第22話 運命の輪-ダイシャリン-
国広一が主である龍門渕透華に抱いていた感情は、至極複雑なものだった。
敬愛の気持ちもあるし、友情に近い気持ちもあるし――その他諸々、ポジティブな想いでいっぱいだ。
一にとって、それほどまでに、透華は大きな存在だった。
敬愛の気持ちもあるし、友情に近い気持ちもあるし――その他諸々、ポジティブな想いでいっぱいだ。
一にとって、それほどまでに、透華は大きな存在だった。
『救い』と表現しても、大袈裟ではないかもしれない。
過ちにより友を失い、家族というものを精神的にはとっくに失っていた時、透華が再び友と家族を一に与えてくれた。
いや、与えてくれたというよりも――思い出させてくれたと言う方がいいかもしれない。
いや、与えてくれたというよりも――思い出させてくれたと言う方がいいかもしれない。
とにかく、“死んでいた”一を生き返らせてくれたのは、無茶で強引な第一印象しかなかった透華なのである。
「透華……透華ァ!」
その無茶苦茶な行動もあり、正直に言うと、透華の第一印象はそれほど良くはなかった。
それでも時を重ねるにつれ、透華の優しさや人格に触れるにつれ、徐々に透華という人間を好きになっていた。
やがて透華は一にとっての“すべて”となり、一は透華のためならば何でも出来ると思うようになる。
それでも時を重ねるにつれ、透華の優しさや人格に触れるにつれ、徐々に透華という人間を好きになっていた。
やがて透華は一にとっての“すべて”となり、一は透華のためならば何でも出来ると思うようになる。
だが――心の底からそう思っても、透華のために悪事に手を染めたことはない。
というのも、一の心の構成要素の大多数を占めている要素として、透華以外に“過去のあやまち”が挙げられるからだ。
というのも、一の心の構成要素の大多数を占めている要素として、透華以外に“過去のあやまち”が挙げられるからだ。
皆のためを想い、手を染め、その結果、大切なものを失った。
もう、そんなことは御免である。
もう、そんなことは御免である。
「冗談やめてよ……全然……笑えないってば!」
あの時のことは、今思い出しても胸が痛くなる。
辛いだなんて言う資格はない。手を汚し、全てを台無しにしたのは自分自身なのだから。
――そう思っていても、あの事を思い出すと、胸の痛みを止められない。
辛いだなんて言う資格はない。手を汚し、全てを台無しにしたのは自分自身なのだから。
――そう思っていても、あの事を思い出すと、胸の痛みを止められない。
皆と一緒に勝ちたくて、道を踏み外した。
本当はきっと、皆を理由に、楽な道を選ぼうとした、エゴの塊の動機だったのだろうけど。
本当はきっと、皆を理由に、楽な道を選ぼうとした、エゴの塊の動機だったのだろうけど。
ともかく道を間違えて、暗くて冷たい寂しい世界へ迷い込んでしまった。
「ねえ!」
何よりも悲しいのは、今でも彼女達が好きなのに、会いたくないと思ってしまうことだった。
何よりも悲しいのは、思い出すだけで笑顔になれていた思い出が、今では胸を締め付けるだけの辛いものになったことだ。
何よりも悲しいのは、思い出すだけで笑顔になれていた思い出が、今では胸を締め付けるだけの辛いものになったことだ。
あんなにも心を救ってくれていた思い出達が、大切だった人達が、一の中で“変わってしまった”ということが、本当に辛い。
間違えたのは自分であり、彼女達も思い出も、何の非もなく何も変わっていないというのに。
間違えたのは自分であり、彼女達も思い出も、何の非もなく何も変わっていないというのに。
「返事してよぉ!」
失ってしまうことは、離れられてしまうことは、置いて行かれることは――
自然に疎遠になることや、不可抗力で遠い存在になってしまうこととは違う。
自然に疎遠になることや、不可抗力で遠い存在になってしまうこととは違う。
後者ならば、その思い出や相手はずっと、あたたかいものとして、いつまでも心に残る。
けれども前者は、今まで心を救ってくれていたものが、一気に自分を苦しめる猛毒になってしまうのだ。
けれども前者は、今まで心を救ってくれていたものが、一気に自分を苦しめる猛毒になってしまうのだ。
失ったという事実のせいで、未来のみならず過去までダメになってしまう。
その恐ろしさは、誰よりよく分かっているから。
だから一は、受け入れることができなかった。
その恐ろしさは、誰よりよく分かっているから。
だから一は、受け入れることができなかった。
「透華ァ……」
透華は、道を見失い歩くことをやめていた迷子の前に現れた、明かりのようなものなのだ。
透華こそが一の生きる指標であり、原動力。
彼女を失ってしまっては、どう生きていけばいいのかすら分からない。
透華こそが一の生きる指標であり、原動力。
彼女を失ってしまっては、どう生きていけばいいのかすら分からない。
なのにそれを、そんな人を、大切な灯火を、失ってしまったのだ。
しかも、ただ失っただけではない。
『もっと警戒していれば、防ぐことだってできた』――そんな状況で、失ったのだ。
受け入れられるわけがない。
ここで受け入れてしまったら、心がきっと壊れてしまう。
しかも、ただ失っただけではない。
『もっと警戒していれば、防ぐことだってできた』――そんな状況で、失ったのだ。
受け入れられるわけがない。
ここで受け入れてしまったら、心がきっと壊れてしまう。
「……守れず、申し訳ございませんでした」
一方で、ハギヨシは、透華の死を受け入れた。
受け入れ難いという想いはある。
受け入れ難いという想いはある。
だがしかし――彼は、気を配ることに関しては一流だった。
気が利き過ぎた。
気が利き過ぎた。
ハギヨシは、理解している。
一が心に負った傷の大きさを。
そして分かってしまっている。
一の方が、自分よりも辛い想いをしていると。
一が心に負った傷の大きさを。
そして分かってしまっている。
一の方が、自分よりも辛い想いをしていると。
ハギヨシは、だから、透華の死を受け入れた。
避けては通れぬソレをするのは、自分の役目だと考え。
一では、真っ先にソレをすることは不可能だと考えて。
避けては通れぬソレをするのは、自分の役目だと考え。
一では、真っ先にソレをすることは不可能だと考えて。
「……本当はもう、分かっているのでしょう?」
そっと一の肩に手を添える。
本当は、唇を噛み千切りたいくらいに悔しい。
それでもそれを表に出さず、言わねばならぬ現実を、一へと突きつける。
本当は、唇を噛み千切りたいくらいに悔しい。
それでもそれを表に出さず、言わねばならぬ現実を、一へと突きつける。
「透華お嬢様は――――もう、お亡くなりになったと」
透華は、もう、戻ってこない。
その現実を、言葉に出し、全員に認識させる。
一番辛いその仕事を、ハギヨシは請け負った。
その現実を、言葉に出し、全員に認識させる。
一番辛いその仕事を、ハギヨシは請け負った。
「嘘、だ……」
ハギヨシの言葉には、何故だか説得力があった。
普段通りの口調の中に、悲しみや嘆き、優しさや覚悟が入り交じっているのが感じ取れたから。
その言葉から、現実から、逃げ出すことが出来なかった。
普段通りの口調の中に、悲しみや嘆き、優しさや覚悟が入り交じっているのが感じ取れたから。
その言葉から、現実から、逃げ出すことが出来なかった。
「透華が……し――――」
言葉に出せば、全てが決まってしまいそう。
言葉に出せば、もう受け入れるしか無くなる。
言葉に出せば、もう受け入れるしか無くなる。
「死んだ……なんて……」
だけど一は、それを口にしてしまった。
感情を、現実を、あらゆるものを押し留めていたダムに自らヒビを入れてしまった。
瞬く間に小さな穴から押し込めていたものが溢れ、そして防波堤を壊しながら飛び出してくる。
感情を、現実を、あらゆるものを押し留めていたダムに自らヒビを入れてしまった。
瞬く間に小さな穴から押し込めていたものが溢れ、そして防波堤を壊しながら飛び出してくる。
一の心には、どうしようもない風穴が開いてしまったのだ。
その穴が、埋まることは二度と無い。
透華という救いを得ても、かつて裏切ってしまった友を思い返す時の胸の痛みは決して癒されなかったように。
透華を失った痛みは、もう、永遠に癒えない。
透華という救いを得ても、かつて裏切ってしまった友を思い返す時の胸の痛みは決して癒されなかったように。
透華を失った痛みは、もう、永遠に癒えない。
「う……ああっ……」
一の目から、久しく流していなかった涙が溢れ出てくる。
もう、一は、透華を思って暖かい気持ちになることすら出来ない。
大好きな人なのに、これからは彼女のことを思う度、悲しみや自分への怒り――その他諸々、冷たい気持ちで満たされるのだ。
一が焦がれ、大切に思っていたあの暖かさは、もう、どうやっても帰らない。
もう、一は、透華を思って暖かい気持ちになることすら出来ない。
大好きな人なのに、これからは彼女のことを思う度、悲しみや自分への怒り――その他諸々、冷たい気持ちで満たされるのだ。
一が焦がれ、大切に思っていたあの暖かさは、もう、どうやっても帰らない。
「うわああああああっ……」
子供のように、縋り付いて泣きじゃくる。
本来ならば、子供の年齢なのだ。
すでにメイドとして働き、しっかり者の風格を持てど、なんてことない普通の女子高生なのだ。
本来ならば、子供の年齢なのだ。
すでにメイドとして働き、しっかり者の風格を持てど、なんてことない普通の女子高生なのだ。
「そんな……」
優希は人懐っこい。
それも上っ面だけの広く浅くな交遊をするタイプではなく、好意を抱いた相手にはとことん信頼を寄せるタイプだ。
その好意を抱くためのハードルが異様に低く、それ故に人懐っこい性格と呼べた。
『彼女は“人”が大好きなのだ』とも言える。
それも上っ面だけの広く浅くな交遊をするタイプではなく、好意を抱いた相手にはとことん信頼を寄せるタイプだ。
その好意を抱くためのハードルが異様に低く、それ故に人懐っこい性格と呼べた。
『彼女は“人”が大好きなのだ』とも言える。
そんな優希だから、透華のことも慕っていた。
合宿で少々絡んだだけの間柄ではあるが、この島に来て、誰よりも優希のことを想ってくれた。
誰よりも優しい心を持っていた。
短い付き合いだったけど、優希は透華が心の底から大好きになっていたのだ。
合宿で少々絡んだだけの間柄ではあるが、この島に来て、誰よりも優希のことを想ってくれた。
誰よりも優しい心を持っていた。
短い付き合いだったけど、優希は透華が心の底から大好きになっていたのだ。
「りゅーもんぶちのお姉さん……」
そして――優希は一も好きになっていた。
理解のできないファッションセンスを持ってるし、性格が合うわけでもない。
それでもこの非情な島で最初に出会った人物であり、自分の無謀な作戦に付き合ってくれた仲間である。
優希は、一のことも、好きになった。
理解のできないファッションセンスを持ってるし、性格が合うわけでもない。
それでもこの非情な島で最初に出会った人物であり、自分の無謀な作戦に付き合ってくれた仲間である。
優希は、一のことも、好きになった。
「なんで……」
その言葉は、何らかの考えあって出てきた言葉ではなかった。
透華という慕った友を失い、一という同志のような友が悲しみに暮れている。
そんな残酷な現実に、涙と共に思わず言葉が漏れたのだ。
透華という慕った友を失い、一という同志のような友が悲しみに暮れている。
そんな残酷な現実に、涙と共に思わず言葉が漏れたのだ。
「……なんで……?」
その言葉を、一が重く静かに復唱する。
静かに言われたはずなのに、その言葉からは今にも爆発しそうな感情を感じ取ることができた。
静かに言われたはずなのに、その言葉からは今にも爆発しそうな感情を感じ取ることができた。
優希の口から漏れた言葉は、言うならば現実を受け入れたくない気持ちの現れ。
願望が、少し表現を変えて口から出て行っただけ。
一自身が口にしそうになった言葉でもある。
だけど、一は。
願望が、少し表現を変えて口から出て行っただけ。
一自身が口にしそうになった言葉でもある。
だけど、一は。
「なんで、だって……?」
悲しみに心を塗り潰された一は、その言葉を悪意を持って受け止めた。
……悪意を自覚したうえで、悪い意味で解釈したというわけではない。
単なる潜在意識レベルでの八つ当たり。
言葉尻を捉えての勝手で愚かな勘違い。
ありもしない優希の言葉の裏を読み取ってしまったのだ。
……悪意を自覚したうえで、悪い意味で解釈したというわけではない。
単なる潜在意識レベルでの八つ当たり。
言葉尻を捉えての勝手で愚かな勘違い。
ありもしない優希の言葉の裏を読み取ってしまったのだ。
「なんでだって!? わかんない!?
なんでこんなことになったか、わかんない!?」
なんでこんなことになったか、わかんない!?」
それは、自分がペットボトルの水を飲むのを止めなかったせい。
透華と合流できた後にも、危険と分かっている呼びかけを続けたせい。
――自分が、愚かだったせい。
透華と合流できた後にも、危険と分かっている呼びかけを続けたせい。
――自分が、愚かだったせい。
「全部、全部――」
自分を責めた。
これ以上ないくらいに自分を責めた。
これ以上ないくらいに自分を責めた。
しかし怒りの矛先は、自分自身へは向かない。
激情で強化された言葉の剣は、自分の胸は貫かない。
激情で強化された言葉の剣は、自分の胸は貫かない。
言葉に出していく毎に、自己嫌悪の代わりとばかりに“奴”への憎悪が生まれる。
悲しみが、憎しみに書き変わる。
悲しみが、憎しみに書き変わる。
――確証のない単なる疑念が、一の中で、絶対的な真実に変わったから。
「原村和のせいじゃないかァ!」
原村和。
拡声器の呼び掛けでやってきた悪魔。
下手人は、彼女以外に考えられない。
拡声器の呼び掛けでやってきた悪魔。
下手人は、彼女以外に考えられない。
「ちがっ……のどちゃんはそんなことしないじぇ!」
一の和犯人論は、他者へ怒りをぶつけるための理屈に欠けた結論ありきのものだ。
冷静に話せば、確固たる証拠が出るまで、和の犯人扱いは保留出来たかもしれない。
冷静に話せば、確固たる証拠が出るまで、和の犯人扱いは保留出来たかもしれない。
だがしかし――優希にそれは出来なかった。
元よりアホの子寄りの存在だったというのもあるが、何よりそんな精神状態ではないというのが大きい。
友を目の前で失った動揺冷めやまぬままに、親友がその下手人という話を突き付けられる。
何よりも感情部分が反射的にその話を拒絶した。
それを誰が責められようか。
元よりアホの子寄りの存在だったというのもあるが、何よりそんな精神状態ではないというのが大きい。
友を目の前で失った動揺冷めやまぬままに、親友がその下手人という話を突き付けられる。
何よりも感情部分が反射的にその話を拒絶した。
それを誰が責められようか。
「アイツしかいないんだよっ……ペットボトルに毒を入れたからっ……
だから自ら別行動を望んだし、ペットボトルの交換なんてしていったんだ!」
だから自ら別行動を望んだし、ペットボトルの交換なんてしていったんだ!」
激昂。
一にとって人生初のことである。
優希を責めても何にもならないことは分かってる。
それでも爆発した想いを止めることが出来ない。
一にとって人生初のことである。
優希を責めても何にもならないことは分かってる。
それでも爆発した想いを止めることが出来ない。
「そ、そんなわけっ……だって……だってのどちゃんは私を心配して……」
「ああ、ああ。そうだね。そうだよ。そうだったんだ。
原村和は自分が毒を盛ったから、わかってたんだよ!
だから……だから友達を真っ先に手にかけないよう警告していったんだッ!」
「ああ、ああ。そうだね。そうだよ。そうだったんだ。
原村和は自分が毒を盛ったから、わかってたんだよ!
だから……だから友達を真っ先に手にかけないよう警告していったんだッ!」
もしも優希に相手の言葉を捩じ伏せるだけの頭があれば、まだ挽回は効いただろう。
「殺し合いに乗る気ならば、わざわざ警告する意味がない」など、疑惑は残れど決定付けられることはまだまだ回避する道はあった。
真実はさておいて、この場における結論付けを先延ばすことなら出来た。
「殺し合いに乗る気ならば、わざわざ警告する意味がない」など、疑惑は残れど決定付けられることはまだまだ回避する道はあった。
真実はさておいて、この場における結論付けを先延ばすことなら出来た。
だが――優希にはそれが出来ないのだ。
先程も言った通り、そんな知能も余裕もなかった。
それになにより、それが出来ず、でも友達を犯人だなんて言えないのが、片岡優希という少女なのだ。
先程も言った通り、そんな知能も余裕もなかった。
それになにより、それが出来ず、でも友達を犯人だなんて言えないのが、片岡優希という少女なのだ。
「……殺してやる……」
下手人だと思う者の名を、言葉に出してしまったから。
その名前を聞いた時、否定するだろう立場にいる和の親友である優希が、言葉に詰まってしまったから。
一の中で、和への憎しみはどうにもならないところにまで膨れ上がった。
透華という明かりを見失った少女には、もう、自棄気味な殺意しか縋りつくものがないのだ。
その名前を聞いた時、否定するだろう立場にいる和の親友である優希が、言葉に詰まってしまったから。
一の中で、和への憎しみはどうにもならないところにまで膨れ上がった。
透華という明かりを見失った少女には、もう、自棄気味な殺意しか縋りつくものがないのだ。
「透華の仇をっ……取ってやる!」
一は決して馬鹿ではない。
間違えたこともあるとはいえ、ここまで全て先を見据えて行動してきた。
間違えたこともあるとはいえ、ここまで全て先を見据えて行動してきた。
しかし今、その面影はどこにもない。
ただ怒りに身を任せようとしている。
ただ怒りに身を任せようとしている。
『もう、なにもかもがどうでもいい』
そんな言葉が出てきそうなほど。
もう、一には、歩むべき道が見えない。
どちらに向かって歩きたいのかも分からない。
もう、一には、歩むべき道が見えない。
どちらに向かって歩きたいのかも分からない。
「そ、そんなことはさせないじょ!」
両手を広げ、慌てて優希が一の進路を塞ぐ。
一の足は、和達が姿を消した方に向いていた。
一の足は、和達が姿を消した方に向いていた。
「……どいてよ」
一の言葉からは、数時間前とは違い、冷たさしか感じられない。
そこに、一蓮托生となって共に命を賭けた相棒の面影は、もはや残っていなかった。
そこに、一蓮托生となって共に命を賭けた相棒の面影は、もはや残っていなかった。
「じゃなきゃ、撃つよ」
一に、優希を殺すつもりはない。
透華亡き今、憎き仇以外を殺す理由がないし、何より――
透華亡き今、憎き仇以外を殺す理由がないし、何より――
一にとっても、優希は友達だったから。
抱いた想いは、透華へのそれと比較したら遥かに少なかったけど。
過去のこともあり、上手く心を開くことはできなかったけど。
足手まといとは思ったし、もしも透華が優勝するから殺せと言えば、涙しながらも殺したろうけど。
過去のこともあり、上手く心を開くことはできなかったけど。
足手まといとは思ったし、もしも透華が優勝するから殺せと言えば、涙しながらも殺したろうけど。
それでも優希に抱いた想いは、友情と呼べるものだった。
「い、嫌だじぇ……」
「……お願いだから。ボクに友達を殺させないでよ」
「……お願いだから。ボクに友達を殺させないでよ」
殺す気がないからこそ、銃を向けるのに躊躇はない。
銃を撃ったことがあるという経歴や、狙って威嚇射撃が出来る程度には試射で慣れていたということが、僅かに残されていた『うっかり殺してしまうかも』という疑念から来る躊躇を掻き消している。
勿論、殺意がないのに気付かれるようなヘマはしない。
だが――
銃を撃ったことがあるという経歴や、狙って威嚇射撃が出来る程度には試射で慣れていたということが、僅かに残されていた『うっかり殺してしまうかも』という疑念から来る躊躇を掻き消している。
勿論、殺意がないのに気付かれるようなヘマはしない。
だが――
「嫌だじょ! そんな……のどちゃんを殺すなんて……」
優希は、それでも決して退かなかった。
カタカタと震えている。
涙で濡れ、顔にも恐怖の色が出ている。
それでもなお、一の前に立ちはだかった。
カタカタと震えている。
涙で濡れ、顔にも恐怖の色が出ている。
それでもなお、一の前に立ちはだかった。
「だいたい……のどちゃんが人を殺すはずなんて……」
「……それじゃあ……」
「……それじゃあ……」
優希を殺すつもりなんて、未だにない。
けれども、一にとって『透華を殺した犯人』として確固たる地位を築いた和を、そのように言うことだけは許せなかった。
だから、とても残酷な言葉を、自虐と加虐の色を含んだ笑みと共に言う。
けれども、一にとって『透華を殺した犯人』として確固たる地位を築いた和を、そのように言うことだけは許せなかった。
だから、とても残酷な言葉を、自虐と加虐の色を含んだ笑みと共に言う。
「それじゃあ――誰が殺したっていうのかな。福路さん?」
その言葉が、現実から目を背けていた優希の心に突き刺さる。
下手人が先程まで共にいた誰かなのかは、疑いようのない事実。
飲み掛けのペットボトルで死んだ以上、最初から毒入りのものが混ざっていたという可能性はないのだから。
下手人が先程まで共にいた誰かなのかは、疑いようのない事実。
飲み掛けのペットボトルで死んだ以上、最初から毒入りのものが混ざっていたという可能性はないのだから。
「そんな……わけないじょ……風越のお姉さんは、本当に優しかったし……こんな残酷なこと……」
「うん、出来ないだろうね。それに彼女はしばらく見張ってたから分かるけど、毒を入れる暇なんてなかった」
「うん、出来ないだろうね。それに彼女はしばらく見張ってたから分かるけど、毒を入れる暇なんてなかった」
和が来るまで、美穂子は一かハギヨシが常に監視をしていた。
彼女に毒を入れるチャンスはない。
ましてや彼女は節約としてか合流するまでペットボトルの封を一切切っていなかった。
事前に仕込んだという可能性もない。
彼女に毒を入れるチャンスはない。
ましてや彼女は節約としてか合流するまでペットボトルの封を一切切っていなかった。
事前に仕込んだという可能性もない。
「それとも――ボクか萩原さんが犯人なのかな?」
言いながら、心の中で自嘲する。
ハギヨシも自分も、龍門渕家に陶酔した身。殺すわけがない。
……無様に何も出来ないことで、間接的に殺したようなものだけど。
ハギヨシも自分も、龍門渕家に陶酔した身。殺すわけがない。
……無様に何も出来ないことで、間接的に殺したようなものだけど。
「……違うじょ……二人ともいい人だし……りゅーもんぶちのお姉さんと仲良かったし」
「……それじゃあ、犯人はどこに消えちゃったの? ねえ。
現にもう事件は起きてる。誰も犯人じゃないだなんて有り得ないんだよ」
「……それじゃあ、犯人はどこに消えちゃったの? ねえ。
現にもう事件は起きてる。誰も犯人じゃないだなんて有り得ないんだよ」
勿論――まだ可能性はあり得る。
例えば、一にも思い浮かんだ、透華の自殺の可能性。
それならば生存者から犯人は出ない。
例えば、一にも思い浮かんだ、透華の自殺の可能性。
それならば生存者から犯人は出ない。
だが一はそれを口にはしなかった。
冗談でも透華をそんな風に言うことは出来なかった。
それに――もしも『生存者に犯人はいないはずなのでこれは自殺だ』なんて透華を冒涜した説を優希が支持しようものなら、それを強く推してきたら、我慢する自信がないから。
そうなればきっと、優希に殺意を抱いてしまうと思ったから。
冗談でも透華をそんな風に言うことは出来なかった。
それに――もしも『生存者に犯人はいないはずなのでこれは自殺だ』なんて透華を冒涜した説を優希が支持しようものなら、それを強く推してきたら、我慢する自信がないから。
そうなればきっと、優希に殺意を抱いてしまうと思ったから。
「で、でも……のどちゃんはっ……すごく……優しいんだじぇ……
エリートさんで……すごく、可愛くて……でも、鼻にもかけなくて……
こんな私とも仲良くしてくれる、すっごく……優しい……」
エリートさんで……すごく、可愛くて……でも、鼻にもかけなくて……
こんな私とも仲良くしてくれる、すっごく……優しい……」
言いながら、優希の目に涙が再び溢れてくる。
透華の死を悲しむ涙ではなく。
向けられた銃への怯えからくる涙でなく。
言葉にする度脳裏に浮かぶ、優しくて大好きな親友の顔に涙した。
透華の死を悲しむ涙ではなく。
向けられた銃への怯えからくる涙でなく。
言葉にする度脳裏に浮かぶ、優しくて大好きな親友の顔に涙した。
「だから……のどちゃんが、こんな……」
その親友が、大事な友達を殺したと、優希も思ってしまったから。
そんな疑念を持った自分と、そんなことをしてしまった親友に涙した。
そんな疑念を持った自分と、そんなことをしてしまった親友に涙した。
「……みんな、そうだったよ。
透華はすごく優しかったし、良い奴だった。
殺すような人じゃなかったし、殺されていい人でもなかった!」
透華はすごく優しかったし、良い奴だった。
殺すような人じゃなかったし、殺されていい人でもなかった!」
紡いだ言葉が心の中を掻き乱す。
一度は一に戻りつつあった冷静さが、言葉と共に崩れていく。
崩れた箇所から、どんどん感情が溢れる。
一度は一に戻りつつあった冷静さが、言葉と共に崩れていく。
崩れた箇所から、どんどん感情が溢れる。
「透華だけじゃない! 純君も! 衣も歩もともきーも!
この島にいる誰も彼もが、殺し合いなんてするような人じゃなかった!
こんなことで、死んでいい人じゃなかったッ!」
この島にいる誰も彼もが、殺し合いなんてするような人じゃなかった!
こんなことで、死んでいい人じゃなかったッ!」
もう、我慢出来なかった。
和への怒りというより、この殺し合いそのものへの感情を止められなかった。
和への怒りというより、この殺し合いそのものへの感情を止められなかった。
「なのに死んだ! 死んだんだよ! もう5人も死んでるんだ!
殺されたんだよ! 殺しなんてするような人じゃない人に!」
殺されたんだよ! 殺しなんてするような人じゃない人に!」
肩で息をするくらいに。
大声は危ないなんて散々呈した苦言を忘れるくらいに。
一は叫んだ。
大声は危ないなんて散々呈した苦言を忘れるくらいに。
一は叫んだ。
「もう……そんな人じゃないとか、そんなの言ってられないんだよぉ!」
一の叫んでいる内容を、優希はよく理解している。
清澄の皆は、合宿場で仲良くなった皆は、誰も彼も人を殺すような人じゃなかったし、殺されていい人じゃなかった。
清澄の皆は、合宿場で仲良くなった皆は、誰も彼も人を殺すような人じゃなかったし、殺されていい人じゃなかった。
だけど、現実的に人が死んでて。
殺人鬼が出てしまったことは疑いようがなくて。
良い人だったからと言って、殺し合いに乗らないというわけではないのだ。
殺人鬼が出てしまったことは疑いようがなくて。
良い人だったからと言って、殺し合いに乗らないというわけではないのだ。
――そんな、目を背けていた現実を、優希はとうとう突きつけられた。
それはとてつもない破壊力を伴い優希の頭に侵入し、ガッチリと腰を下ろす。
もう、認めざるを得なかった。
それはとてつもない破壊力を伴い優希の頭に侵入し、ガッチリと腰を下ろす。
もう、認めざるを得なかった。
人を殺す人がいると受け入れて。
仕方なしだけど、親友が道を誤ったことを受け入れた。
仕方なしだけど、親友が道を誤ったことを受け入れた。
「それでも……のどちゃんを殺すなんて、駄目だじぇ……」
それでも――仇討ちで一が和を殺すことだけは、受け入れることが出来なかった。
たとえ道を誤っても、和は親友だから。
道を正す可能性を捨てられない、その存在を見捨てられない、大好きな人だから。
たとえ道を誤っても、和は親友だから。
道を正す可能性を捨てられない、その存在を見捨てられない、大好きな人だから。
「そんなことしても……りゅーもんぶちのお姉さんは帰ってこないし……
何より、友達が人を殺すなんて、そんな所、もう見たくないじぇっ……!」
何より、友達が人を殺すなんて、そんな所、もう見たくないじぇっ……!」
そして――友達に、人殺しになってほしくなかったから。
一が親友を失って深く傷ついたように、優希は親友に道を誤られて深く傷ついた。
だからこそ、もう、そんな目には遭いたくないのだ。
一には、道を誤らないでほしいのだ。
一が親友を失って深く傷ついたように、優希は親友に道を誤られて深く傷ついた。
だからこそ、もう、そんな目には遭いたくないのだ。
一には、道を誤らないでほしいのだ。
「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ!」
一には、分かってる。
こんなことしても、何にもならないことくらい。
こんなことしても、何にもならないことくらい。
一には、分かっている。聡明だから。
こんなことしたら、友人達が傷つくということくらい。
こんなことしたら、友人達が傷つくということくらい。
「りゅーもんぶちのお姉さんだって、生きてたら、そう言ったに違いないじぇ!」
一は――やはり、とっくに分かっていた。
透華は敵討ちなんてこと、望むわけがないということくらい。
透華は敵討ちなんてこと、望むわけがないということくらい。
当たり前だ。
だって一は、透華付きのメイドだから。
だって一は、透華付きのメイドだから。
誰よりも透華を見てきたから。
誰よりも透華を想ってきたから。
誰よりも透華を想ってきたから。
分からないはずがない。
「りゅーもんぶちのお姉さんだって、人を殺してほしくないって思ってるはずだじぇ!」
それでも。
感情には抗えなくて。
駄々をこねる子供の域を抜け出せなくて。
明かりを失った今、復讐というゴールまで手放してしまったら、どうすればいいか分からなくて。
感情には抗えなくて。
駄々をこねる子供の域を抜け出せなくて。
明かりを失った今、復讐というゴールまで手放してしまったら、どうすればいいか分からなくて。
「お前にっ……お前に透華の何が分かるんだよっ!」
本当は、そんな言葉投げつけたいわけじゃない。
思っていたわけではない。
思っていたわけではない。
それでも一度吐いた唾は飲み込めない。
溢れ出した心にもない言葉は、その言葉が“本物”であるかのように、一を錯覚させていく。
その錯覚が、一の感情を更に不安定にする。
溢れ出した心にもない言葉は、その言葉が“本物”であるかのように、一を錯覚させていく。
その錯覚が、一の感情を更に不安定にする。
「分かるじぇ! そのくらい、ちょっとでもりゅーもんぶちのお姉さんを知ってる人なら、誰にだって!」
優希は、説得を試みる。
理詰めが無理なら感情で。
一を追い詰め、諦めさせようとする。
理詰めが無理なら感情で。
一を追い詰め、諦めさせようとする。
「お前が透華を――――語るなァ!」
一は、その説得を聞き入れない。
相手の言葉を遮るように叫びながら、現実を拒絶する。
相手の言葉を遮るように叫びながら、現実を拒絶する。
追い詰められて、わけがわからなくなって。
頭を振って、ムキになって。
どうしたらいいか分からずに、泣き叫んでしまいたくて。
頭を振って、ムキになって。
どうしたらいいか分からずに、泣き叫んでしまいたくて。
そして、銃声が、突如響いて。
「――――――――え?」
一の目が見開かれた。
信じられない。信じたくない。
銃声がした。発生源はどこだろうか。確かめなくては。
銃声がした。発生源はどこだろうか。確かめなくては。
体が固い。まるで動かない。呼吸すら上手く出来ない。喉が張り付き、息を吸うのも阻害する。
自棄糞気味に頭を振っていたために、視線は下を向いていた。
視界には、伸ばした腕と地面だけが映っている。
自棄糞気味に頭を振っていたために、視線は下を向いていた。
視界には、伸ばした腕と地面だけが映っている。
その腕の先の銃口から煙が出ていることなど信じたくない。
けれども、腕にあった反動が、それを信じさせようとする。
けれども、腕にあった反動が、それを信じさせようとする。
「何っ……!?」
なんで。
優希も思ったであろう単語を、一は頭いっぱいに展開する。
優希も思ったであろう単語を、一は頭いっぱいに展開する。
一に、殺意など、本当に、毛ほども存在してなかった。
反射的に引き金を引いてしまったのか、はたまた勢いというやつが知らぬ間に引かせたのか。
それとも汗で滑った結果引いたのか。
とにかくそれは、殺意によるものではなかった。
反射的に引き金を引いてしまったのか、はたまた勢いというやつが知らぬ間に引かせたのか。
それとも汗で滑った結果引いたのか。
とにかくそれは、殺意によるものではなかった。
では、結局何故撃ったのか。
分からない。
何もかも分からないし、分かったところでどうにもならない。
分からない。
何もかも分からないし、分かったところでどうにもならない。
起こったことは、もう変えられない。
「ち、違っ……」
違うんだ、これは。
こんなことを望んでいたわけじゃない。
こんなことを望んでいたわけじゃない。
そんな言葉を頭の中でぐるぐるさせる一の視界に、赤い液体が映り込む。
垂れてきているそれの上流を見るべく、顔を持ちあげないといけない。
自分が起こしたことなのだから、確認する義務がある。
垂れてきているそれの上流を見るべく、顔を持ちあげないといけない。
自分が起こしたことなのだから、確認する義務がある。
なのに顎に錘でもぶら下げられたかのように、顔はまるで持ち上がらない。
小刻みに、カタカタとなら、動かすことが出来るのに。
小刻みに、カタカタとなら、動かすことが出来るのに。
でも、現実へ目を向けられない一に対し、現実はどこまでも冷たかった。
どさりという嫌でも意識させられる音と共に、優希の方から視界に映り込んでくる。
膝から落ちた優希は、その愛らしい顔面を重力にされるがまま地面に押し付けていた。
どさりという嫌でも意識させられる音と共に、優希の方から視界に映り込んでくる。
膝から落ちた優希は、その愛らしい顔面を重力にされるがまま地面に押し付けていた。
腕をかすめてしまっただとか、これは何かの間違いで銃弾は当たらなかっただとか、
そんな甘い願望は、無残にも打ち砕かれた。
そんな甘い願望は、無残にも打ち砕かれた。
「あ、あああっ……」
魔法が解けたかのように、急に体を縛り付けていた見えない鎖が掻き消される。
恐る恐る、それでもやや早足に、優希へと歩み寄る。
幸い、まだ亡骸にはなっていなかった。
恐る恐る、それでもやや早足に、優希へと歩み寄る。
幸い、まだ亡骸にはなっていなかった。
「ごめっ……ボク……ボクっ……」
何故、こんなことになってしまったのだろう。
またしても、勢いだけで、取り返しのつかない過ちを犯した。
どうしていつもこうなるのだろう。
またしても、勢いだけで、取り返しのつかない過ちを犯した。
どうしていつもこうなるのだろう。
「ほんとにっ……撃つ気なんて……」
言い訳。
それは誰より一自身がよく分かっている。
撃っておいて『撃つ気はありませんでした』なんて、許されるはずがない。
それは誰より一自身がよく分かっている。
撃っておいて『撃つ気はありませんでした』なんて、許されるはずがない。
少なくとも、和が「殺す気なんてなかったけど、うっかり透華を殺しちゃった」なんて言っても、一は和を許さない。
許せるはずがないのだ。
許せるはずがないのだ。
「……国広さん」
見ていてあまりに辛い光景。
表情を変えぬハギヨシですら、顔を歪めたくなる光景。
表情を変えぬハギヨシですら、顔を歪めたくなる光景。
腹部から血を流して倒れる優希。
それに縋りうわ言のように文章にすらなっていない単語を乱雑に発する一。
それに縋りうわ言のように文章にすらなっていない単語を乱雑に発する一。
両者の表情を伺えなくても、ハギヨシには、二人の表情が手に取るように分かった。分かってしまった。
……もっとも、ほとんどの人が、この場面なら分かってしまうのだろうけど。
……もっとも、ほとんどの人が、この場面なら分かってしまうのだろうけど。
「片岡様は――――」
だけど、ハギヨシはそんな“ほとんどの人”レベルなんかではない。
前述の通りあまりにも察しがよく、誰よりも周りを見ている、スーパー執事だ。
この場面で動揺し、何を言えばいいのか分からずオロオロするだけの愚者とは違う。
前述の通りあまりにも察しがよく、誰よりも周りを見ている、スーパー執事だ。
この場面で動揺し、何を言えばいいのか分からずオロオロするだけの愚者とは違う。
だから、告げる。
告げねばならぬ真実を。
避けては通れぬ現実を。
告げねばならぬ真実を。
避けては通れぬ現実を。
「――――もう、お助けすることができません」
その言葉に、一の体がビクンと震える。
それは、一が人殺しに身を落とすことを意味していた。
それは、一が、友達を殺してしまったことを意味した。
それは、一が人殺しに身を落とすことを意味していた。
それは、一が、友達を殺してしまったことを意味した。
「う……あ……」
一は、まともに言葉を発する事ができない。
まだ息がある状態で、そんなことを宣告された被害者に、加害者がなんと声をかければいいのか。
そんなこと、分かるわけがなかった。
まだ息がある状態で、そんなことを宣告された被害者に、加害者がなんと声をかければいいのか。
そんなこと、分かるわけがなかった。
「……致命傷です」
明確に、言葉に出す。
ハギヨシは聡明すぎた。
一を傷つけるとわかりながら、そう言わねばならないことが理解できてしまっていた。
ハギヨシは聡明すぎた。
一を傷つけるとわかりながら、そう言わねばならないことが理解できてしまっていた。
だから、告げる。
胸が痛まぬわけではないが、必要だからと己の心を押し込めて。
胸が痛まぬわけではないが、必要だからと己の心を押し込めて。
「ああああっ……」
自分はどうしたらいいのか、一には分からない。
透華にそうしたように、動揺のままに抱きしめる事もできない。
ハギヨシのように冷静になり、的確な行動を取ることすらできない。
透華にそうしたように、動揺のままに抱きしめる事もできない。
ハギヨシのように冷静になり、的確な行動を取ることすらできない。
何せ、自分が撃ったのだ。
触れる資格なんてない。
それに、口から血を吐いたのと違い、下手に触れると傷口が広がりかねない。
一はただ、己が壊れてしまわぬように、溜め込んだら心が壊れてしまいそうな混乱を、無意味な言葉の羅列として吐き出すことしかできなかった。
触れる資格なんてない。
それに、口から血を吐いたのと違い、下手に触れると傷口が広がりかねない。
一はただ、己が壊れてしまわぬように、溜め込んだら心が壊れてしまいそうな混乱を、無意味な言葉の羅列として吐き出すことしかできなかった。
「……のど……ちゃ……」
優希は、くの字に体を折り曲げたまま、動くことが出来なかった。
体が熱い。とても痛い。
今にも瞼が降りてきてしまいそうだった。
体が熱い。とても痛い。
今にも瞼が降りてきてしまいそうだった。
「み……な……」
想う。
和を、咲を、久を。
――まこを、そして京太郎を。
和を、咲を、久を。
――まこを、そして京太郎を。
皆のことが、大好きだった。
また皆に会いたかった。
だから、死ぬかもしれないと言われてでも、皆と会うため頑張ろうと思った。
また皆に会いたかった。
だから、死ぬかもしれないと言われてでも、皆と会うため頑張ろうと思った。
だけど。
会えなかった友達がいる。
間に合わなかった友達がいる。
止めるチャンスはあったはずなのに、止められなかった親友がいる。
会えなかった友達がいる。
間に合わなかった友達がいる。
止めるチャンスはあったはずなのに、止められなかった親友がいる。
悔しかった。
悲しかった。
何も出来なかったことが。
こんなところで死んでしまうことが。
悲しかった。
何も出来なかったことが。
こんなところで死んでしまうことが。
――悪い奴にでなく、友達に、殺されてしまうことが。
「……ご……ぇ……」
もう、まともに声も出ない。
ひゅうひゅうと掠れた息がかろうじて出るだけだ。
ひゅうひゅうと掠れた息がかろうじて出るだけだ。
それでも優希は、謝罪の言葉を口にした。
何も出来ずにごめん、と。
諦めないで常に前を向こうと誓っていたのに、目を背けてしまってごめん、と。
その結果こんなことになってしまってごめん、と。
何も出来ずにごめん、と。
諦めないで常に前を向こうと誓っていたのに、目を背けてしまってごめん、と。
その結果こんなことになってしまってごめん、と。
一が道を間違えたように。
優希もまた道を間違えてしまった。
少なくとも、優希自身は薄れる意識の中でそう思っていた。
優希もまた道を間違えてしまった。
少なくとも、優希自身は薄れる意識の中でそう思っていた。
「……きょ……ぁろー………」
瞼が降りる。
その目はもう、何も映さない。
その目はもう、何も映さない。
ただ、最期に、馬鹿なことをしてしまっても笑って許してくれそうな――
頭を撫でて、からかいながらも慰めてくれそうな、大好きな人を、瞼の裏に映した。
頭を撫でて、からかいながらも慰めてくれそうな、大好きな人を、瞼の裏に映した。
それは都合のいい夢だと言えるけれど。
それでもその光景の中、優希は笑みを浮かべてみせた。
大好きな少年の手を取って、先輩も待っているだろう光の向こうへ、駆けて行く。
置いていかれないように、離れないように、しっかりと手を握りしめて。
それでもその光景の中、優希は笑みを浮かべてみせた。
大好きな少年の手を取って、先輩も待っているだろう光の向こうへ、駆けて行く。
置いていかれないように、離れないように、しっかりと手を握りしめて。
「……え?」
優希の意識が光の向こうへ消えていっても、外見的な変化はない。
だから、思わず言葉が漏れ出た理由はそれではない。
だから、思わず言葉が漏れ出た理由はそれではない。
一の声に含まれた動揺は、先程のものと毛色が少々変わっている。
動揺の対象が違う。
自分が優希を撃ってしまったことにでなく――――
動揺の対象が違う。
自分が優希を撃ってしまったことにでなく――――
「は、萩原さん……?」
ハギヨシが、優希の頭部にカラシニコフを突きつけていることに、動揺していた。
「……2つ、道があります」
淡々と、ハギヨシが言葉を紡ぐ。
「1つは、ここで私が片岡様の頭部を撃ち抜くことで、国広さんは手を汚さずに済む道です」
真実はどうあれ、少なくとも、トドメはハギヨシが刺したと思い込むことは出来る。
一が友達を殺したという事実から目を背けることが可能となる。
そんな、非道で甘美な道。
一が友達を殺したという事実から目を背けることが可能となる。
そんな、非道で甘美な道。
「もう1つは、このまま片岡様の死を受け入れる――即ち、自らの手で殺したことを受け入れ、背負っていく道です」
優希と一の口論の間に、ハギヨシは決意していた。
だから動揺を表に出すことなく、非道な選択を迫れる。
だから動揺を表に出すことなく、非道な選択を迫れる。
「ぼ……ボクは……」
一は、言葉に詰まった。
即答できるものではない。
即答できるものではない。
「ボク、は……」
言葉に困り、俯きそうになり。
苦しい選択から目を背けるようにして、無意識に視線が動く。
優希にでなく、透華に。
苦しい選択から目を背けるようにして、無意識に視線が動く。
優希にでなく、透華に。
「……透華……」
優希は友達だったけど。
けれどもやはり、追い込まれると、縋る先は透華だった。
優希に対する義理といったものよりも、透華に対してどちらの選択をすることが不義理になるかを考えてしまう。
けれどもやはり、追い込まれると、縋る先は透華だった。
優希に対する義理といったものよりも、透華に対してどちらの選択をすることが不義理になるかを考えてしまう。
「ボクは……ボクには、透華が全てだったから」
透華を言い訳にするような真似はしたくない。
だけど。
だけど。
「だから――透華への想い余って暴走したのは紛れもないボクのミス。
それを、なかったことになんて、できないよ……」
それを、なかったことになんて、できないよ……」
本当は、吐きそうだった。
消えゆく優希の呼吸音に、一度胃液は喉を通って押し寄せてきた。
それでも優希にそんなものをぶち撒けるわけにもいかず、ぐっとこらえ、飲み込んだ。
消えゆく優希の呼吸音に、一度胃液は喉を通って押し寄せてきた。
それでも優希にそんなものをぶち撒けるわけにもいかず、ぐっとこらえ、飲み込んだ。
人を殺すなんて、簡単なことじゃないのだ。
今だって震えている。今だって再度吐き出しそうだ。
今だって震えている。今だって再度吐き出しそうだ。
「吐きそうだけど。辛いけど。だけど。
そこまでしちゃったくらい、ボクは透華が好きだったから」
そこまでしちゃったくらい、ボクは透華が好きだったから」
けれども、一はそれを受け入れる。
優希を手に掛けた事実を否定してしまったら、それほどまでに透華を愛していた事実まで一緒に否定されてしまう気がしたから。
大きく道を誤らせるほど、透華は大事な人だったということが。
優希を手に掛けた事実を否定してしまったら、それほどまでに透華を愛していた事実まで一緒に否定されてしまう気がしたから。
大きく道を誤らせるほど、透華は大事な人だったということが。
「それはよかった」
ハギヨシは、少なからずその答えに期待していた。
突如非常な二択を迫り、その二択だけに集中させることで、優希を撃ったこと自体への混乱と動揺を軽減する。
その狙いも的中し、そのうえ、望む選択肢を選んでくれた。
おかげで――――
突如非常な二択を迫り、その二択だけに集中させることで、優希を撃ったこと自体への混乱と動揺を軽減する。
その狙いも的中し、そのうえ、望む選択肢を選んでくれた。
おかげで――――
「これで、私は、国広さんを手に掛けずに済みます」
「――――え?」
「――――え?」
殺さずに済む。
そう言われ、決意と透華への想いで染まっていた一の目に、再び動揺の色が戻る。
顔を上げると、カラシニコフの銃口は、いつの間にか一へと向いていた。
そう言われ、決意と透華への想いで染まっていた一の目に、再び動揺の色が戻る。
顔を上げると、カラシニコフの銃口は、いつの間にか一へと向いていた。
「私は――龍門渕家に尽くします。透華お嬢様と、衣様に尽くします。
だから、お二人が生還するためなら、何だってすると、決めたのです」
だから、お二人が生還するためなら、何だってすると、決めたのです」
心の中で決めるだけと、それを実行に移すのとでは、天と地の開きがある。
しかしハギヨシという男は、それを実行出来る男だ。
躊躇はあったし、その後一度嘔吐感に苛まれもしたが、
それでもすでにハギヨシは、透華と衣のために、参加者を手にかけている。
しかしハギヨシという男は、それを実行出来る男だ。
躊躇はあったし、その後一度嘔吐感に苛まれもしたが、
それでもすでにハギヨシは、透華と衣のために、参加者を手にかけている。
「その透華お嬢様を、私は守ることが出来なかった」
ハギヨシは、感情を表に出さない。
本当なら、血が滲むくらい唇を噛み、握り拳を作りたいけれど、それをしない。
それが、『ハギヨシ』という、透華と衣の愛した執事なのだから。
本当なら、血が滲むくらい唇を噛み、握り拳を作りたいけれど、それをしない。
それが、『ハギヨシ』という、透華と衣の愛した執事なのだから。
人殺しという過ちを犯し、とっくに彼女達の愛した執事ではなくなってるので、
それが単なる自己満足の感傷的な行為に過ぎないことくらい、誰より自分が分かっていたけど。
それが単なる自己満足の感傷的な行為に過ぎないことくらい、誰より自分が分かっていたけど。
「だから私は――――衣様を、優勝させます」
ハギヨシは、白旗を振った。
透華が挑み、優希が願ったハッピーエンドを諦めた。
透華が挑み、優希が願ったハッピーエンドを諦めた。
むしろ――誰より真っ直ぐにそれを望み、行動に出た二人が志半ばで命を落としたからこそ、
衣という最後の守りたい人を守りながら成し遂げられる道ではないと考えたのだ。
衣という最後の守りたい人を守りながら成し遂げられる道ではないと考えたのだ。
元より無理だと思う気持ちが大半だったが、これを機に、完全に、その可能性を捨て去った。
もう、リスクを犯して脱出を目指す理由など、どこにもない。
もう、リスクを犯して脱出を目指す理由など、どこにもない。
「ですから、国広さん。
私は、私自身も、そして貴女も、生かして帰す気はありません」
私は、私自身も、そして貴女も、生かして帰す気はありません」
ハギヨシは――ある意味では、誰より先に全てを投げ出していた。
このような事態に巻き込まれることを防げなかった時点で、どこか自棄になっていた。
このような事態に巻き込まれることを防げなかった時点で、どこか自棄になっていた。
勿論、衣と透華を救おうという気持ちに嘘はなかったが、
聡明すぎたのもあって、皆での脱出なんてものは、最初から諦めていた。
脱出は、衣と透華が出来れば十分と思っていた。
それこそ、「必要とあらば手を汚すしか無いし、きっとその“必要”は何度でもやってくる」と考えていた。
聡明すぎたのもあって、皆での脱出なんてものは、最初から諦めていた。
脱出は、衣と透華が出来れば十分と思っていた。
それこそ、「必要とあらば手を汚すしか無いし、きっとその“必要”は何度でもやってくる」と考えていた。
だからこその、津山睦月と文堂星夏の射殺。
だからこその、池田華菜のあっさりとした切り捨て。
だからこその、池田華菜のあっさりとした切り捨て。
――だからこその、一と優希が行なっていた口論の静観。
「協力してくれませんか」
ハギヨシは、気配りのプロであり、場の空気を読むことに長けている。
一と優希を放っておけばこうなることは読めていた。
読めたうえで、放置したのだ。
優希が、こうして、一の手で命を落としてくれるように。
一と優希を放っておけばこうなることは読めていた。
読めたうえで、放置したのだ。
優希が、こうして、一の手で命を落としてくれるように。
「……ボクは……」
そして、ハギヨシには、分かっている。
一が、既に手を汚し引き返せなくなった一が、首を横には振らないことを。
一が、既に手を汚し引き返せなくなった一が、首を横には振らないことを。
「……もう、透華にはどの道合わせる顔がないから」
体は、まだ震えている。
人を殺す前に「殺し合いに乗る」と口にするよりも、実際に手を汚してしまった今の方がよほど言葉にしづらい。
それでも、言う。言わねばならない。
人を殺す前に「殺し合いに乗る」と口にするよりも、実際に手を汚してしまった今の方がよほど言葉にしづらい。
それでも、言う。言わねばならない。
「せめて、龍門渕の家に恩義を返せるように」
言い訳だろうと何であろうと。
自分を奮いたたせるため、引き返せぬよう自分自身を追い込むため。
恩のある、大好きな人の家の名前を口にする。
自分を奮いたたせるため、引き返せぬよう自分自身を追い込むため。
恩のある、大好きな人の家の名前を口にする。
「ボクも――――衣を優勝させるため、殺し合いに、乗るよ」
ハギヨシの目をはっきり見つめ、一が言う。
それを見て、「そうですか」とだけ返すと、ハギヨシはカラシニコフを下ろした。
それを見て、「そうですか」とだけ返すと、ハギヨシはカラシニコフを下ろした。
「では、急ぎましょう」
「え?」
「原村様に、追いつけなくなってしまいますよ」
「え?」
「原村様に、追いつけなくなってしまいますよ」
和に追いつく。
そんなこと、ハギヨシにはどうでもよかった。
そんなこと、ハギヨシにはどうでもよかった。
透華を殺された恨みはある。
だがしかし、殺し合いを進めていけば、嫌でも戦うことになるだろう。
故にハギヨシは、和を敢えて追いかけることに意義を見出していない。
だがしかし、殺し合いを進めていけば、嫌でも戦うことになるだろう。
故にハギヨシは、和を敢えて追いかけることに意義を見出していない。
勿論、どこかで命を落とされる可能性はあるだろう。
だがしかし、復讐の未達よりも、衣の生還という目的達成の方が大切なので大きな問題ではない。
だがしかし、復讐の未達よりも、衣の生還という目的達成の方が大切なので大きな問題ではない。
「……今からでも追いつくのは難しいでしょうけど、それでも、これ以上遅くなるよりいいでしょう」
問題があるとすれば、一が、そしてハギヨシが、これ以上ここに居ると後ろ髪を引かれること。
透華の意思や人柄を想い、決意が鈍る可能性があること。
透華の亡霊に後ろ髪を引っ張られ、結局殺し合いに乗ることを放棄する――そうなってしまう可能性は0ではない。
透華の意思や人柄を想い、決意が鈍る可能性があること。
透華の亡霊に後ろ髪を引っ張られ、結局殺し合いに乗ることを放棄する――そうなってしまう可能性は0ではない。
だから、立ち去るよう促す。
これ以上、透華の――そして優希の傍にいると辛いから。
影響を受けてしまいそうだから。
これ以上、透華の――そして優希の傍にいると辛いから。
影響を受けてしまいそうだから。
「そうだね。行こう」
ちらりとだけ透華と優希に視線を向ける。
しかし一は、こみ上げてくるあらゆる感情を抑え、二人に背を向け歩き出した。
これ以上留まるともう歩き出せないことは、薄々一も気付いていたから。
しかし一は、こみ上げてくるあらゆる感情を抑え、二人に背を向け歩き出した。
これ以上留まるともう歩き出せないことは、薄々一も気付いていたから。
「……私は、あちらに行きます」
少し歩き出したところで、ハギヨシが進行方向と別の方面を指さす。
指で指された方向は、一やハギヨシ、それに美穂子といったメンツが通っていないルートである。
指で指された方向は、一やハギヨシ、それに美穂子といったメンツが通っていないルートである。
「効率を考えるなら、二手に分かれた方がいいでしょう」
嘘を吐いていた可能性がある和の話を抜きにしても、3グループ分の情報をハギヨシ達は持っている。
その3グループの通ったエリアには、現状分かっている限り、華菜以外の人はいない。
呼びかけに反応した者が自分達と同じルートを来る可能性もなくはないが、
それらのルートにはもうほとんど人がいないと見て、まだ通っていないエリアに向かう方が効率的だ。
その3グループの通ったエリアには、現状分かっている限り、華菜以外の人はいない。
呼びかけに反応した者が自分達と同じルートを来る可能性もなくはないが、
それらのルートにはもうほとんど人がいないと見て、まだ通っていないエリアに向かう方が効率的だ。
「……そう、だね」
勿論、戦闘になることを思えば、一緒に行動している方が安全だ。
先程まで自分達がそうしていたように、徒党を組んだ者は他にもいるかもしれない。
先程まで自分達がそうしていたように、徒党を組んだ者は他にもいるかもしれない。
しかし、ハギヨシも一も、集団の相手をするのをそれほど厄介だとは思っていなかった。
大集団を形成するのは、戦う気がない者達だけだ。
不意を突ければ、一気にガタガタに出来るだろう。
ましてや一もハギヨシも射撃経験があり、既に発砲を済ませている。
人に対して発砲するのに躊躇がないというのも強みだ。
大集団を形成するのは、戦う気がない者達だけだ。
不意を突ければ、一気にガタガタに出来るだろう。
ましてや一もハギヨシも射撃経験があり、既に発砲を済ませている。
人に対して発砲するのに躊躇がないというのも強みだ。
負ける気など、微塵もしない。
「じゃあ、ボクが、原村和を追わせてもらうよ」
それに――正直に言うと、死ぬかもしれないだとか、そういうのは、どうでもよかった。
もはや一に、失えるものなどない。
言ってしまえば、衣の生存すら『どうでもいい』ことと化している。
自分が死ぬのも怖くはない。
ただ――
もはや一に、失えるものなどない。
言ってしまえば、衣の生存すら『どうでもいい』ことと化している。
自分が死ぬのも怖くはない。
ただ――
(原村和……お前は、絶対に……っ!)
ただ、原村和を殺せないことは、受け入れられないことだった。
和を殺すという漆黒の意思だけが、今の一を動かしている。
結局の所、透華という道標を失ってしまった一は、復讐という杖をついてしか歩き出せなかったのだ。
和を殺すという漆黒の意思だけが、今の一を動かしている。
結局の所、透華という道標を失ってしまった一は、復讐という杖をついてしか歩き出せなかったのだ。
だから、和を知らない場所で死なせるわけにはいかない。
ハギヨシと違い、和への殺意がなければ、存在意義を失ってしまうのだから。
ハギヨシと違い、和への殺意がなければ、存在意義を失ってしまうのだから。
「それじゃ……お互い、頑張ろうね」
「……はい」
「……はい」
一は、和の去った方へと駆け出した。
透華や優希にそうしたように、振り返ることは、もうしない。
ハギヨシにはもう一瞥もくれず、一は誤った道を歩み始めた。
透華や優希にそうしたように、振り返ることは、もうしない。
ハギヨシにはもう一瞥もくれず、一は誤った道を歩み始めた。
――否。歩み始めたというよりも、転がり落ち始めた、か。
運命の輪っかはもう、転落を始めてしまった。
ごろごろ。くるくる。
ごろごろ。くるくる。
一度斜面を下った車輪は、勢いを増し、暴走していく。
ごろごろごろ。くるくるくるくる。
ごろごろごろ。くるくるくるくる。
もう、車輪は、止まらない。
止まり方など、車輪自身にも、分からなかった。
止まり方など、車輪自身にも、分からなかった。
ごろごろごろごろくるくるくるくるくる――――――
【片岡優希 死亡】
【残り23人】
【残り23人】
前へ | キャラ追跡表 | 次へ |
第21話 | 国広一 | ― |
第21話 | 片岡優希 | ハコテン |
第21話 | ハギヨシ | ― |
第21話 | 龍門淵透華 | ― |