「指導の"限界"と"待つ"こと」2010.1.6

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 教え込む、引き上げる。
これは相手に意欲、向上心が有ってこそ。
指導は無理には行かぬし、無理があれば多大な徒労に終始するのみ。
相手にとっても無理な指導、教え込みは迷惑でこそあれ、
成果は少ないと思われる。

 ならばこそ、一定の水準を満たし施した後は、相手が咀嚼し、満たされ、
次なるステージへ自ずから上がってくるのを待ち、
当面は対処・指導すべきではないか。

 待っている間は指導者自身が錬磨し、準備し、向上する。
学習、研究、体力作り。
やるべきことは山積している。
そうして、背中を見せつつ、共に向上し、なおかつ一歩先で待つ。


まるで、農業のようではないでしょうか。
種を植え、苗を植え。
成長を待ち、適度に水を与え、肥やしを与え、障害物を取り除き、
収穫が出来るまでじっと待つ。

足らぬも駄目。
過ぎるも駄目。
焦りは禁物。
程よく、計画立てて。

そうして初めて収穫という時期が来る。


そのようなことが肝要と思う。