第23話 漆黒の意思-チョウコウ-
世界はグレーで出来ている。
白か黒かで分けることは容易くないし、明確な白や黒など稀だ。
大半は、『白寄りのグレー』か『黒寄りのグレー』にカテゴライズされる。
大半は、『白寄りのグレー』か『黒寄りのグレー』にカテゴライズされる。
グレーを見て、それを白・黒どちらと呼ぶかは、主観に依る所が大きい。
「…………っ!」
さて、それでは私は善人でしょうか、悪人でしょうか。
――私の主観では、私は悪人寄りのグレー、『クズ』に類するものだと思う。
――私の主観では、私は悪人寄りのグレー、『クズ』に類するものだと思う。
人を殺したことなんてないし、リンチや暴行だって経験がない。
万引きの類やクスリやウリにだって手を出してないし、本物のマックロクロスケな悪人から見たら、悪人だなんて片腹痛いくらいの小物。
万引きの類やクスリやウリにだって手を出してないし、本物のマックロクロスケな悪人から見たら、悪人だなんて片腹痛いくらいの小物。
それでも、飲酒喫煙くらいだったら普通にしてるし、短絡的思考で嫌がらせのために盗みを働いたこともあった。
間違いなく『いい子』ではないし、人間性はお察しだ。
間違いなく『いい子』ではないし、人間性はお察しだ。
(いた……)
そんな私だが、今ちょっとした問題に巻き込まれている。
普段だったら何か問題に直面してもしれっと他人に丸投げして自分は逃走するか、適当に流しちゃうところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。
何せ、かかっているのは自分の命だ。
普段だったら何か問題に直面してもしれっと他人に丸投げして自分は逃走するか、適当に流しちゃうところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。
何せ、かかっているのは自分の命だ。
(参加者……ッ!)
殺せ、と言われた。
生き残れるのは一人だけであり、他の者は殺さなくてはならないと。
ジョークの類と信じたかったが、あまりにリアルな死の匂いのする藤田プロの亡骸と、配られたショットガンがこれは現実と言っている。
生き残れるのは一人だけであり、他の者は殺さなくてはならないと。
ジョークの類と信じたかったが、あまりにリアルな死の匂いのする藤田プロの亡骸と、配られたショットガンがこれは現実と言っている。
引き金を引き、グロテスクな死体の山を築かない限り、家に帰ることすら許されないのだ。
……多分だけど、露骨な他殺体では、死体としても家には帰れないだろうし。
高確率で死体になっても帰宅は出来ない。
……多分だけど、露骨な他殺体では、死体としても家には帰れないだろうし。
高確率で死体になっても帰宅は出来ない。
(マジで居やがった……!)
怖かった。
恐怖に押しつぶされそうだった。
実際恐怖でスタート直後に嘔吐した。
それはもう豪快に朝食べたスクランブルエッグを地面にぶちまけた。
藤田プロに対する思い出しゲロという側面もあったけど。
恐怖に押しつぶされそうだった。
実際恐怖でスタート直後に嘔吐した。
それはもう豪快に朝食べたスクランブルエッグを地面にぶちまけた。
藤田プロに対する思い出しゲロという側面もあったけど。
とにかく私は、この状況に文字通り吐くほどビビっていた。
(アイツは……)
さて、ここで問題です。
私は普段、人なんて殺しません。
先述の通り、まともな暴行一つ経験ありません。
そんな私は、人を殺そうと思うでしょうか。
私は普段、人なんて殺しません。
先述の通り、まともな暴行一つ経験ありません。
そんな私は、人を殺そうと思うでしょうか。
(……撃たねえと……)
答え――『思います』だ。
だって自分が可愛いから。
人を殺すのは怖いけど、当然嫌に決まってるけど、自分が死ぬのはもっと嫌だから。
だって自分が可愛いから。
人を殺すのは怖いけど、当然嫌に決まってるけど、自分が死ぬのはもっと嫌だから。
当然だろう?
私は決して、聖人君子じゃないんだ。
自分が可愛い、フツーの女子高生なんだ。
私は決して、聖人君子じゃないんだ。
自分が可愛い、フツーの女子高生なんだ。
……フツーの女子高生だって、命がかかれば、人だって殺せるさ。
世の中にゃ、命がかかってなくても人を平気で殺せる奴もいる。
なら私は、別に狂っているわけではないだろう。
ましてや今回の殺し合いじゃ超法的措置が取られ、一切罪に問われない。
ついでに言えば「脅されていた」「そうしないと自分が死ぬ」という素晴らしい大義名分まである。
世の中にゃ、命がかかってなくても人を平気で殺せる奴もいる。
なら私は、別に狂っているわけではないだろう。
ましてや今回の殺し合いじゃ超法的措置が取られ、一切罪に問われない。
ついでに言えば「脅されていた」「そうしないと自分が死ぬ」という素晴らしい大義名分まである。
別に人を殺したいという欲望を持ってなくても、殺し合いに乗るのが普通ってもんだ。
きっと、この会場の奴も、今頃は殺し合いに乗りまくってることだろう。
現にすでに、何人かの死者が出ている。
きっと、この会場の奴も、今頃は殺し合いに乗りまくってることだろう。
現にすでに、何人かの死者が出ている。
(……おいおいおい、仲間いるのかよ)
だが――――全員が全員というわけじゃないらしい。
いわゆる『白』、『善人』な奴も0ではない。
大多数は善人を装っているだけで殺し合いに一歩踏み出す勇気の無かった馬鹿だろう。
要するに、黒寄りか白寄りかが違うだけで、私と同じ強い意志を持てない『クズ』だ。
いわゆる『白』、『善人』な奴も0ではない。
大多数は善人を装っているだけで殺し合いに一歩踏み出す勇気の無かった馬鹿だろう。
要するに、黒寄りか白寄りかが違うだけで、私と同じ強い意志を持てない『クズ』だ。
だがしかし、突き抜けすぎてもはや善人としか言えない馬鹿も、確かに存在している。
真っ白な世界に生きているかのような、「きっとこういう奴が人から尊敬を集めるんだろうな」という感じのお人好し。
私のようなクズから見たら異端極まりないのだが、だからこそ、クズが群がるカリスマ足りえる。
真っ白な世界に生きているかのような、「きっとこういう奴が人から尊敬を集めるんだろうな」という感じのお人好し。
私のようなクズから見たら異端極まりないのだが、だからこそ、クズが群がるカリスマ足りえる。
(……そりゃそうか……何せ、この先には……)
例えば、龍門渕透華。
モニター越しにしか見たことのないソイツは、『突き抜けた馬鹿』だった。
私の目指している山頂、そこから殺し合いの中止を呼びかけている。
モニター越しにしか見たことのないソイツは、『突き抜けた馬鹿』だった。
私の目指している山頂、そこから殺し合いの中止を呼びかけている。
もちろん、そこに向かっているのは、仲間に入れてもらうためじゃない。
自分の居場所とメンバーをペラペラ喋るカモを狩りにいくのだ。
不意に呼びかけが聞こえた時は警戒したが、この頻度で何度も情報を垂れ流している所を見る限り、ただの真性らしい。
自分の居場所とメンバーをペラペラ喋るカモを狩りにいくのだ。
不意に呼びかけが聞こえた時は警戒したが、この頻度で何度も情報を垂れ流している所を見る限り、ただの真性らしい。
開始から6時間誰にも会わなかったため、武装は全く増えていない。
戦う気がない集団なんて、願ったり叶ったりだ。襲わない理由がない。
同じような考えを持った奴に警戒しながら進んでいるため、未だに辿り着いてはいないが。
戦う気がない集団なんて、願ったり叶ったりだ。襲わない理由がない。
同じような考えを持った奴に警戒しながら進んでいるため、未だに辿り着いてはいないが。
(……集団に、勝てるか……?)
じわじわ目的地に進みながら、ずっとそのことを考えていた。
いくら相手がお人好しの集団とは言え、2~3人ぶっ殺せば、銃くらい取るだろう。
先程の呼びかけでも人数をぺらぺらと喋ってくれていたが、確かその数は5人程だった。
それだけの数が集まっているのだ、銃を持ってないはずがない。
いくら銃器以外も配られてるとはいえ、『5人全員が銃器以外を配られた』なんてこと、よほど運が悪くない限りありえないだろう。
いくら相手がお人好しの集団とは言え、2~3人ぶっ殺せば、銃くらい取るだろう。
先程の呼びかけでも人数をぺらぺらと喋ってくれていたが、確かその数は5人程だった。
それだけの数が集まっているのだ、銃を持ってないはずがない。
いくら銃器以外も配られてるとはいえ、『5人全員が銃器以外を配られた』なんてこと、よほど運が悪くない限りありえないだろう。
だからといって、勝てないとは思わない。
何せ私の支給品は、銃の中でも“アタリ”の部類。
ウィンチェスターM1897――所謂『ショットガン』である。
何せ私の支給品は、銃の中でも“アタリ”の部類。
ウィンチェスターM1897――所謂『ショットガン』である。
1897と言う数字が示す通り、このショットガンが作られたのは今から100年以上前。
どちらかというと骨董品のように思える。
しかしながら付属の説明書(ウィンチェスターという名前も、これに書いてあるから分かった)を読む限り、古いからと一概にハズレ扱いは出来なかった。
どちらかというと骨董品のように思える。
しかしながら付属の説明書(ウィンチェスターという名前も、これに書いてあるから分かった)を読む限り、古いからと一概にハズレ扱いは出来なかった。
ポンプアクションとかいう名前の動作が必要であるなど、不便な点も確かにある。
しかしながら、ショットガンの中ではそれなりに信用度が高いらしく、米軍がかつて採用していたとの無駄な情報も載っていた。
撃つ度にガシャコンガシャコンするのは大変不便であるし、正直滅茶苦茶重たかったが、散弾銃の性質上、接近すればまず外さない。
そして何より、米軍が採用していたような『塹壕銃』として支給されていたのが大きい。
しかしながら、ショットガンの中ではそれなりに信用度が高いらしく、米軍がかつて採用していたとの無駄な情報も載っていた。
撃つ度にガシャコンガシャコンするのは大変不便であるし、正直滅茶苦茶重たかったが、散弾銃の性質上、接近すればまず外さない。
そして何より、米軍が採用していたような『塹壕銃』として支給されていたのが大きい。
つまり、塹壕内の白兵戦で使用されていたこの銃には、先端に刃物が装備されているのだ。
これはかなり大きい。
一発撃ってポンプアクションしている間に取り押さえられる可能性が、こいつを軽く振り回すだけで一気に減るのだ。
刃物を前に物怖じしない者などいない。
ましてやこの島にいるのは、刃物と縁の無さそうな連中ばかりだ(自分と葉子の二人が一番刃物沙汰に近そうな位置にいるという自覚はある、実際は無縁だったのだけども)
下手な銃よりも威力や危険性を実感できるだけに、体が竦んでしまうだろう。
いざとなればこいつで刺し殺せるというのも大きい。
一発撃ってポンプアクションしている間に取り押さえられる可能性が、こいつを軽く振り回すだけで一気に減るのだ。
刃物を前に物怖じしない者などいない。
ましてやこの島にいるのは、刃物と縁の無さそうな連中ばかりだ(自分と葉子の二人が一番刃物沙汰に近そうな位置にいるという自覚はある、実際は無縁だったのだけども)
下手な銃よりも威力や危険性を実感できるだけに、体が竦んでしまうだろう。
いざとなればこいつで刺し殺せるというのも大きい。
そう、ウィンチェスターは、集団相手に大暴れするのに最高に適しているのだ。
相手が五人いるからといって、勝ち目がないわけではない。
勿論、四人殺して自分も死ぬとかいう形もありえるし、確実に生き残れるわけではないのだけれども。
相手が五人いるからといって、勝ち目がないわけではない。
勿論、四人殺して自分も死ぬとかいう形もありえるし、確実に生き残れるわけではないのだけれども。
(いや、大丈夫……勝てるはず……勝てるはずだろ……)
だがしかし――分かっていても、体がうまく動かない。
獲物を発見したというのに、引き金を引くことが出来ない。
ウィンチェスターを構えることすら躊躇っている。
獲物を発見したというのに、引き金を引くことが出来ない。
ウィンチェスターを構えることすら躊躇っている。
(撃てよ……撃つんだよっ……!)
今更撃たない理由なんて無いのに。
噛ませ犬として放り込まれたからって、黙って死ぬ気なんてないのに。
噛ませ犬として放り込まれたからって、黙って死ぬ気なんてないのに。
(何でだ……相手が……)
カタカタと震えている。
いつから私は震えていた? ずっとか?
気付かれるんじゃないかと思うくらい震えが止まらない。
いつから私は震えていた? ずっとか?
気付かれるんじゃないかと思うくらい震えが止まらない。
(原村だからか……?)
それは、相手が、顔見知りだからだろうか。
とはいえ別に仲が良かったわけじゃない。
むしろ嫌われているだろうし、応援はしていても、また会いたいとは思わなかった相手である。
むしろ嫌われているだろうし、応援はしていても、また会いたいとは思わなかった相手である。
なにせぬいぐるみを盗んで壊してしまった相手だ。
さすがの私にも罪悪感くらいはある。
なにせ普段なら避けていたはずの『露骨に他者に迷惑をかける犯罪行為』だ。
当時は徹夜明けかつ変なテンションだったので出来たが、冷静になると申し訳ない以外に言葉が見つからない。
さすがの私にも罪悪感くらいはある。
なにせ普段なら避けていたはずの『露骨に他者に迷惑をかける犯罪行為』だ。
当時は徹夜明けかつ変なテンションだったので出来たが、冷静になると申し訳ない以外に言葉が見つからない。
だから、謝罪以降口を聞いたことはなかった。
原村の頭には、既に私に関する記憶が無い可能性すらある。
記憶があったとしても、盗人としての記憶しかないかもしれないので、いっそ忘れてくれていた方が有難いけども。
原村の頭には、既に私に関する記憶が無い可能性すらある。
記憶があったとしても、盗人としての記憶しかないかもしれないので、いっそ忘れてくれていた方が有難いけども。
ともかく――そのくらい何も出来ずに原村の前に敗れ去った。
悔しいが、噛ませ犬と呼ばれても甘んじて受け入れるしかないくらいの力の差を見せつけられた。
調子に乗って井戸で踏ん反り返った蛙が、大海を知るシャチあたりに食い殺されただけの話。
悔しいが、噛ませ犬と呼ばれても甘んじて受け入れるしかないくらいの力の差を見せつけられた。
調子に乗って井戸で踏ん反り返った蛙が、大海を知るシャチあたりに食い殺されただけの話。
それだけだ。
それだけの、間柄だ。
それだけの、間柄だ。
(顔見知りだから……撃てないのか……?)
なのに、たったそれだけのことで、体が動かなくなっている。
これから何人もの人間を殺さなくちゃいけないのに。
命乞いするだろう人も、殺し合いなんて間違ってると言う人も、みんなみんな、殺そうとしているのに。
これから何人もの人間を殺さなくちゃいけないのに。
命乞いするだろう人も、殺し合いなんて間違ってると言う人も、みんなみんな、殺そうとしているのに。
『どーすんのよ、マジ』
――――友人ですら、殺さなくてはいけないのに。
『さっさと決めちゃってよ』
ヘラヘラとしたバカ面が、何故か脳裏によぎってくる。
後輩なのに敬意の欠片もない口調で無遠慮に喋りかけてくる、馬鹿な女の生意気なツラが。
後輩なのに敬意の欠片もない口調で無遠慮に喋りかけてくる、馬鹿な女の生意気なツラが。
アイツは、葉子は、友達というわけではない。
腕が立つが性格に難のある下級生。
『熱血真面目な堅物部長が苦手な者同士』なんていう格好のつかない共通点があったから、なんとなくでつるんでいただけだった。
互いにレギュラー候補故にレギュラー落ちが約束された奴らには妬まれていて、何となくそいつらとは遊びに行きづらかったというのもある。
上下関係とか面倒という点でも気があったし、よく一緒に練習をサボりカラオケ行ったりゲーセン行ったり――
『熱血真面目な堅物部長が苦手な者同士』なんていう格好のつかない共通点があったから、なんとなくでつるんでいただけだった。
互いにレギュラー候補故にレギュラー落ちが約束された奴らには妬まれていて、何となくそいつらとは遊びに行きづらかったというのもある。
上下関係とか面倒という点でも気があったし、よく一緒に練習をサボりカラオケ行ったりゲーセン行ったり――
ただそれだけの関係だ。
グレーの世界で日々を怠惰に過ごす際、何か隣に居ることが多かっただけの存在。
サボりといったクズの行いを安心して共に出来るクズ仲間。
本当にそれだけの、決してまともとは言えないただの連れ1号だ。
グレーの世界で日々を怠惰に過ごす際、何か隣に居ることが多かっただけの存在。
サボりといったクズの行いを安心して共に出来るクズ仲間。
本当にそれだけの、決してまともとは言えないただの連れ1号だ。
『いやぁ~たぁまには先輩らしいとこ見せて下さいよぉ~』
『気色悪いンだよ、都合いい時だけ後輩ヅラすんな!』
『いーからいーから、やっぱ夏はアイスっしょ』
『気色悪いンだよ、都合いい時だけ後輩ヅラすんな!』
『いーからいーから、やっぱ夏はアイスっしょ』
友情なんて無かったし、別に好いてるわけでもない。
他に暇人がいないから、適当に呼び出したり呼び出されたりしただけ。
アイツが死のうと知ったこっちゃないし、多分互いが死んでも「マジで」の三文字で終わる。
葬式くらいは出たのかもしれないが、多分、涙は出なかっただろう。
葬式饅頭食いながら「いやー気の毒にねー」なんて言って、数分後にはテレビでバラエティ番組を見ながらゲラゲラ笑うこと請け合いだ。
他に暇人がいないから、適当に呼び出したり呼び出されたりしただけ。
アイツが死のうと知ったこっちゃないし、多分互いが死んでも「マジで」の三文字で終わる。
葬式くらいは出たのかもしれないが、多分、涙は出なかっただろう。
葬式饅頭食いながら「いやー気の毒にねー」なんて言って、数分後にはテレビでバラエティ番組を見ながらゲラゲラ笑うこと請け合いだ。
所詮その程度。
その程度の間柄、その程度の知り合いだ。
その程度の間柄、その程度の知り合いだ。
命がかかった状況で、気にするような相手じゃない。
気にせずに、自分が助かることを考えればいいのだ。
あいつだって、間違いなくそうしている。
気にせずに、自分が助かることを考えればいいのだ。
あいつだって、間違いなくそうしている。
この場で原村達を殺り、出会ったら葉子も殺す。
それでいい。それでいいはずなのだ。
それでいい。それでいいはずなのだ。
『次は奢れよこの野郎』
『えー、フッツーこういう時って後輩に奢ってやれとか言うもんなんじゃね』
『えー、フッツーこういう時って後輩に奢ってやれとか言うもんなんじゃね』
なのにウィンチェスターの銃口は、未だに定まってくれない。
死にたくないのは確かなのに。
死にたくないのは確かなのに。
吐きそうなほど恐ろしい藤田プロの亡骸を思い返したら、何とか腕は持ち上がった。
恐怖に屈する弱い人間なのだから当然だ。
なのに持ち上げた銃口は、先程からカタカタと揺れ続け、ちっとも狙いを定めてくれない。
まるで筒の先端に突如巨大な錘でも現れたかのように、ウィンチェスターが重たく感じる。
呼吸をするのも忘れそうになり、額からは汗が流れ出ていた。
恐怖に屈する弱い人間なのだから当然だ。
なのに持ち上げた銃口は、先程からカタカタと揺れ続け、ちっとも狙いを定めてくれない。
まるで筒の先端に突如巨大な錘でも現れたかのように、ウィンチェスターが重たく感じる。
呼吸をするのも忘れそうになり、額からは汗が流れ出ていた。
『うっせ。自分以外の奴に返っても自分が得しなきゃ意味ないっしょ』
かつて葉子に言った言葉が頭をよぎる。
あまりに醜いその言葉は、半分冗談だった。
数百円のアイス代だのが自分の元に返らなくても、別に大して困らない。
その分誰かに奢ってやってソイツと楽しくやればいいんじゃねえのと思う。
あまりに醜いその言葉は、半分冗談だった。
数百円のアイス代だのが自分の元に返らなくても、別に大して困らない。
その分誰かに奢ってやってソイツと楽しくやればいいんじゃねえのと思う。
私は自分が一番だし、どうしようもないクソ野郎だが、前述の通り悪人というわけではないし、グレーの中でも真ん中寄りであり真っ黒寄りとまでは思ってない。
そんなどうでもいいことに目くじら立てる方が面倒臭いと思ってしまうし、そんなところでケチ臭いことを言いたくなかった。
面倒なことは考えず、その場凌ぎのように怠惰な日々を適当に楽しむ。
それが基本スタンスだ。
そんなどうでもいいことに目くじら立てる方が面倒臭いと思ってしまうし、そんなところでケチ臭いことを言いたくなかった。
面倒なことは考えず、その場凌ぎのように怠惰な日々を適当に楽しむ。
それが基本スタンスだ。
『うっわ、器小さ!』
『にんげんだもの。byみつを』
『にんげんだもの。byみつを』
しかし――ごく普通のダメ人間のクソ野郎らしく、残りの半分は冗談でなく本心だった。
些細なことなら自分に返らなくてもいいが、一定以上のものになったら、自分が得なくては意味がない。
他人の幸せを喜んでやれるのは、その幸せがさほど羨ましくない時か、そもそも自分に関係ない話の時だけ。
付き合えるなんて思ってなかったアイドルが結婚したら素直に祝福も言えるが、ちょっといいなと思っていたクラスメートが交際を始めたら素直に喜べないようなもん。
『ちょっといいなって思ってた奴と一緒に遊園地に行ってた』くらいなら、まぁ、いいんじゃねーので終われたろうけど。
些細なことなら自分に返らなくてもいいが、一定以上のものになったら、自分が得なくては意味がない。
他人の幸せを喜んでやれるのは、その幸せがさほど羨ましくない時か、そもそも自分に関係ない話の時だけ。
付き合えるなんて思ってなかったアイドルが結婚したら素直に祝福も言えるが、ちょっといいなと思っていたクラスメートが交際を始めたら素直に喜べないようなもん。
『ちょっといいなって思ってた奴と一緒に遊園地に行ってた』くらいなら、まぁ、いいんじゃねーので終われたろうけど。
兎にも角にも、極々身近で、一定以上の幸福は自分が得てこそ意味があるのだ。
命なんてのは、身近で大きな存在の最たるもの。
数百円の利益と違い、断固として自分が得なくてはならないもの。
命なんてのは、身近で大きな存在の最たるもの。
数百円の利益と違い、断固として自分が得なくてはならないもの。
(撃つしかねぇ……じゃなきゃ死んじまうんだ……ッ)
だから、自分に言い聞かせる。
『嫌だけど、やるしかない』『仕方がない』と。
自分が今まで定めていた“真っ黒な人間になってしまうライン”を超える勇気を容易くは持てないから。
超えたくなくても、そうしなくてはいけないのだと自分に言い聞かせて。
『嫌だけど、やるしかない』『仕方がない』と。
自分が今まで定めていた“真っ黒な人間になってしまうライン”を超える勇気を容易くは持てないから。
超えたくなくても、そうしなくてはいけないのだと自分に言い聞かせて。
(そうだ……戦う気になってる奴は、大勢いるんだ……!)
そして――『自分だけでなく皆そうだ』と自分に言い聞かせることで、良心の呵責を無理矢理抑え込む。
心が弱い、どこにでもいるただのクズだから。
一人でやるのは躊躇う行為も、「皆やってる」の一言で躊躇なくやれてしまう程度の愚衆の一人だから。
“やりたくない”の気持ちを殺して、引き金へと指を伸ばす。
心が弱い、どこにでもいるただのクズだから。
一人でやるのは躊躇う行為も、「皆やってる」の一言で躊躇なくやれてしまう程度の愚衆の一人だから。
“やりたくない”の気持ちを殺して、引き金へと指を伸ばす。
(脱出なんて、出来るわけがねーんだよ……!)
例え先程呼びかけをしていた者が皆やる気のない真っ白な善人だったとしても、その善意ではこの現実に立ち向かえない。
放送で呼ばれた死人の数だけ、真っ黒に染まる覚悟をした人間がいるのだから。
人と遭遇した以上、もうグレーではいられないのだ。
そして、白に染まって無謀な戦いをする程の根性がない以上、黒に染まるしかないのだ。
放送で呼ばれた死人の数だけ、真っ黒に染まる覚悟をした人間がいるのだから。
人と遭遇した以上、もうグレーではいられないのだ。
そして、白に染まって無謀な戦いをする程の根性がない以上、黒に染まるしかないのだ。
『誰それ、知らねー』
『はあ!? マジで!?』
『はあ!? マジで!?』
結論の出ない、出るはずのない堂々巡り。
いや――結論は出ているのに、それに向かう一歩を踏み出す勇気がないための堂々巡り。
それが、ようやく終わる。
心のどこかで期待していた『躊躇っている間に原村がどこかに消える』という結末が、原村達が立ち止まることで木っ端微塵に打ち砕かれて。
いや――結論は出ているのに、それに向かう一歩を踏み出す勇気がないための堂々巡り。
それが、ようやく終わる。
心のどこかで期待していた『躊躇っている間に原村がどこかに消える』という結末が、原村達が立ち止まることで木っ端微塵に打ち砕かれて。
『まーじかー、これがジェネレーションギャップかぁ?』
『んな大袈裟な。一つしか違わないじゃん』
『一歳差ってーのが結構デカいんだよ!』
『んな大袈裟な。一つしか違わないじゃん』
『一歳差ってーのが結構デカいんだよ!』
震えて狙いは定まらないが、銃口は上を向いた。
添えるだけだとはいえ、引き金には指をかけた。
あとは引いてぶっ放し、そのまま戦闘に雪崩れ込むだけ。
添えるだけだとはいえ、引き金には指をかけた。
あとは引いてぶっ放し、そのまま戦闘に雪崩れ込むだけ。
なのに、やはり、引き金は引けなかった。
生き残りたくて仕方ないのに。
帰りたくて仕方ないのに。
帰りたくて仕方ないのに。
『クソ、いいか、みつをってーのはなだな』
『あ、長くなりそうなら今度でいい? そろそろ帰らねーと』
『んだよ、用事でもあんのか』
『あ、長くなりそうなら今度でいい? そろそろ帰らねーと』
『んだよ、用事でもあんのか』
なのに、どうでもいいはずの馬鹿の顔と、いつだったかすら思い出せない日のやりとりが、先程からちらついて。
たった少し指に力を入れるだけのことが出来なくて。
たった少し指に力を入れるだけのことが出来なくて。
『ヤンキー母校に帰るの再放送今見ててさー』
『てめぇこの野郎アイス奢った先輩の話よりドラマの再放送かよ!』
『今日の話めちゃ好きでさー』
『しかも見たことあるのかよ!』
『てめぇこの野郎アイス奢った先輩の話よりドラマの再放送かよ!』
『今日の話めちゃ好きでさー』
『しかも見たことあるのかよ!』
そして、気付いた。
やっぱり私は、帰りたくて仕方がないんだ。
クズで我儘な私は、死にたくないだけじゃなく、帰りたいと望んでいるんだ。
やっぱり私は、帰りたくて仕方がないんだ。
クズで我儘な私は、死にたくないだけじゃなく、帰りたいと望んでいるんだ。
『ったく……んじゃーな』
『うぃーっす、お疲れ!』
『うぃーっす、お疲れ!』
物理的な話でなく、もっと精神的な意味で。
私は、あいつと馬鹿をやってるだけの無為でくだらない日々に、どうしても帰りたいんだ。
私は、あいつと馬鹿をやってるだけの無為でくだらない日々に、どうしても帰りたいんだ。
『んじゃまた明日ー!』
『おう、またな』
『おう、またな』
たった一人しか帰れないって、それは叶わぬ夢だって、ほんとは理解出来ているのに。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ポーカーフェイスには自信がある。
だがしかし――それを過信は出来ない。
だがしかし――それを過信は出来ない。
部活仲間である須賀京太郎を手に掛けた時、和は落ち着きを失った。
すぐに立ち上がり罠を仕掛けるべく動き出したとはいえ、嘔吐・号泣と、普段からは想像も出来ぬほどに動揺した。
如何に冷静なデジタル少女とはいえ、何だかんだでただの女子高生なのだ。
友人を手にかけて、平気でいられるわけがない。
すぐに立ち上がり罠を仕掛けるべく動き出したとはいえ、嘔吐・号泣と、普段からは想像も出来ぬほどに動揺した。
如何に冷静なデジタル少女とはいえ、何だかんだでただの女子高生なのだ。
友人を手にかけて、平気でいられるわけがない。
勿論、既に二人の人間を手にかけて、漆黒の意思に身を染め悪となる覚悟は出来ている。
人を殺すということに抵抗感はあっても、問題なくやれるだろう。
殺害のためにポーカーフェイスで相手を騙す自信はある。
人を殺すということに抵抗感はあっても、問題なくやれるだろう。
殺害のためにポーカーフェイスで相手を騙す自信はある。
しかし――京太郎を殺した件については、動揺してしまう可能性が高い。
少なくとも、和はそう思っている。
京太郎殺害後の予想以上の肉体的動揺が、脳裏にこびり付いてしまっている。
だからこそ、和はまだ動けずにいた。
少なくとも、和はそう思っている。
京太郎殺害後の予想以上の肉体的動揺が、脳裏にこびり付いてしまっている。
だからこそ、和はまだ動けずにいた。
(さて……いい加減、優希達の居た場所からは大分距離を取れましたが……)
前を行く美穂子の背中を眺めながら、いつ動き出すかを考える。
美穂子の観察眼の凄さは、合宿で身を持って体験していた。
下手な動揺は見透かされる可能性が大きい。
美穂子の観察眼の凄さは、合宿で身を持って体験していた。
下手な動揺は見透かされる可能性が大きい。
(問題はいつ、どこで、どう切り出すかですね)
美穂子が本当にただの善人なら、この場で仕留めてサブマシンガンを奪い取るだけでいい。
しかし、美穂子が腹に黒いものを抱えているのだとしたら、後々のことを考えて同盟を結ぶ必要がある。
とはいえ、優勝を狙っているのだとしたら、同盟も容易いものではないだろう。
何せどこかで裏切り合うこと前提だし、裏切れば相手の武器を丸っと頂戴出来るのだ。
武器と天秤にかけられた末、あっさり同盟拒否を受けてもおかしくはない。
しかし、美穂子が腹に黒いものを抱えているのだとしたら、後々のことを考えて同盟を結ぶ必要がある。
とはいえ、優勝を狙っているのだとしたら、同盟も容易いものではないだろう。
何せどこかで裏切り合うこと前提だし、裏切れば相手の武器を丸っと頂戴出来るのだ。
武器と天秤にかけられた末、あっさり同盟拒否を受けてもおかしくはない。
(ベストは足を止め向き合う前に彼女の腹の中を見極めることですが……)
美穂子はデジタル的な思考にも長けており、この殺し合いの参加者の中でも有数の『読み合いの強者』と言えるだろう。
正面から論争をして負けるとは思っていないが、何らかの理由で京太郎殺害関係の話になった際、動揺を彼女に看破されないとも限らない。
その動揺を心の弱さと断定され、切り捨てられる可能性が0ではないのだ。
あまり彼女と顔を合わせてやりとりはしたくない。
和は理屈を中心に考察するため、相手の表情をあまり気にしないというのもあるし、とにかくベストは自分が後ろを歩く今の構図のままで結論まで行くことである。
この立ち位置なら、美穂子と戦闘になっても、自分が圧倒的有利だし。
正面から論争をして負けるとは思っていないが、何らかの理由で京太郎殺害関係の話になった際、動揺を彼女に看破されないとも限らない。
その動揺を心の弱さと断定され、切り捨てられる可能性が0ではないのだ。
あまり彼女と顔を合わせてやりとりはしたくない。
和は理屈を中心に考察するため、相手の表情をあまり気にしないというのもあるし、とにかくベストは自分が後ろを歩く今の構図のままで結論まで行くことである。
この立ち位置なら、美穂子と戦闘になっても、自分が圧倒的有利だし。
「あの、原村さん」
しかし――和が切り出すより早く、美穂子が口を開いた。
依然足を進めてはいるし、こちらを振り返ることもない。
ただの雑談の可能性も考慮し、思わず掲げそうになったブローニングハイパワーを再び下ろす。
依然足を進めてはいるし、こちらを振り返ることもない。
ただの雑談の可能性も考慮し、思わず掲げそうになったブローニングハイパワーを再び下ろす。
「何でしょうか」
そして、何でもないかのように淡々と言葉を返す。
割りと自然な声色だったと、和は自分で思った。
しかし、その冷静さも、美穂子の口から出てきた言葉で瓦解する。
割りと自然な声色だったと、和は自分で思った。
しかし、その冷静さも、美穂子の口から出てきた言葉で瓦解する。
「殺し合いに乗ってますよね……?」
一瞬、和の動きが硬直する。
それからほとんど反射的に、ブローニングハイパワーを持ち上げた。
だがしかし、「美穂子の本心を読まないといけない」と考え続けていたのもあって、すぐに撃つことは出来なかった。
もしも美穂子も自分と同じく『同盟を結ぼうとしてる殺人者』なのだとしたら、ここで潰し合うべきではないのだから。
それからほとんど反射的に、ブローニングハイパワーを持ち上げた。
だがしかし、「美穂子の本心を読まないといけない」と考え続けていたのもあって、すぐに撃つことは出来なかった。
もしも美穂子も自分と同じく『同盟を結ぼうとしてる殺人者』なのだとしたら、ここで潰し合うべきではないのだから。
「……」
和は言葉を返さない。返せない。
脊髄反射で答えるよりも返答内容を吟味すべきだと考えたというのもある。
ブローニングハイパワーを構えたのとほぼ同時に、美穂子はこちらを振り返っていたというのもある。
脊髄反射で答えるよりも返答内容を吟味すべきだと考えたというのもある。
ブローニングハイパワーを構えたのとほぼ同時に、美穂子はこちらを振り返っていたというのもある。
そして、その美穂子の両目は見開かれており、ウージーの銃口と共にこちらを向いていたということもある。
ウージーを持つ手は非情に安定しており、躊躇の類は見て取れない。
引き金にもしっかりと指がかけられており、いつでも発射できるということをアピールしている。
仮にこちらが美穂子を射殺出来たとしても、肉体の反応などでこちらも撃たれる可能性が大きい。
銃口は胸のあたりを狙っており、多少銃口がずれたところで身体の一部を持っていかれることに間違いはないだろう。
引き金にもしっかりと指がかけられており、いつでも発射できるということをアピールしている。
仮にこちらが美穂子を射殺出来たとしても、肉体の反応などでこちらも撃たれる可能性が大きい。
銃口は胸のあたりを狙っており、多少銃口がずれたところで身体の一部を持っていかれることに間違いはないだろう。
和は、それで理解した。
美穂子は漆黒の意思の元、このゲームに乗ることにした、こちら側の人間なのだと。
美穂子は漆黒の意思の元、このゲームに乗ることにした、こちら側の人間なのだと。
【残り23人】
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第00話 | 田中舞 | ― |
第20話 | 原村和 | ― |
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