「『ローマ人の物語18 悪名高き皇帝たち(二)』塩野七生 より所感」2011.6.12

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p52
自らは貴族精神をもつことと他者の能力を重視して活用することはまったく矛盾しない。
話す相手によって話し方を変えるのと、同じようなものである。
つまり、登用した人材は自分の「手足」として活用するために登用したのであって、
その人のことを親身に考えたからではない。
言い換えれば、自分の考えを実現するために抜擢し登用したのであって、
それがその人のためになったとしても結果論にすぎない。
 このように考える人にとっては、「手足」として使うために抜擢した人物が
「頭脳」になり変わろうとでもしようものなら、絶対に許さない。
降りていって、対等に振舞うことはしても、相手が自分のところにまで
登ってくるようなことは絶対に許さないのである。
 セイアヌスを十五年もの間手許に置き続けたのは、彼が有能で忠実な「手足」であったからで、
彼を後継者にするようなどとは、ティベリウスは一瞬たりとも考えなかったからにちがいない。
セイアヌスは、そのようなティベリウスの胸のうちまでは理解していなかったのであろう。

~所感~
 自分自身の役割を考える上でも重要です。
学生時代駅伝の時、何処を走りたいと考えているか、を問われない限り
指導者の考えに沿って走っておりました。
何処の区間を走ることになるかによって、指導者の考えを理解し、結果を残せるように考えて。

勿論、日頃から予想オーダーを立てて、その区間を想定しトレーニングします。
そこから逸脱しないよう、指導者の指示を守っていけば必ず勝てる、
データも、戦略も指導者が考えている事が一番最良だと信じ走る。
それによって力を発揮しやすい環境が得られたと思っています。

変わって、組織の観点からもこれは重要ではないでしょうか。
大企業の「合議制」を大切にしている組織ならばそうではないでしょうが、
創業者や、改革のために招聘されたトップなどがその意志を伝え、
組織一丸となり戦うときには、このような考え方を末端にまで知らしめる
役割を持つ人材は、その役割に徹するべきであるのではないでしょうか。
勿論意見具申を行うことは大切ですが、決して決断や勝手判断をせず、
トップの考え方を尊重し、意志実現を心掛ける。
それでこそトップの考え方が浸透し、スピード感を持って活躍できる組織になるのではないでしょうか。

そこで学んだことは必ず自分が後継者になった時に役立つでしょう。
未だその時でないのにトップに肉薄しようものなら、このような失敗から免れ得ないでしょう。
もし後継者候補に挙がっていないとすれば、現在のその役割がその人にとって非常に適任で
トップには逆に向いていない場合。その場合は、違うトップを頂き、補佐役に徹するのも大切です。
もしくは、後継者足りえる自覚、努力が足りない場合、条件が合わない場合。
その場合も無理に手に入れようとしても上手くいきません。
この点も、歴史の教訓としてこの本を読んでみると面白いです。

~注~
「その人のことを親身に考えたからではない。」
注意点ですが、私の解釈では情だけで登用したわけではない、
という意味だと考えます。