第12話 ネガティブハート-カベ-
人を、殺した。
それも、優しくしてくれた、大切な友人を。
それも、優しくしてくれた、大切な友人を。
――何してるんじゃ?
殺し合い。
殺しをしても許してもらえる環境。
殺しをしても許してもらえる環境。
だけど、そんなの関係ない。
私は人を殺してしまった。
私は人を殺してしまった。
――ああ、安心せぇ。わしゃぁ殺し合いなんてする気になっちょらんよ。
染谷は、銃を持って現れた。
混乱して鰹節を手に彷徨っていた私なんて、容易く殺せそうなのに、軽く手を挙げ友好的な態度を取って私に接してくれた。
混乱して鰹節を手に彷徨っていた私なんて、容易く殺せそうなのに、軽く手を挙げ友好的な態度を取って私に接してくれた。
――なんじゃ、支給されたのは鰹節なんか。
――そうだし! こんなのじゃ出汁取るくらいしか出来ないし!
――出汁出汁だしだし五月蝿い奴じゃのう……
――そうだし! こんなのじゃ出汁取るくらいしか出来ないし!
――出汁出汁だしだし五月蝿い奴じゃのう……
そして、手を取り合ってくれた。
図々しさだけが取り柄の鰹節女なんて、何の役にも立たないだろうに。
なのに、染谷はわざわざ手を取ってくれた。
図々しさだけが取り柄の鰹節女なんて、何の役にも立たないだろうに。
なのに、染谷はわざわざ手を取ってくれた。
――ほうじゃ。これからどうするのか決めないとのう。
――やっぱり私は、皆に会いたい。絶対再会してやるし!
――ほうじゃのう。それじゃあ、当面は仲間探しといくとしようか!
――やっぱり私は、皆に会いたい。絶対再会してやるし!
――ほうじゃのう。それじゃあ、当面は仲間探しといくとしようか!
一緒に、仲間を探してくれた。
――さっきから適当に歩いとるが、迷っちゃおらんか?
――大丈夫だし! いざとなったら引き返せるよう木に傷を付けておいたし。
――大丈夫だし! いざとなったら引き返せるよう木に傷を付けておいたし。
色々と気がつくいい奴だった。
――ナイフもないのにどうやって?
――頭を使うし! シャーペンがあれば十分傷は付けられるし!
――ああ、確かにそうじゃな。パッと見じゃ見つけられない傷ならばの話じゃがのぅ……
――頭を使うし! シャーペンがあれば十分傷は付けられるし!
――ああ、確かにそうじゃな。パッと見じゃ見つけられない傷ならばの話じゃがのぅ……
空回りする私を、見捨てないでいてくれた。
――そういえば、わしらは次期部長仲間でもあるんじゃのう。
――そうそう、2年連続大将を務めた私が次期部長なのは間違いないし!!
――そうそう、2年連続大将を務めた私が次期部長なのは間違いないし!!
自分の不安を紛らわすためか、積極的に話しかけてきてくれた。
それが、私にも救いをもたらしてくれた。
それが、私にも救いをもたらしてくれた。
――いつ頃部長に就任するんじゃ? 福路さんの個人戦が終わってからかのう?
――多分、そういうことになるし。
――多分、そういうことになるし。
雑談もいっぱいした。
おかげで恐怖は薄れ、ここまでやってくることができた。
おかげで恐怖は薄れ、ここまでやってくることができた。
――そうじゃ、チームとして、先にルールでも決めておくか。
――ルール?
――それなら、後から揉めんですむじゃろ。
――ルール?
――それなら、後から揉めんですむじゃろ。
染谷と二人で作ったルール。
それは決して、仲間を縛り付けるためのものではなかった。
それは決して、仲間を縛り付けるためのものではなかった。
――こんなのなくても私は絶対裏切らないし。
――分かっとるよ。ただ、明文化することで決意を新たにするためじゃ。
――分かっとるよ。ただ、明文化することで決意を新たにするためじゃ。
裏切る気なんて、殺す気なんて、毛ほども無かった。
――危ないっ!
助けたつもりだった。
友達になったから。
彼女はもう、仲間だから。
友達になったから。
彼女はもう、仲間だから。
――…………。
彼女はもう、何も言わない。
聡明なことも気を使ったことも、ツッコミさえもしてくれない。
聡明なことも気を使ったことも、ツッコミさえもしてくれない。
私が、殺したから。
☆ ★ ☆ ★ ☆
かける言葉がない。
目の前にいる少女は、人を殺してしまったのだ。
私と同じ年にして、私と同じ年の少女を。
目の前にいる少女は、人を殺してしまったのだ。
私と同じ年にして、私と同じ年の少女を。
(こんな時、どうしたらいいんですの……?)
それは、紛れもない事故なのだろう。
目の前の少女・池田華菜にこれほどの演技力があったようには思えない。
むしろ彼女は感情を全面に出す方だ。
その彼女がここまで負のオーラを出しているということは、本当に事故だったのだろう。
目の前の少女・池田華菜にこれほどの演技力があったようには思えない。
むしろ彼女は感情を全面に出す方だ。
その彼女がここまで負のオーラを出しているということは、本当に事故だったのだろう。
(私にも、責任が……)
急に銃を向けた私にも、染谷まこ殺害の責任の一端はある。
だからこそ、気軽なことは言えなかった。
自分自身、気にしないなんて出来ないことだったから。
だからこそ、気軽なことは言えなかった。
自分自身、気にしないなんて出来ないことだったから。
「……?」
重苦しい空気の中、場違いな賛美歌が響く。
周囲をしばし見回してから、思い出した。
放送という存在を。
周囲をしばし見回してから、思い出した。
放送という存在を。
「……純……」
放送は終わった。
序盤から、大切な人の名前を呼ばれてしまった。
それでも何とか理性で感情を抑え、最後までメモを取った。
序盤から、大切な人の名前を呼ばれてしまった。
それでも何とか理性で感情を抑え、最後までメモを取った。
しかし、放送が終わったことで、感情が一気に堰を切る。
視界が滲み、大粒の涙が零れた。
視界が滲み、大粒の涙が零れた。
純。大切な、家族。
初めてスカウトした日のこと。
共に麻雀部で打っていた日のこと。
そして、いつも聞こえたあの笑い声。
初めてスカウトした日のこと。
共に麻雀部で打っていた日のこと。
そして、いつも聞こえたあの笑い声。
それらが走馬灯のように、一気に脳内を駆ける。
(どうして、こんなことに……)
スカートをグシャリと握る。
本当はもっと暴れたいくらいだったが、そこは理性でグッと堪える。
無駄な怒りで危険になるわけにはいかない。
衣や、他の家族と共に生きて帰るためにも。
本当はもっと暴れたいくらいだったが、そこは理性でグッと堪える。
無駄な怒りで危険になるわけにはいかない。
衣や、他の家族と共に生きて帰るためにも。
(染谷まこ……申し訳ありませんわ)
染谷まこ。
彼女の名前も、当然ながら呼ばれていた。
本当なら横たえてやり、目も閉じさせたいところである。
彼女の名前も、当然ながら呼ばれていた。
本当なら横たえてやり、目も閉じさせたいところである。
しかし、彼女の身体は実際にはあのまま放置されていた。
体力をかなり消費しそうだし、枝を抜いた際に“何か”が漏れ出る可能性があったからだ。
それで嘔吐して体力を消耗するわけにもいかないし、死体を余計グロイことにするのにも抵抗がある。
結局、手を合わせることくらいしか出来なかった。
体力をかなり消費しそうだし、枝を抜いた際に“何か”が漏れ出る可能性があったからだ。
それで嘔吐して体力を消耗するわけにもいかないし、死体を余計グロイことにするのにも抵抗がある。
結局、手を合わせることくらいしか出来なかった。
(私は、生きますわ。許してくれとは言いませんけど……それでも、貴女の分も)
染谷まこの亡骸へと誓いを立てる。
自分は決して屈しない。
心なんてへし折らない。
殺された本人からしてみれば腹立たしいかもしれないが、それでもそうすると決めた。
それが正しいと思ったから。
自分は決して屈しない。
心なんてへし折らない。
殺された本人からしてみれば腹立たしいかもしれないが、それでもそうすると決めた。
それが正しいと思ったから。
けど――――
「ちょっと、何やってますの!?」
池田華菜は、そうではなかった。
地図も名簿も出さないで、膝を抱えて座っていた。
放送時に彼女のことを少しでも気にかけているべきだったと、少しだけ後悔した。
地図も名簿も出さないで、膝を抱えて座っていた。
放送時に彼女のことを少しでも気にかけているべきだったと、少しだけ後悔した。
「放送は!? メモを取っていませんでしたの!?」
写させなくては。
そう考え、アタッシュケースを再び開けて中から名簿と地図を取り出す。
しかし。
そう考え、アタッシュケースを再び開けて中から名簿と地図を取り出す。
しかし。
「聞いてた……文堂が、死んでた。他校の皆も、染谷も死んでた」
彼女は、自身の地図や名簿を取り出そうとしない。
一層強く膝を抱え、地面を睨みつけている。
一層強く膝を抱え、地面を睨みつけている。
「……それでも、生きている私達は死んでしまった彼女達の分まで」
「私はッ!!」
「私はッ!!」
生きなくては。
そう言おうとし、遮られた。
そう言おうとし、遮られた。
「人を殺した……殺しちゃったんだ!!」
「…………」
「…………」
何も、言えなかった。
下手な反論は余計彼女を傷つけると、そう思ったから。
下手な反論は余計彼女を傷つけると、そう思ったから。
「そんな奴に……死んだ連中が生きて欲しいなんて思うわけないし……」
「そんな、ことは」
「ある。絶対」
「そんな、ことは」
「ある。絶対」
上げられた顔は、涙と鼻水に濡れていた。
その目は、絶望の色に染まり切ってしまっている。
その目は、絶望の色に染まり切ってしまっている。
「だって……だって私は……」
僅かに俯き、また前を向く。
そして、池田華菜は、口にした。
残酷な現実を。
そして、池田華菜は、口にした。
残酷な現実を。
「文堂を殺した奴が許せない……大事な、可愛い後輩を殺した奴が」
池田華菜は、軽いようで面倒見は悪くなかった。
たくさんの妹がいるからか、後輩の面倒見もいい。
合宿でも後輩の文堂星夏の面倒をよく見ていたように思える。
たくさんの妹がいるからか、後輩の面倒見もいい。
合宿でも後輩の文堂星夏の面倒をよく見ていたように思える。
その文堂が死んだのだ。
悲しいのは、よく分かる。
悲しいのは、よく分かる。
だがしかし、彼女は悲しいだけでは止まることができなかった。
憎いと、思ったのだ。
その文堂を殺した者を。
憎いと、思ったのだ。
その文堂を殺した者を。
「龍門渕は……井上を殺した奴をどう思ってる?」
「そ、それは……」
「そ、それは……」
答えに窮する。
許します、とは残念ながら言えなかった。
実際対面してしまったら、協力しなくてはならない場面になったら、どうするか分からない。
だから、答えられなかった。
心にもない言葉を返して上手くこの場を収められるほど、大人にはなれなかった。
許します、とは残念ながら言えなかった。
実際対面してしまったら、協力しなくてはならない場面になったら、どうするか分からない。
だから、答えられなかった。
心にもない言葉を返して上手くこの場を収められるほど、大人にはなれなかった。
「ほら、龍門渕だってそうだし。
私は……私はもう、許されないんだ……
私やお前がそうしたように、私も清澄の皆に恨まれるんだっ……!」
「そんなことは――」
私は……私はもう、許されないんだ……
私やお前がそうしたように、私も清澄の皆に恨まれるんだっ……!」
「そんなことは――」
そんなことはない。
少なくとも、私は許そうと思う。
そう続けようとするも、言葉は中断させられた。
突如聞こえた謎の叫び声によって。
少なくとも、私は許そうと思う。
そう続けようとするも、言葉は中断させられた。
突如聞こえた謎の叫び声によって。
「な、何事ですの!?」
さすがの池田華菜も驚いたのか、辺りを見渡している。
しかし、どうやら声の主はすぐそばにいるというわけではなさそうだった。
しかし、どうやら声の主はすぐそばにいるというわけではなさそうだった。
『何をこそこそ隠れてるか! さっさと私を迎えにくるじぇ!!』
声が、些か割れている。
機械、恐らくは拡声器のようなものを通しているのだろう。
鮮明に聞こえるということは、そう離れてはいないはずだ。
機械、恐らくは拡声器のようなものを通しているのだろう。
鮮明に聞こえるということは、そう離れてはいないはずだ。
『死んだふりなんかしてたって……私には分かっ……!』
誰かが確実にいる。
そのことに気持ちがはやり、冷静さを欠いてしまったのかもしれない。
再び、放送時と同じミスを犯してしまった。
放送時と同じ、池田華菜を疎かにしてしまうというミスを。
そのことに気持ちがはやり、冷静さを欠いてしまったのかもしれない。
再び、放送時と同じミスを犯してしまった。
放送時と同じ、池田華菜を疎かにしてしまうというミスを。
『うわああああああああああああああ』
突如、言葉は泣き声に変わる。
誰かに襲われたという風ではないのが救いではあるが。
不安定なようだし、早く駆けつけてやらねば。
誰かに襲われたという風ではないのが救いではあるが。
不安定なようだし、早く駆けつけてやらねば。
『――失礼しました。皆さん、聞こえてますか』
池田華菜へと声をかけ、共に駆けつけようとして、その身が止まる。
泣き声の後に聞こえてきたその声は、とても良く知るものだった。
泣き声の後に聞こえてきたその声は、とても良く知るものだった。
「この、声は……」
「一、ですね」
「一、ですね」
聞き覚えのある、機械越しのとはまた別の声が。
振り返ると、そこには。
振り返ると、そこには。
「ハギヨシ!!」
「ご無事で何よりです、透華お嬢様」
「ご無事で何よりです、透華お嬢様」
☆ ★ ☆ ★ ☆
聞こえてきたのは、少女の悲鳴。
正確には悲鳴でなく呼びかけのようなものだったが、その言語は悲鳴のそれと同じように思えた。
正確には悲鳴でなく呼びかけのようなものだったが、その言語は悲鳴のそれと同じように思えた。
次に聞こえたのは、冷静なメッセージ。
私達が今いるエリアの近くに、彼女達はいるらしい。
私達が今いるエリアの近くに、彼女達はいるらしい。
「どうやらそう遠くはないようですね」
そう言った男は、龍門渕家に仕える執事でハギヨシという名らしい。
彼は突然茂みの向こうから現れた。
……龍門渕家の関係者は、人を驚かせるよう物陰から急に出てくることを信条とでもしているのだろうか。
彼は突然茂みの向こうから現れた。
……龍門渕家の関係者は、人を驚かせるよう物陰から急に出てくることを信条とでもしているのだろうか。
「行きますわよ、池田華菜!」
龍門渕透華は、掛け声に応えるつもりらしい。
ハギヨシさんも、それに同調しているようだ。
ハギヨシさんも、それに同調しているようだ。
無理もない。
何せ呼びかけた声の主は、彼女達の身内である国広一だったのだから。
何せ呼びかけた声の主は、彼女達の身内である国広一だったのだから。
「……どう、しましたの?」
私も連れて行ってくれるつもりだったらしい龍門渕が、心配そうに顔を歪める。
それほどまでに、今の私は顔面蒼白だったのか。
それほどまでに、今の私は顔面蒼白だったのか。
「行きたかったら、2人で行けばいいし」
震えが止まらぬ唇から、何とかして声を出す。
ようやく吐き出したか細い声は、なんとか届いたようだった。
ようやく吐き出したか細い声は、なんとか届いたようだった。
「何を言ってますの、こんなところで放っておけるわけないじゃありませんの」
お節介。それが彼女の性分ということなのだろう。
きっとそれは、長所と呼べる彼女の素晴らしい所。
でも今は、迷惑以外の何者でもなかった。
きっとそれは、長所と呼べる彼女の素晴らしい所。
でも今は、迷惑以外の何者でもなかった。
「五月蝿い! 私が行けるわけがないしっ!」
思わずキツい言葉をぶつけてしまう。
龍門渕は何も悪くないというのに。
疲れきっている証拠だ。
龍門渕は何も悪くないというのに。
疲れきっている証拠だ。
分かっていても、言葉は溢れ出してしまう。
もはや自分に止める術はなかった。
もはや自分に止める術はなかった。
「どのツラ下げて、私が会いに行けばいい!?
あいつ、すっごく泣いてたし! 須賀の、染谷の死に……」
あいつ、すっごく泣いてたし! 須賀の、染谷の死に……」
泣かせたのは、泣かせる原因を作ったのは。
間違いなく、私なんだ。
間違いなく、私なんだ。
「なのにっ……なのに私が会いに行っていいはずないしっ!」
だから、行けない。
本当だったら、飛んで行きたかったけど。
本当だったら、飛んで行きたかったけど。
「いいはずない、ですか。
なるほど、やはりあそこで亡くなっている染谷様を殺したのは、貴女でしたか」
「ハギヨシ!」
なるほど、やはりあそこで亡くなっている染谷様を殺したのは、貴女でしたか」
「ハギヨシ!」
ハギヨシさんの言葉が胸に突き刺さる。
傍で死んでいる染谷の件を、伝える暇などなかった。
いや――本当は単に、伝えたくなかっただけかもしれない。
傍で死んでいる染谷の件を、伝える暇などなかった。
いや――本当は単に、伝えたくなかっただけかもしれない。
「透華お嬢様ではないと信じていましたが……なるほど、池田様が」
「ハギヨシ! あれは事故ですわ! 私が証人――それどころか、私も原因の一端ですわっ!」
「ハギヨシ! あれは事故ですわ! 私が証人――それどころか、私も原因の一端ですわっ!」
龍門渕がハギヨシさんに食って掛かる。
わざわざ擁護をしてくれるのか。
わざわざ擁護をしてくれるのか。
「それでも……池田様が手を下したことに変わりはないのでしょう。
少なくとも、池田様はそう思っている。
事故というよりは、殺人であると。
でなければ、呼びかけに応えて弁明するはずですから」
少なくとも、池田様はそう思っている。
事故というよりは、殺人であると。
でなければ、呼びかけに応えて弁明するはずですから」
何も、言い返せない。
実際、私が殺したのだ。
事故だけど、手を下したのは間違いなく、この私。
実際、私が殺したのだ。
事故だけど、手を下したのは間違いなく、この私。
「ならば、無理して連れていくことはありません。
片岡様と揉める可能性がありますし、ここで別れるのが得策です」
「そんなことっ……」
「するしかないのですよ、お嬢様」
片岡様と揉める可能性がありますし、ここで別れるのが得策です」
「そんなことっ……」
「するしかないのですよ、お嬢様」
ここで、別れる。
その言語が、妙に胸に突き刺さった。
駄々っ子に近い私なんかを気にかけてくれる龍門渕と、本心では別れたくないということか。
その言語が、妙に胸に突き刺さった。
駄々っ子に近い私なんかを気にかけてくれる龍門渕と、本心では別れたくないということか。
「それに……池田様は嘘を吐いておられます。
池田様は、『会いに行っていいはずがない』と仰られましたが……
本当は、そうじゃないのではありませんか?」
「何を……」
「本当は、『会いに行きたくない』のではありませんか?」
池田様は、『会いに行っていいはずがない』と仰られましたが……
本当は、そうじゃないのではありませんか?」
「何を……」
「本当は、『会いに行きたくない』のではありませんか?」
心臓を鷲掴みにされたかと思った。
頬の筋肉が痙攣を起こす。
それは、一番触れてはほしくないことだった。
頬の筋肉が痙攣を起こす。
それは、一番触れてはほしくないことだった。
「会いに行ってはならない理由なんて無い……
むしろ、会いに行って謝罪をしなくてはならないのではないでしょうか」
「ハギヨシ!」
「けれども貴女はそれをしない。
それは貴女が、責められることを、許されないことを、憎悪をぶつけられることを恐れているからではないですか?
だから『会いに行けない』なんて体の良い言い方をして、逃げているのではないですか?」
むしろ、会いに行って謝罪をしなくてはならないのではないでしょうか」
「ハギヨシ!」
「けれども貴女はそれをしない。
それは貴女が、責められることを、許されないことを、憎悪をぶつけられることを恐れているからではないですか?
だから『会いに行けない』なんて体の良い言い方をして、逃げているのではないですか?」
龍門渕の声も聞かず、私の心を抉り続ける。
やめろ、それ以上言うな!
やめろ、それ以上言うな!
「だったら! だったら何だって言うんだ!」
涙と鼻水にまみれた無様な顔をハギヨシさんへと向ける。
ハギヨシさんは正しいことを言っている。
それでも彼が憎たらしかった。
どうしても、視線に憎悪が篭ってしまう。
ハギヨシさんは正しいことを言っている。
それでも彼が憎たらしかった。
どうしても、視線に憎悪が篭ってしまう。
「説得をしてさしあげる必要などない、と言いたかっただけですよ。
片岡様達のお心が分からぬ以上、拒絶されないと断言してさしあげることは出来ません。
それは即ち、池田様の意志を変えることは私達には出来ないということです。
ならば、諦めるよりありません。
ご自身の意志でここに残りたがっているのですから、そうさせてあげるのが互いのためです。
ここで無駄に時間を使うわけにもいきませんから」
「でも……こんなところで一人にするわけにはいきませんわ!」
「透華お嬢様。貴女は大変お優しい。
ですが……優しさだけでは、この島で生きていけないのです」
片岡様達のお心が分からぬ以上、拒絶されないと断言してさしあげることは出来ません。
それは即ち、池田様の意志を変えることは私達には出来ないということです。
ならば、諦めるよりありません。
ご自身の意志でここに残りたがっているのですから、そうさせてあげるのが互いのためです。
ここで無駄に時間を使うわけにもいきませんから」
「でも……こんなところで一人にするわけにはいきませんわ!」
「透華お嬢様。貴女は大変お優しい。
ですが……優しさだけでは、この島で生きていけないのです」
そう言うと、ハギヨシはアタッシュケースを床に置いた。
そして中から大ぶりのナタを取り出す。
――肩に掛けている銃を入れると、これで二つ目の武器ということになる。
そして中から大ぶりのナタを取り出す。
――肩に掛けている銃を入れると、これで二つ目の武器ということになる。
「全てを救うことは、残念ながら出来ません。
ですから私は、透華お嬢様と、そして衣様のことを第一に考えます。
お二人と意志を同じくする方々は等しく救うつもりですが、そうでない方まで救う余裕はありません」
ですから私は、透華お嬢様と、そして衣様のことを第一に考えます。
お二人と意志を同じくする方々は等しく救うつもりですが、そうでない方まで救う余裕はありません」
そう言って、ナタを掲げてみせた。
まさか、この場でぶった切られるのではないか。
そう考えると、一気に血の気が引いてしまった。
まさか、この場でぶった切られるのではないか。
そう考えると、一気に血の気が引いてしまった。
「このナタは、自殺した少女が残したものです。
理由はわかりませんが、恐らくは譲れないものがあったうえでの行動でしょう。
少なくとも、私では救えませんでした」
「…………」
理由はわかりませんが、恐らくは譲れないものがあったうえでの行動でしょう。
少なくとも、私では救えませんでした」
「…………」
私とハギヨシさんの間にさりげなく位置を変えた龍門渕も、言葉を失っている。
私達がそうだったように、この人も目の前で人を亡くしているのだ。
私達がそうだったように、この人も目の前で人を亡くしているのだ。
「ですから、私は私に出来ることをするだけです。
池田様も、そうしたらどうですか?
でないと、文堂様も悲しまれますよ?」
「…………っ!!」
池田様も、そうしたらどうですか?
でないと、文堂様も悲しまれますよ?」
「…………っ!!」
文堂。
もうこの世にはいない、大事な後輩の名前。
それを、文堂の名前を、
もうこの世にはいない、大事な後輩の名前。
それを、文堂の名前を、
「……るな……」
「はい?」
「気安くお前が文堂を語るな! お前にっ……お前に何が分かるっ!」
「はい?」
「気安くお前が文堂を語るな! お前にっ……お前に何が分かるっ!」
再び、八つ当たりをしてしまう。
それでも止めることはできない。
文堂と染谷の話題は、今もっともされたくない話題なのだ。
それでも止めることはできない。
文堂と染谷の話題は、今もっともされたくない話題なのだ。
「分かりませんが、推測は出来ますよ。
自己中心的な理由で一人現実から逃げ出したのでない限り、文堂様は仲間を想い仲間のために死んでいったことになります。
わざわざ全滅を避けさせるために死んだというのに、助けたかった先輩が塞ぎ込んでいて喜ぶはずがないでしょう」
「文……堂……? 自殺……?」
「ええ。自殺されたのは、文堂様と津山様です」
自己中心的な理由で一人現実から逃げ出したのでない限り、文堂様は仲間を想い仲間のために死んでいったことになります。
わざわざ全滅を避けさせるために死んだというのに、助けたかった先輩が塞ぎ込んでいて喜ぶはずがないでしょう」
「文……堂……? 自殺……?」
「ええ。自殺されたのは、文堂様と津山様です」
文堂は、自殺した。
一体何故?
私が、風越の皆がまとめて首を飛ばされるのを避けるため?
それとも、単に現実に絶望して?
私は文堂も助けてあげたかったのに、文堂は私を頼りにしてくれなかったのか?
一体何故?
私が、風越の皆がまとめて首を飛ばされるのを避けるため?
それとも、単に現実に絶望して?
私は文堂も助けてあげたかったのに、文堂は私を頼りにしてくれなかったのか?
「……それを聞いてもまだ、自身の保身のためにここに残るようでしたら、もう何も言うことはありません。
これ以上の説得は無駄だと判断させてもらいます。
当初の予定通り、私達だけで一達と合流させてもらいます」
「…………」
これ以上の説得は無駄だと判断させてもらいます。
当初の予定通り、私達だけで一達と合流させてもらいます」
「…………」
何かを言い返す気になれなかった。
それほどまでに、文堂の自殺は衝撃が大きかった。
諦めないで欲しかった。
生きていて、ほしかった。
悲しみと無力感が頭の中を支配する。
それほどまでに、文堂の自殺は衝撃が大きかった。
諦めないで欲しかった。
生きていて、ほしかった。
悲しみと無力感が頭の中を支配する。
「……どうやら、ここでお別れのようですね」
そんな私を見て、ハギヨシさんが淡々と述べる。
恐らくは、こうなることを予想していたのだろう。
それでも龍門渕の手前、一応説得を試みていたというところか。
そんな理由で文堂の死を知らされたかと思うと、無性に腹が立ってきた。
恐らくは、こうなることを予想していたのだろう。
それでも龍門渕の手前、一応説得を試みていたというところか。
そんな理由で文堂の死を知らされたかと思うと、無性に腹が立ってきた。
「……池田華菜……」
さしもの龍門渕も、ようやく理解したらしい。
私がついていく空気ではないことを。
私がついていく空気ではないことを。
「ごめんなさい。でも、私は、はじめの元に行きますわ」
勝手にしろ。
心の中で返事を返す。
ハギヨシさんの言うとおり、自分は国広達に会いたくないのだ。
拒絶されると分かっているから、会いに行くのが怖いのだ。
心の中で返事を返す。
ハギヨシさんの言うとおり、自分は国広達に会いたくないのだ。
拒絶されると分かっているから、会いに行くのが怖いのだ。
「だから、一端ここでお別れになりますわね」
返事すら返さない。
これも、単なる八つ当たりの延長だ。
文堂の死に対する様々な感情を、今二人にぶつけている。
心のどこかで思っているのだ。
何故見捨てた、あんただったら助けられたんじゃないのかと。
そんな黒い思考回路が、一方的な嫌悪感を募らせていく。
これも、単なる八つ当たりの延長だ。
文堂の死に対する様々な感情を、今二人にぶつけている。
心のどこかで思っているのだ。
何故見捨てた、あんただったら助けられたんじゃないのかと。
そんな黒い思考回路が、一方的な嫌悪感を募らせていく。
「だから――死なないでくださいまし。
私が、一達とこの殺し合いを終わらせますから。
ですから貴女は、意地でも生き抜けですわ!
私が、全てを終わらせ迎えにきてさしあげますから!」
私が、一達とこの殺し合いを終わらせますから。
ですから貴女は、意地でも生き抜けですわ!
私が、全てを終わらせ迎えにきてさしあげますから!」
なのに彼女は、龍門渕はまだ私を見捨てるつもりがないらしい。
そのことに、僅かに視界が滲んでくる。
そのことに、僅かに視界が滲んでくる。
「それと……私は、地面にこの銃で名前と矢印を書きながら移動していますわ」
「確かに、あれのおかげで透華お嬢様と合流できましたが、これからも続けるには些か危険なのでは……」
「構いませんわっ!
例えそれが殺し合いに乗っている相手でも、出会えなければどうしようもない……
私は私の力でどなたであろうと仲間に引き入れてみせますッ」
「……さすがは透華お嬢様」
「確かに、あれのおかげで透華お嬢様と合流できましたが、これからも続けるには些か危険なのでは……」
「構いませんわっ!
例えそれが殺し合いに乗っている相手でも、出会えなければどうしようもない……
私は私の力でどなたであろうと仲間に引き入れてみせますッ」
「……さすがは透華お嬢様」
呆れ気味にハギヨシさんが呟いた。
確かに、呆れる。
呆れるくらいにお人好しだ。
確かに、呆れる。
呆れるくらいにお人好しだ。
「ですから! ……気が向いたらいつでも追いかけてきなさい。
事情を知ってる人間として、私は貴女の味方でいてさしあげますから」
事情を知ってる人間として、私は貴女の味方でいてさしあげますから」
だから、心が揺らぐ。
本当は、龍門渕と一緒にいたい。
自分のことを許してくれる人と一緒にいたい。
本当は、龍門渕と一緒にいたい。
自分のことを許してくれる人と一緒にいたい。
「そろそろ行きましょう、透華お嬢様」
「ええ……それと、これを」
「いけません、お嬢様!」
「ええ……それと、これを」
「いけません、お嬢様!」
龍門渕は、自身の銃を差し出した。
銃口を向けるでなく、グリップをこちらに向けて。
銃口を向けるでなく、グリップをこちらに向けて。
「私達にはハギヨシの銃がありますし、ここは譲るべきですわ」
「ですが、それは透華お嬢様の支給品です。
武器がいくつあっても足りないであろう状況で譲渡するなど、仕える者として見過ごせません」
「私のものだからこそ、譲渡も自由のはずですわ」
「ですが、それは透華お嬢様の支給品です。
武器がいくつあっても足りないであろう状況で譲渡するなど、仕える者として見過ごせません」
「私のものだからこそ、譲渡も自由のはずですわ」
優しさが、痛い。
相対的に、自分が如何に醜いかを教えられているようで。
相対的に、自分が如何に醜いかを教えられているようで。
「ですが……」
「いらない」
「……え?」
「そんな人殺しの道具、いらないしっ!」
「いらない」
「……え?」
「そんな人殺しの道具、いらないしっ!」
だから、これも八つ当たり。
ありえないほどの親切への、ありえないほど不義理な返し。
ありえないほどの親切への、ありえないほど不義理な返し。
「……ま、まあ、確かに私も少し無神経でしたわね。
後で後悔しても知りませんわよっ」
後で後悔しても知りませんわよっ」
それでも、龍門渕は怒らない。
声を張り上げていても、言葉の端々に悲しさが込められている。
見栄を張っているのだろうか、いつもの調子で言葉を紡ごうとしていた。
そのことがまた、普段通りに振舞えていない自分との差を突きつけてくる。
声を張り上げていても、言葉の端々に悲しさが込められている。
見栄を張っているのだろうか、いつもの調子で言葉を紡ごうとしていた。
そのことがまた、普段通りに振舞えていない自分との差を突きつけてくる。
「……それじゃあ、また」
また。
龍門渕は、そう言ってくれた。
建前でも、私を受け入れてくれている。
龍門渕は、そう言ってくれた。
建前でも、私を受け入れてくれている。
ならば、追え。
追うんだ私。
ほら、地面にガリガリと矢印を書くその背中に、勇気を出して声をかけろ。
やっぱり私もついていく、と。
追うんだ私。
ほら、地面にガリガリと矢印を書くその背中に、勇気を出して声をかけろ。
やっぱり私もついていく、と。
(一人は……嫌だし……)
ほら、どうした。
華菜ちゃん図々しいんだろ?
罵詈雑言も許してもらったじゃないか。
声をかけろよ、一緒に行ってもいいかって。
華菜ちゃん図々しいんだろ?
罵詈雑言も許してもらったじゃないか。
声をかけろよ、一緒に行ってもいいかって。
(でも……でもっ……)
ざわざわと草木の揺れる音がする。
龍門渕の姿はとっく見えなくなっていた。
龍門渕の姿はとっく見えなくなっていた。
結局私は、声をかけられなかった。
つまらぬ意地か、はたまた単なる根性なしか。
つまらぬ意地か、はたまた単なる根性なしか。
(行けないし……やっぱ……)
龍門渕一人だったらついていけたかもしれない。
確かにハギヨシさんも、私のことを強く拒絶はしていなかった。
けれど、許してくれている風にも見えなかった。
それが、躊躇の原因のひとつ。
確かにハギヨシさんも、私のことを強く拒絶はしていなかった。
けれど、許してくれている風にも見えなかった。
それが、躊躇の原因のひとつ。
他にも、ハギヨシさんは様々な原因となった。
文堂を救ってくれなかったことへの八つ当たりもそう。
残念ながら、今の所ハギヨシさんにはマイナスな印象しかない。
一緒には、いられなかった。
文堂を救ってくれなかったことへの八つ当たりもそう。
残念ながら、今の所ハギヨシさんにはマイナスな印象しかない。
一緒には、いられなかった。
(誰か……迎えに来てよぉ……私のことを助けてよぉ……)
結局の所、私は最低なのだ。
こうしてまた、他者に責任を押し付けている。
私が動けないなんて、結局のところ私のせい以外の何者でもないのに。
ハギヨシさんの言った通り、自分に勇気がないだけなのに。
こうしてまた、他者に責任を押し付けている。
私が動けないなんて、結局のところ私のせい以外の何者でもないのに。
ハギヨシさんの言った通り、自分に勇気がないだけなのに。
(誰か……私を許してよぉ……)
分かっていても、動けない。
救ってほしくてたまらないのに、一歩を踏み出す勇気がない。
駄目だった時のことを思うと恐ろしくて、どうしても踏み出せない。
救ってほしくてたまらないのに、一歩を踏み出す勇気がない。
駄目だった時のことを思うと恐ろしくて、どうしても踏み出せない。
本当は、龍門渕と行きたかったのに。
一人にされたくなかったのに。
それでもやっぱり、踏み出せなかった。
そして今も、踏み出せない。
一人にされたくなかったのに。
それでもやっぱり、踏み出せなかった。
そして今も、踏み出せない。
(みんな……キャプテン……)
もう、きっと自分の力じゃ動けない。
後はもう、祈って待つだけである。
自分を許してくれる人が、現れてくれるのを。
後はもう、祈って待つだけである。
自分を許してくれる人が、現れてくれるのを。
【残り25人】
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第09話 | 池田華菜 | 第17話 |
第09話 | 染谷まこ | 第17話 |
第09話 | 龍門渕透華 | 第14話 |
第06話 | ハギヨシ | 第14話 |
第11話 | 片岡優希 | 第14話 |
第11話 | 国広一 | 第14話 |