「『日本の展望―学術からの提言2010』日本学術会議」2011.5.11

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『日本の展望―学術からの提言2010』 日本学術会議 2010年4月5日
この企画は、2008年4月8日の第152回日本学術会議総会で承認されている。
なお、この「日本の展望-学術からの提言」は、今後6年ごとに改訂しながら継続的に発信し続けることとしている。



凄く"学術的"であり、読み応えがあります。
様々な提言や答申にもリンクがあり(引用や紹介)、基盤として読むのも良いでしょう。
また、1年前の提言なので、現在との認識の違いを読み取ることも出来るかもしれません。

~以下引用部と"→"は所感~

p30 科学と社会の関係の変化は、21世紀の課題解決が科学者だけで達成できるものではないこと、広く市民が科学・技術の意義と役割を理解し、科学者とともに広い視野から合意を形成し、具体的な行動を起こしていく必要があることを示唆する。

→この後の文章p30-21一連を見る限り市民が関わる方向性は""教えて頂くこと"と、
"その環境整備"に要点が絞られています。
民間いわゆるビジネスの現場などの知を高等教育機関が学び、共同構築していく、
民間の知を取り込む方向性は別の項に譲る形でしょうか。

p32 人々の政治をめぐる討議や政治参加を促進するために、文化や社会行動の分析、制度の構築、実践の検証に至るまで人文・社会科学研究の協働が必要である。

→"制度の構築"や"分析"という言葉がここかしこに出てきますが、具体的な内容や、
 事例などを挙げて頂くと私のようなレベルでも理解できるのですが。
 どんなことをしていけば「人々の政治をめぐる討議や政治参加を促進」出来ると考えられているのでしょうか。
 別にアップされている分科会の提言を読む必要がありそうです。

p33 人文・社会科学は、以上に述べた課題を遂行し、その展望を拓くために、自らの不断の革新を進めるとともに、科学技術(science based technology)を本位とする国の施策を転換し、21世紀の人類的課題に応えるべく人文・社会科学の役割を適切に位置づける、より総合的な学術政策を確立する努力をしなければならない。人文・社会科学は、人間の営みと社会の仕組みをより良きものにするために社会の課題に応え、さらに一層学術研究を発展させる責務を負っている。

→私は歴史学科専攻だったので、"人文系"に属しますが、歴史ならばその歴史認識を現代にどう
折り合いをつけ、応用をし、役立てていくかという考えも大切かと思います。

p34 医療を公共財とみなす立場からの医療に対する過度の要求は、医療システムを疲弊させ、かえって国民の損失につながりかねない。こうした事態が招来されることについて、国民の理解を拡げることも必要である。

→言わんとしている事が分かり難い。
 これで何を理解しろと言っているのでしょうか。
 ここでも私のようなレベルでは理解が追いつきません。
 医療への過度の要求とはどんなことでしょうか。
 ここでも別にアップされている分科会の提言を読む必要がありそうです。

p35 長期的な視野の下に基礎的な研究を継続する基盤が脅かされつつあることが危惧される。健全な生命科学の発展は、多数の基礎的な研究活動の積み重ねの上に成立するものであり、とりわけ政府に対しては、今後もこのことを十分認識するよう求めるものである。

→この部分は非常に分かりやすく大切。
 何を持って成果とするか、という問題はさておき基礎研究は利益に即繋がりにくいでしょうが、
 種を蒔き、収穫まで我慢する姿勢は重要でしょう。

p36 2) 理学・工学分野の学術研究の動態と課題
 科学・技術が発展し、人間生活に浸透するにしたがって、我々が関わる社会システム全体が極めて複雑化・巨大化し、その制御は困難になってきた。代表的な例がインターネットシステムであり、利便さの一方で我々の生活を脅かす面も持っている。

→今現在これを見るとやはり"原発"が一番の脅威ではなく、ネットだったんですね・・・

p37 第4の課題は、大学・大学院の教育改革と人材育成を図るための教育投資である。第2期および第3期の科学技術基本計画において人材育成は重要な課題として推進されてきたが、OECD報告書[42]によれば、我が国の人材育成のための政府予算はGDP比で見ても依然として少なく、高等教育では0.5%(2006年)という低い値となっている。逆に、我が国では高等教育への私的負担が多くなっている。

→この面はよく言われていることですね。
 教育を怠った国は衰退する、とも言われます。
 何より前から気になっていたのは理系の大学ないし、理系の学部がいわゆる文系の大学に比べて
 少ないような気がします。

p38 基礎科学に対するこうした社会の消極的な評価は、この分野への研究投資を減少させ、優秀な研究者を確保することを困難にする。この事態を改善し、全ての研究分野の基盤としての基礎科学の意義を確立し、継続的に活性化することを目指さなければならない。

→この辺りはまさにこの会議が言っていくべきことですね。
 やはりどうしても一般人として基礎科学などの重要性、特に何に将来役立つかを
 理解していくのは困難であり、分かっている人の英断による環境整備しか中々道は拓けないと思います。
 理解者が中枢にいることが何より大切なのでしょう。

p43-44 、基礎研究に対する根源的な理解の不足も深刻な問題である。例えば、科学技術
6 R&D(研究・開発)統計の適切な国際比較のためのマニュアル。第1版の原案は1963年にイタリアのフラスカティで開催されたOECD総会において加盟諸国の専門家による討議・修正を経て策定され、現在までに3回の改訂が行われており、最新版は2002年版である。 フラスカティ・マニュアルのexperimental developmentはそのまま訳せば「試験開発」となるが、科学技術研究調査では「開発研究」という用語になっており、「研究」と「開発」の区別があいまいである。基本計画においては「基礎研究の重要性」が謳われる一方、実際のファンディングにおいては「投資効果の検証や社会還元が重要」とされる。そのような論調が過度に強くなれば、そもそも「出口論」にはなじまない基礎研究・基礎科学の諸分野における多様性の枯渇、ひいては我が国の学術の衰退を招くことが危惧される。


p44 日本学術会議は、21世紀の人類社会の課題に応えて自らの使命を果たしうるように、日本の学術体制の再構築に努めなければならない。

→所謂市井の研究者、民間の研究者や、郷土史家のような民間人を排除、無視する方向で
 "学術に関わる"方々の視野狭窄にならないことを期待したいですね。
 民間の知や、"無名な人の新しい発見"にも耳を傾ける機会があれば嬉しいです。

p47-48 大学における学術研究推進では、人材の確保に加え、それを下支えする重厚な研究環境の確立が必要である。研究を推進する基盤を支えるための多様な人材の育成や補強を怠れば、当然研究は弱体化する。日本の研究者一人あたりの研究支援者(研究補助者、技能者、研究事務者等)の数は主要国の中でも際立って低く[48]、ここでも事態は深刻である。研究支援者に対する社会的評価・待遇は一般に低く、有能な人材を集めることが困難な状況であり、有効な研究環境の構築のため、研究支援人材の処遇や人事の柔軟化など適切な改善策を講じるべきである。

→"研究支援者"のように共同で物事に当たる人材が減ると、出来る研究の範囲も狭まることもそうですが、
 後継者育成にも暗い影を落とします。ただ、この支援者を厚く、の部分でただの権力範囲拡大に陥らないよう
 対策ないし評価が必要になってしまうのですね。

→まとめ、提言がp48-以降なされていきます。
 スポーツでいう基礎トレ部分と、中高一貫更に大学、プロまでも一貫する指導システムの構築が望まれること 
 や、指導者等の後継者育成問題も同様の形となりますね。
 重厚で、充実した内容のため、全てを読むことも良いのですが、提言を読み、内容を把握するならこのまと
 め部分でもある程度成されるのではないかと思います。