個人のレースでは良いかも知れないが、
駅伝では利他の考えも必要だ、と理解して頂きたい。
器用な選手は個人のレース時は自己中心。
駅伝の時は仲間を思いやった走りをするかもしれない。
しかし、器用とは言い難い選手ならば、やはり普段から上手く自分と折り合い、
生活でも、苦しい練習の時でも仲間と協力し、仲間と強くなり、仲間と駅伝を作る、
チームを作っていく意識を醸成すると良いだろう。

恩師の教えでは
「プロは勝って輪を作り、アマは輪を作って勝つ」
という言葉を教示頂いた。
私は上述のような事と理解している。