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誰かの物語 詳細

現在、0001〜0125まで計125種存在。

No. 内容(概要)
0001 「リーシャ!俺、トレジャーハンターになることにした!」
マルトは、無断で私の部屋に入り込んだ挙句に、突然そう宣言した。
「…正気?」
私は思いっきり半眼でマルトを見つつ、ため息をついた。
0002 「数多の罠を潜り抜け、襲い来るモンスターを退けて、
遺跡に眠った秘宝を探し出す、正直、かなり危険な仕事よ?」
なかば脅しのつもりで私は言ってやった。
だが、聞けば聞くほどマルトの目は輝いていく。
0003 「くぅう!やっぱりカッコいいよな!よし!そうと決まれば特訓だ!」
…なにがそうと決まったのか。
マルトは、今度は扉も閉めずに私の部屋から消えていった。
再びため息。
騒がしい幼馴染とは言え、放って置くわけにはいかない。
どうせ巻き込まれるのだ、私も久々に兵装を引っ張りだすことにした。
0004 空は晴れ渡り、絶好の訓練日和だ。
私は埃まみれの柄を握る。
…うん、悪くない。
無理なく昔の感覚が体になじんでいく。
次いで、得物に意識を集中…。
0005 「うーん…うーん…」
意識の集中は、マルトの間の抜けた声に散らされた。
「…マルト、何をしているの?」
私の声に気がついて、まるで迷子のイノブタが親を見つけたような、
そんな目でこちらに振り向いた。
0006 「武器をさ、選んでたんだ」
そういったマルトの前には、両手剣、ハンマー、フレイル、魔導銃、ナックル、ダガーと、
ギルド推奨の6種の武器が転がっていた。
「ギルドに行ったらさ、こん中から選べって言われてさ」
「…よく、全種類集めたわね」
0007 「そうだ!リーシャが選んでくれよ!」
半ば予想通りに、マルトは私に意見を求めた。
長い付き合いだと、なんとなく展開が読めてしまうのも、ある意味新鮮味が無くて残念だ。
「そうね…立ち回りが売りのフレイル、ダガーはマルトには向かないかな」
「どういう意味さ!」
「敵とは正面きって戦いたいんでしょ?だとすると、遠距離攻撃が得意な魔導銃も無しかな」
「うーん、確かにそうだな!じゃあ、両手剣か、ハンマーか、ナックルだな」
0008 「ハンマーは機敏には動けないけど一撃が重いタイプ。
一方、ナックルは一撃は軽いけれど、手数で押すタイプね」
「じゃあ、両手剣にするか!」
「…え?だって両手剣の説明はまだ…」
「いや、だって、両手剣が一番英雄の武器っぽいじゃん?」
…それなら、最初から悩む必要はなかったんじゃないだろうか。
0009 「さすがリーシャ!俺より俺のこと分かってるから、頼りになるよ!」
「そう?」
「ああ、まるで…」
マルトは頬を染めながら、笑顔で言った。
「まるで…かーちゃんだ!」
かーちゃん…いや、別に、変な期待はしていなかったが、かーちゃん。
「じゃあな!」
両手剣を頭の上で振り回しながら、マルトは去っていった。
でもまあ、どんなときでもバランスよく戦える両手剣を選んでくれて良かった。
私はほっとしながら、足下に残された5種の武器を片付けるのが自分だと気がつき、ため息をついた。
0010 ひゅっ!
風を切る音が心地よく響く。
しばらく武器なんて握っていなかったが、そんなに錆付いてはいないようだ。
私は攻めるのが得意ではない。
だから、ディフェンス型と呼ばれる、守りを意識した戦い方を用いている。
0011 一方…。
ぶんっ!ぶんっ!
隣で両手剣を振る…というより、両手剣に振り回されているマルトは、
性格的に考えてオフェンス型と呼ばれる、連撃やダメージ効率を意識した戦い方になるだろう。
0012 「おっかしいなぁ!リーシャに教えられた通りにやってんのになぁ」
マルトは不思議な顔で、綺麗な音を出せない自分の見を見つめている。
マルトの場合、腕に力が入りすぎなのだ。
いっそ、バランス型の戦い方も学んでみたほうがいいのかもしれない。
0013 「あー、腹減った…リーシャ!帰ろうぜ!」
考え事をしていたら、どうやら夕暮れ時になってしまったみたいだ。
「…私より動いていたのに、元気ね」
私は半ば呆れて言った。
「そりゃあトレジャーハンターになったら、リーシャのこと守ってやんなきゃいけないからさ、
これでも走り込みとか頑張っているんだぜ!」
…私は、今が夕暮れ時でよかったと、そう思った。
0014 バランス型は、攻撃的にも守備的にも柔軟な対応が行えて、機動性にも富んだタイプだ。
マルトのような機敏な子なら、それも良いかも知れない。
それに、後々のことを考えれば、2種類の型を覚えるのも悪くない。
0015 「誕生日おめでとう!リーシャ!」
扉を開けるなり、満面の笑みのマルトはそう言った。
そうか、マナの研究に明け暮れていて忘れていたけど、
今日は私の誕生日だったのか。
「あ、ありがと…」
0016 「リーシャは今年で何歳になったんだっけ?」
感謝の言葉をさえぎるように、無神経な言葉が飛び出した。
いや、私は決して怒ってはいないけれど。
私はマルトの幼馴染だ。
幼馴染ではあるが、年齢が一緒、というわけではない。
それは、マルトがヒューマンで、私がエルフだからだ。
0017 ヒューマン、ビーストハーフ、エルフ、バードリング…。
この世界には、多様な種族が存在している。
その中でも私たちエルフは長命な種族であり、
それゆえに、他種族との交流を、あまり好まない。
他種族の友は、みな先に逝ってしまうのだ。
0018 私も、歳のことを聞かれるのは好きじゃない。
特に、マルトからは…。
幼馴染として今を共に過ごしても、マルトは先に逝ってしまうことを
思い出してしまうから。
「ま、いっか。何歳になっても、リーシャはリーシャだしな!」
マルトは、笑いながら花束を押し付けてくる。
0019 「酒場にみんな集まってるからさ、準備ができたら一緒にいこうよ!」
外で待ってる、そう言って、マルトは出て行った。
渡された花束を、私はそっと抱きしめる。
気を抜くと、目頭が熱くなる。
…泣いてはいけない。
私は頬を2度3度叩き、鏡に向かって笑ってみた。
ぎこちないそれは、私の心を写したような泣き笑いだった。
0020 「ところでさ、トレジャーハンターギルドの本部って、どこにあるんだ?」
今日もマルトの訓練に付き合い、日も暮れようという頃、
マルトの口から、思いがけない質問が飛び出た。
「…本気で聞いているの?」
問いに問いで返しながら、きっとマルトのことだ、
本当に知らないのだろうと、半ば呆れ、
半ば諦めに近いため息が私の口から漏れた。
0021 「トレジャーハンターギルドの本部は、ローザリアという島にあるわ」
「あ!その島なら知ってる!エデンで一番大きな島だろ?」
子供でも知っているような一般常識を、胸を張って答えるマルトに頷き、続ける。
「そのローザリア島の中心部に、トレジャーハンターギルドの本部があるわ」
0022 「じゃあ、正式にトレジャーハンターになったら、ローザリア島に引っ越さなくちゃいけないのか・・・」
「その必要はないわね」
一瞬困ったような顔をしたマルトに、私はきっぱり返した。
「本部にはね、一部の高レベルなトレジャーハンターしか立ち入ることを許されていないの」
「え!なんでだよ!」
「それは…」
0023 今度は文字通り膨れっ面になったマルトに、私は思わず笑みが漏れた。
胸を張ったり、困ったり、怒ったり、なんというか、まるで小動物みたいだ。
…口に出したら、すねてしまうだろうけど。
「それは、トレジャーハンター自体も多いし、私やマルトのように、トレジャーハンターを目指す者も多いから、かな」
0024 「全てのトレジャーハンターが本部に集まっては、混雑して機能しなくなるわ、
だから、アルナエスタやガランドラ、フィードアクスみたいなある程度大きな島には支部があって、
かなりの自治権を持たされているの…マルト、聞いてる?」
気が付いたら、マルトは草原に寝転がっていた。
「そっか、じゃあ、この島から出なくても良いんだな」
0025 「俺さ、ウィンフォードの街も、街のみんなも、この草原も、すっげー好きだからさ
もし引っ越すんだったら寂しいなって、そう思ってたんだ」
今度は、笑顔になって、マルトは言う。
本当に、見ていて飽きない人だ。
ずっとこの顔見ながら、静かに暮らせれば良いのに・・・。
登録試験の日は、近い。
0026 「うぉぉ・・・すっげー・・・」
マルトは周囲をさも物珍しそうに見渡しながら、盛んな感嘆の声を上げている。
それもそうだろう。
私たちの住んでいるウィンフォード島は、よく言えば風光明媚な、言い換えれば、田舎な島。
今この会場を満たしているような人達が大挙して押し寄せるようなところではない。
0027 「エルフにビーストハーフ、いろんな種族が勢ぞろいだ!」
今日は待ちに待った、そして、来て欲しくなかったトレジャーハンターギルド登録試験の日。
各島で同時に開催される登録試験は、開催日時こそ同じだが、
その試験内容はそれぞれの会場によって別個の、特徴的な内容になっている。
0028 「なあ!リーシャ!ほらあれ!」
例えば、血気盛んなビーストハーフ達の島、フィードアクスでは、モンスター討伐がメインだし、
ドワーフ達が山と共に生きるガランドラ島では、炭鉱に入り宝石を採掘する試験が行われる。
当然、それぞれの会場によって試験の難易度が変わるが、
自分の適性を考えて試験を選べると思えば、よくできた方式なのかもしれない。
0029 「すっげー!登録試験、すっげー!」
そして、このアルナエスタ島での試験は、特定植物の探索。
魔物も少なく、比較的安全という理由で、多くの試験参加者が集まるのだ。
かく言う私達も今、試験参加者の集合場所であるアルナエスタ王宮の大広間にいる。
0030 「マルト、少しは落ち着かないと・・・」
「あいつの剣、すげー!あんなでかい剣使うんだ!」
先ほどから興奮の収まらないマルトと、それをたしなめられない私へ、
鋭い非難の視線と、生暖かい視線とが惜しみなく突き刺さる。
…この生暖かい視線は、何を意味しているのだろう。
0031 「ねえ、マルト」
「ん?なに?」
「本当に、試験、受けるの?」
わたしとしては、やはり、ウィンフォード島で、静かに、安心して暮らしたほうがいいと思う。
でも。
「うん!」
元気良く答えるマルトを見ていると、トレジャーハンターとして生活するのも悪くないのかもしれないと、
そんな風に思う自分に驚く。
複雑な気持ちでため息をつくと、 それと同時に、大広間の扉が仰々しく開いた。
0032 「諸君!良く集まってくれた!」
演台に立ったのは、初老の男エルフだった。
「諸君らはこれより、トレジャーハンターギルドへ参加するため、登録試験を受けることになる」
彼は、手を後ろで組みながら歩み、その鋭い視線をトレジャーハンター候補生に向ける。
0033 「諸君らも知っての通り、登録試験においては諸君らの生命の保証、これは一切ない」
そういって、男は演台に両手を付く。
「諸君らの中の幾人かは、このアルナエスタの試験が『安全』であると誤解しているかも知れぬ、
ゆえに先に言っておこう、このアルナエスタの試験においても、過去数名の死亡者が出ている」
0034 演台の男の発言に、会場がざわめく。
「いいかね。命が惜しいならば、今からでも参加を取りやめたまえ!
今ならば、参加の取り下げも受け付ける!」
その声に、何人かが立ち上がり、部屋を出て行く。
「うーん…」
そして、マルトもその話を聞いてか、なにやら悩んでいる。
0035 「…マルト?どうしたの?」
正直、今の脅しで引き下がるマルトではないと思うけれど…。
「えーっと、俺は良いんだけど、リーシャは俺に巻き込まれたようなものだし…さ」
そういうと、申し訳無さそうな目でこちらを見る。
「マルト、私も、居たいからここにいるのよ」
そういって、私はマルトから目をそらす。
いつも勝手なのに、いざという時には私のことを心配するんだから。
まったく。
0036 「さて、幾人かは退出したようだが、残った諸君は試験に参加する、ということでよいな?」
ぎろりと細い目で参加者を見回し、男は満足そうに笑みを浮かべる。
「では、登録試験の内容を発表しよう!」
その声にあわせ、ばさりとエデンの地図が広げられる。
0037 「諸君にはファンウィール群島へ向い、風羽草の花を1輪、探してきてもらう」
その言葉が大広間に響くと、再び会場がざわめく。
風羽草。
風車のような羽で風を受け、くるくると空を舞う花だ。
ただ、風を受けて飛びまわるため群生地はなく、また、大半はガイアへ落ちてしまうため、絶対数も少ない。
0038 「期間は今日を含めて3日!枯れたり萎れたりした花は不可とする!
試験内容は以上!諸君らの健闘を祈る!」
そう言うと、エルフの男はざわつく試験参加者達を置いて、大広間の扉から出ていってしまう。
「…なーんだ」
周りのざわつきをよそに、マルトがポツリとつぶやく。
0039 気持ちはなんとなく分かる。
ファンウィール群島に近いウィンフォード島に住んでいる私達にとって、
風羽草は、さほど珍しいものではないし、
この時期の風向きを考えれば、どの辺にありそうなのかの予想も立つ。
現地人にとっては、そこまで厳しい内容ではないのだ。
0040 「結構簡単なんだな、登録試験って」
マルトは頭の後ろで腕を組みながら、不満そうに言う。
「簡単だからって、油断は禁物よ」
今回の試験内容は、他の島からの参加者を減らすのが目的なのだろう。
なんというか、意地が悪い。
そう思いながら、私はマルトを促して大広間から出た。
…この時、背後から付いてくる人影に気が付きもせずに。
0041 第8話
アルナエスタ島エスタモール地区の南端に位置する港湾都市スワロウネスト。
交易の一大拠点であるこの街は、アルナエスタ王群カエルスとは違った賑わいを見せている。
港には風マナを動力に、島々を渡る風船が何隻も接岸し、
港から街の陸地側の入り口まで続く大通りのは、所狭しと商店が立ち並ぶ、
さまざまな交易品が威勢のいい掛け声とともに売買されている。
0042 そんな賑やかな街の一角に、私とマルトはいる。
ファンウィール群島を向かう船を捜しに来たのだ。
…けれど。
「なぁ、大丈夫か?リーシャ」
今は、喧騒から少しはなれた公園で、休憩している。
情けないことに、私は人ごみというものが、とても苦手だ。
0043 「ごめんなさい、マルト」
マルトのひざを借りて木陰で横になり、額に湿らせた布を載せた私は、
自分でも驚くほど力のない声でマルトに詫びる。
「いいって、気にすんなよ!」
そう言いながら、髪をなでてくれる手の暖かさが心地よい。
0044 「でも、俺がリーシャに膝枕をしてあげるって、不思議な感じだな」
少し笑いながらマルトが言う。
「今までは、ずっと俺が膝枕してもらってたのにな」
そう、今まではずっと私が膝枕をしてあげていた。
でも、これからは、今までのようにはしてあげられないかもしれない。
0045 トレジャーハンターになれば、エデン中を、時にはガイアすら捜索することになるだろう。
新たな仲間とであり、彼らと共に語らう時間も必要だろう。
そして、いつか大切な誰かと出会い、私の元から離れていってしまうかもしれない。
ウィンフォード群島の草原で、ゆっくりと二人で過ごす時間は、なくなってしまうかも知れないのだ。
0046 「リーシャ?どうしたの?」
心配するようなマルトの声で、はっと我に返る。
一体何を考えているんだ、私は。
「ううん、なんでもないわ」
そういうと、少しすっきりした頭を持ち上げ、何とか立ち上がる」
「ふぅ、もう大丈夫みたい…ね」そういって、笑ってみせる。
0047 マルトはまだ心配そうにしているが、いつまでも休んでいるわけにはいかない。
今日中にファンウィール群島に到着しておかないと、探索にかけられる時間が限られてしまう。
試験に落ちてしまったら、きっとマルトは悲しむ。
それでは、私がトレジャーハンターになる意味がない。
私は、マルトと笑っていたいぁら、トレジャーハンターになるんだから。
私は渋るマルトを促して船着場へ向かった。
0048 第9話
「まったく、あいつら、なんなのじゃ」
スワロウネストの公園、マルトとリーシャが休む木陰から少し離れた茂みに、
小柄な人影が潜んでいた。
「余裕かましてイチャつくとか、アレか?あちきへの嫌がらせか?」
人影は膝枕の様子を眺めながら、なにやら1人で憤慨している。
0049 人影の背中側から、タシッ!タシッ!と何かが芝を叩く音がする。
その音源は、尻尾、だ。
キャットリングと思われるその人物は、かなりイライラしているのか、
しきりに尻尾を動かす。
「むー、試験が簡単なぞ抜かしおるから尾行してきたというに、こんなんでは埒が明かんぞ!」
声から、まだ年端も行かぬ少女であろう人影は、2人が移動するのを今か今かと待っていた。
0050 少女は、獣人達が多く住むフィードアクスの出身であり、本来は、フィードアクスの試験に参加する予定であった。
だが、過酷な戦闘がその主となるフィードアクスの試験には、少しでも安全性を高めるために、身体検査が行われる。
少女は、その検査の結果、フォードアクスの試験には参加することができなかったのだ。
0051 それゆえに、試験が比較的楽だと言われるアルナエスタに来たものの、
これまで、探索なんてした事もないし、風羽草なんて見たこともない。
会場にいた他の参加者に協力を持ちかけたが、「子守はごめんだぜ、おちびちゃん!」と大笑いされた。
「どいつもこいつも、ちっさい言いおってからに・・・」
思い出したらまたイライラしてきたのか、尻尾が激しく動く。
0052 少女が途方に暮れていたときに、獣人ならではの聴覚で聞こえてきたのは、
「結構簡単なんだな、登録試験って」という、ヒューマン族の少年の声だった。
同行を申し出ては、また邪険にされるかもしれない。
そう思い、ここまで尾行してきたのだが・・・。
こともあろうか、ヒューマン族の少年とエルフの女は、公園でイチャ付き始めたのだ。
0053 「はぁ、あきち、本当にトレジャーハンターになれるんじゃろか」
少女には、どうしてもトレジャーハンターにならねばならない理由がある。
その目的のためにも、ぜひ彼らに風羽草まで導いてもらわねば・・・。
「ふぅ、もう大丈夫みたい・・・ね」
どうやら移動を再開するらしい。
少女は決意を新たに、尾行を再開した。
0054 第10話
風司によって起こされた追い風が髪をかき乱す。
風船は、空マナの力場上を滑るように進む。
動力源は、風力。
マスト上の魔導装置で、風司と呼ばれる技術者が風マナを制御し、前へ進む。
そのため、絶え間なく風が吹きつけ、私のように髪が長いものにとってはなか
なかやっかいだ。
0055 スワロウネストで見つけたファンウィール群島行きの船は、
私が休んでいたせいもあって、その日最後の便だった。
乗客も大体はスワロウネストからファンウィール群島へ帰る労働者で、
トレジャーハンター試験の関係者らしき乗客は、ほんの数人だ。
0056 眼下のエスタレイン群島を飛び越しながら、夕日の中を風船は進む。
この風がなければ快適な空の旅なのだけれども。
・・・もちろん、この風がなければ船が前に進まないことはわかっているが。
少し風が強く吹くたびに、髪がマルトに当たりそうで、変に緊張してしまう。
0057 「マルト、船室に戻らない?」
私は、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、船首から夕日を眺めるマルトに声をかける。
出航してからすぐにあの場所を陣取っていたから、もうかなりの時間ああやって過ごしている。
「体、冷えてしまうわよ」
そういいながら、私は一つ身震いをする。
0058 アルナエスタ島を離れてから、船はファンウィール群島に向けて、高度を上げ続けている。
風も次第に冷たくなってきた。
「えー、もうちょっと居ようよ。
空、夕焼けで綺麗だからさ!」
ちょっと必死なマルトを、可愛いと思って思わず小さく笑ってしまう。
0059 「な、何がおかしいんだよぅ!」
膨れっ面をするマルトの隣へ移動し、船の縁にひじをつく。
「はいはい、じゃあ、あと少しだけね」
そう言って私はショールを被りなおす。
・・・あ、もしかしてリーシャ、寒かった?」
0060 そういって、マルトは突然、私にくっついてきた。
「へへっ、俺、体温高いからさ」
そういって、至近距離で満面の笑みを浮かべるマルト。
・・・こんな不意打ちは、ずるい。
ファンウィール群島に近づき、風が弱まる。
その頃には、私の体は火照って仕方なくなっていた。
0061 第11話
「おはよう、リーシャ!」
ファンウィール群島の宿屋の1階。
食堂兼酒場であるそこに、マルトは大量の朝ごはんと一緒に座っていた。
トーストに目玉焼き、厚切りハムにシチュー、果物の盛り合わせ・・・。
昨夜はあまりよく眠れなかった私には、目の毒だ。
0062 「おはよう、マルト。
今朝もたくさん食べるのね」
私はテーブルの上から、果物の盛り合わせだけを引き寄せて、朝食をとり始める。
「・・・?リーシャ、寝不足?」
不思議そうな顔でマルトはこちらを見た。
「ええ、ちょっと・・・ね」
このことに突っ込まれたくない私は、果物を食べながら、そっけなく返す。
0063 「それより、今日の探索の・・・」
「なにかあったの?」
・・・マルトが、空気を読んでくれるはずはなかった。
「ちょっと、考え事していて寝付けなかっただけ、大丈夫よ」
嘘はついていない。
ただ、船の上で感じたマルトの体温が、なんだか無性に切なくて、
そんな自分を制御できなくて、思い悩んでいたら空が白んでいた。
0064 最近、どうも自分が不安定だと、そう思う。
特にマルトのことになると、私は変だ。
今は登録試験に集中しなくては。
でも、この試験が終わっても、マルトがまだ私と一緒に居てくれる保障は無い・・・のかもしれない。
何気なく口に運んだリンゴは、まだ熟していなくて、青い味がした。
0065 第12話
今日の風は穏やかで、心地の良い快晴。
風羽草を探すにはもってこいの天候といえるだろう。
私とマルトは朝食を取り終わると、それぞれの獲物を装備して、宿の前で合流した。
朝食の際に流れた嫌な雰囲気も、この空に洗い流されるようだ。
マルトは、持ち前の空気の読まなさで気にしないで居てくれるのが嬉しい。
0066 「宿屋のおばちゃんに聞いたらさ、2日くらい前に南西の島で風羽草を見かけたってさ!」
マルトは嬉しそうにそういうと、背中に隠していた包みを差し出した。
「トレジャーハンターギルドの登録試験で来たって言ったら、おばちゃんが弁当作ってくれたんだ」
なんだか、ピクニックに行く前かと勘違いしそうなほど、マルトは楽しげにしている。
0067 「マルト、ファンウィール群島に街は2つしかなくて、それぞれは離れているわ」
そういうと、何の話か読めないといった顔で、マルトは首をかしげる。
「つまりね、それぞれの街の周辺と、それをつなぐ街道以外は、モンスターが潜んでいるって事のなの」
「…じゃ、じゃあ、もしかして、ついに実戦…?」
私は、できる限り引き締めた顔で、ゆっくり頷く。
0068 「そっか、じゃあ気を付けないとな」
マルトは急に神妙になってそう言った。
何だ、言えば解ってくれた。
私は、きっとマルトのことだから、実戦が出来ると喜ぶものだと思っていた。
…少し反省。
「初の戦闘チャンス、逃がすわけにはいかないもんね!」
…猛省。
やっぱり、マルトはマルトだった。
0069 ただ、この時期、この地方なら、スティンガーやイノブタが主なモンスターで、出てもハーピーといったところか。
油断するわけでもないけど、まだ安心できる相手。
マルトの初戦の相手にはちょうど良い。
「よーし、いっくぞー!おー!」
周囲の目などお構い無しのマルトの傍で、私は顔が赤くなるのを感じながら、
小さく「おー」と言った。
0070 第13話
前進しながら体を丸めてスティンガーの針を避け、体を戻す勢いを乗せて、
下段に構えた両手剣をすくい上げるように振るう。
「てぇい!…っとと!」
体の捻りの分勢いのついた剣に引っ張られて、マルト体がそのまま流れる。
振られた剣は勢いこそ鋭いが、目測から大きく反れ、スティンガーは難なくマルトの間合いから逃れる。
0071 スティンガーとの間合いは5歩。
スティンガーは再度接近せずに、その場から針を射出。
「おわっ!」
マルトはあわてて回避。
だが、崩れた体勢での無理な動きが祟り、針こそ避けたが、その場に転倒。
「あいたた…!」
擦り剥いた膝に気をとられた隙に、スティンガーは一気に接近。
マルトの首筋めがけて、針を突き出す!
0072 その刹那。
私はマルトを襲うスティンガーに狙いを定め、氷の槍を放つ。
氷の槍は、暖かな空気に悲鳴を上げさせながら、まっすぐ、スティンガーの胸に突き刺さる。
「…!!」
突如突き刺さった氷の矢に、スティンガーはしばらくもがいていたが、
終には端末まで凍りつき、その動きを止めた。
0073 「マルト、大丈夫?」
私は、周囲に気を配りながらマルトに近づく。
「うん、怪我は平気、でも…」
そう言いながら、自分の両手剣を見つめる。
剣には、地面に当たった際についた土の痕跡はあるものの、
スティンガーを切りつけた後はまったくない。
「やっぱり、当たらないなぁ」
そうつぶやくと、マルトにしては珍しく小さくため息をつく。
0074 マルトはまだ戦闘経験が少ない。
だから、スティンガーに攻撃が当たらないとしても、無理もないのだ。
ある程度経験のあるトレジャーハンターの中にも、スティンガーを苦手とするものは少なくない。
「マルト…」
私は、マルトをなんと慰めようかと考えながら、声をかける。
0075 「よし!じゃあ、次はもうちょっとひじを引いてみよう!」
…いや、そうだった。
マルトはこんなことでは落ち込まない。
とても前向き、だから。
「うん!なんか次はイケル気がする!」
そういって振り返った顔には、既に一点の曇りも無かった。
0076 第14話
「ふぅん。あの男はダメダメじゃが、エルフの娘っ子はなかなかやるではないか」
少女は、拳についたスティンガーの体液を拭い取りながら、
先ほどまでマルトとリーシャが戦闘をしていた森の広場へと出てきた。
「これなら、目的の物を発見する前にうっかり全滅、ということはなさそうじゃの」
そう呟くと、少女は被っていたフードをはずす。
0077 丈夫な生地で出来たフードに押さえ込まれていた耳が、
風を感じながら、気持ちよさげに動く。
こんな人の居ない場所であれば、もう顔を隠す必要もない。
控えめに言っても可憐であるといえる少女は、一つ大きく伸びをすると、
再びマルト達の追跡を始めた。
0078 第15話
「今の見た!やったよ!」
さっきの戦闘から2時間ほど経っただろうか。
マルトは、失敗の理由を体で実感し、剣の腕をめきめき上げている。
私がアレだけ教えてあげても上達しなかったのに…。
喜びと虚しさが、なんともいえない混ざり方で私の心を染める。
0079 元々、マルトは野生のカンというか、気配のようなものを察知する能力に長けていたこともあり、
今では、スティンガーの動きにまったく惑わされなくなった。
「マルト、分かったからちょっと落ち着いて…」
マルトはよっぽど嬉しいのか、さっきから藪をつついてはスティンガーを探している。
…完全に、今の目的を忘れている。
0080 私はため息をつきながら、マルトとは違う理由で藪を覗き込む。
風羽草。
情報では、ここから少し離れた島で数日前に発見されているから、
風向きを考えれば、この周辺に来ている可能性が高いのだ。
「無いわね…ねえ、マルトも探して」
そう言いながら振り向くと、マルトは可笑しそうにこちらを見ている。
0081 「…なに?」
何が可笑しいのか分からず、自然と疑問が口から漏れる。
「だって、ほら」
マルトは、私の頭上を指差して、可笑しそうに笑う。
…まさか。
見上げたそこにあるのは、見紛う事なき風羽草。
まさに、灯台下暗し、といったところか。
真面目に探すことに集中していた私だけだったら、気が付かなかったかもしれない。
0082 本当に、マルトには敵わない。
マルトにつられて、自然と笑みがこぼれてくる。
「お、リーシャが笑った!」
…そんなに意外だろうか。
「リーシャは笑顔も美人なんだから、もっと笑えばいいのに」
…そんなことを言われると、笑えなくなってしまうじゃないか。
私は照れ隠しに咳払いを一つして、風羽草に手を伸ばす。
0083 「…!リーシャ!」
突然のマルトの声に、反射的に振り向く。
そんな私の横を、一つの影がすり抜ける。
鋭い目線、しなやかな体、そして、耳と尻尾。
「風羽草、もらったー!」
どこからか突如現れたキャットリングの少女は、今まさに私が取ろうとしていた風羽草を摘み取っていた。
0084 第16話
私は、咄嗟に目の前を通り過ぎる彼女の一部を、掴んだ。
「み゜っ!」
手に強い衝撃を感じ、彼女はその場で立ち止まる。
「みぎゃぁぁぁあぁぁあぁ!」
空の果てまで届きそうな叫び声をあげてから、
その少女は、尻尾の付け根を抑えて倒れ付した。
「なっ、なっ、なっ、なんて事をするんじゃ!」
少女は涙目でこちらを睨んでいる。
一瞬申し訳ないことをしたと思ったが、冷静に考えたら悪いのはこの少女じゃないか。
0085 「乙女の尻尾をなんじゃと思っておるのだ!勝手に掴むことすらはばかられると言うのに
ましては全力で引っ張るとか!こんな衝撃、あちき、初体験じゃぞ!」
よっぽど痛かったのか、少女はまだ立ち上がれずに居る。
マルトも慌てて少女の傍まで駆けてきたが、流石に気圧されている。
まあ、とりあえず、風羽草を確保しよう。
私は再び風羽草に手を伸ばす。
0086 今の騒動で痛んでいなければいいが。
そう心配しながら風羽草を手に取り、確認する。
うん、これなら合格基準内だろう。
「ちょっ、ちょっと待てい!」
やっと痛みが和らいできたのか、少女はフラフラと立ち上がる。
「その草の所有権を先に主張したのはあちきじゃ!」
笑う膝に渇を入れながら、少女は風羽草を指差す。
「だから!それはあちきのじゃ!」
0087 なんだか、目端に涙を浮かべながら必死に主張されると、
こちらが悪いことをしているような気がしてくる…。
いやいや、さっきも同じことを考えたじゃないか。
「ああいうのは、所有権を主張する、ではなく、強奪するというのですよ、キャットリングのお嬢さん」
私は出来る限り冷静に、そして、できる限り怒った目でキャットリングの少女を見る。
少女は、一瞬、ビクッっとしたが、それでも一歩も引かずに主張を続ける。
0088 「強奪だというならば、奪われるほうが悪いんじゃ!お祖母様もそう言っておるのじゃ!」
なにやら必死なところを見ると、少女も何か、譲れない理由があるのかも知れない。
だが、それは私も一緒だ。マルトの為に、マルトの夢を叶える為に、この草は渡せない!
…そういえばマルトはどこに行ったんだろう。
まあ、きっとマルトのことだから、その辺にいる。
今はとにかく、この少女だ。
0089 「あなたの家訓がそうであっても、この草は渡せないわ」
「本当にエルフって種族はけちじゃの!お主らは、風羽草探す当てがあるんじゃろ?
一輪くらいゆずってくれても良いではないか!」
「当てはあっても、確実ではないの。
それに、トレジャーハンターになりたいのは、あなただけじゃない!」
「あきちはトレジャーハンターになりたいんじゃない、ならねばならんのじゃ!
お主ら如きの覚悟と一緒にするでない!」
0090 …空気が雰囲気によって音を立てるのであれば、
今、間違いなく、「ごごごごごご…」とか、音が鳴っているだろう。
お互いに主義主張で引かない事が解り、今度はにらみ合いに突入してしまった。
「むー…」
「ぐぬぬぬ…」
まさに一触即発といった感じだ。
だが、実際に戦闘となると、この間合い、お互いの得物を考えると、私のほうが遥かに不利だ。
0091 少女の両拳には、可憐な見かけに反した、鋭い光を放つナックルがついている。あの拳は、私が魔法を放つより速く、私を捉えるだろう。
2人の間合いがほんの数ミリずつ、じりじりと変わる。
私は一番早く発動させられる魔法を脳裏に描く。
風が2人の間を流れ、枝がさざめく。
ひらりと一枚の葉が風に舞い、少女の視界を僅かに奪った刹那!
私と少女は、同時に動く!
0092 「2人とも、なにしてるの?」
同時に動き始めた私達は、マルトの平穏な声に緊張の糸を切られ、仲良くその場に転倒した。
「マッ、マルト!今出ては危な…」
「なんじゃおぬし!邪魔をするでな…」
「向こうの木の上に、ほら、こんなに風羽草がくっついてたよ」
私と少女はお互いにマルトを下がらせようとして、その手の内に何輪もある風羽草にあっけを取られた。
0093 第17話
夕暮れ時の風は涼しく、私はショールを羽織りながら、風羽草で遊ぶマルトを眺める。
ファンウィール群島からの帰りの船の乗客は3人。
私と、マルトと、あのキャットリングの少女だ。
結局あの後、風羽草はtuうがなく分け合うこととなった。
マルトが見つけてきた風羽草は全部で12輪。
その内の2輪をあの少女に渡した。
0094 無条件で渡されることになった少女は、しばらく不審なものを見るような目でこちらを見ていたが、
人の良いマルトが、困っている人を相手に条件などつけるはず無く、
それどこをか、せっかくだから一緒に帰ろうなどと言いだし、
今、あの少女は、マルトと一緒に、風羽草を投げて遊んでいる。
…別に、うらやましくは無い。
0095 少女は、クオンというらしい。
本来ならフィードアクスの試験を受ける予定だったらしく、
戦闘は得意だけど、今回のような探索は不慣れで困っていたらしい。
ずっと尾行されていたことは少し腹も立つが、
それは詰まり、膝枕されていたことも見られていたわけで、私はその話を蒸し返すのはやめた。
0096 「どーじゃ、マルト!あちきの方が長く飛ばせたぞい!」
「あははっ!また負けた!クオン、上手いなぁ」
「そうじゃろ?そうじゃろ!マルト、お主、よく解っておるのう」
…あの2人、気が合いそうだ。
私は、深いため息をついた。
意味は、考えないことにする。
何はともあれ、私達は風羽草を手に入れて、意気揚々…?にスワロウネストへ戻っていった。
0097 第18話
「ふむ、確かに風羽草だな。状態も悪くない」
小さいメガネを掛け、几帳面に風羽草を確認していたエルフの試験官は、満足そうにそう言った。
「よろしい、合格だ。これで君達はトレジャーハンターとして、ギルドに登録されることとなる。」
ついにトレジャーハンターになってしまった。
私は、嬉しさ半分、残念さ半分で「ありがとう御座います」と完結に謝礼を言った。
後ろでマルトとクオンが飛び跳ねて喜んでいるころは、言うまでも無い。
0098 「これで君達は、ギルドが管理する遺跡の調査を行うことが出来るようになった」
そういいながら、試験官は3つ、ギルドの紋章が刻まれた小石ほどの円盤のついた飾り紐を取り出した。
「これが、君達がギルドに所属するものだと証明してくれるだろう。肌身離さず持ち歩きなさい」
そう言うと、大広間に置かれた時計を見て、試験官はため息をつく。
「しかし、今回の合格者は君達を含めても10人に満たないようだな」
0099 確かに、出発前には人であふれていた大広間は、
今は私達を試験官、数人の合格者と警備員だけしかおらず、閑散としたものだ。
「試験が難しすぎたのじゃ」
クオンが不満そうな顔で続ける。
「トレジャーハンターは常に危険と隣り合わせなんじゃろ?
だったら、何かモンスターでもちゃっちゃと倒す試験にすべきだったのじゃ」
0100 クオンの立場をわきまえない発言に、私は内心冷や汗をかきながら、取り繕うべき言葉を捜した。
クオンは、もしかすると、名家のお嬢様とかなのかもしれない。
「あ、あの…」
私が困っているのを気取ってか、試験官は苦笑いを浮かべ、クオンに返す。
「確かに君の言うような試験を行う選択肢もある、だがね」
試験官はクオンの目を見つめながら、言い聞かせるようにゆっくりと話す。
0101 「トレジャーハンターの本分は、モンスターを倒すことではないのだよ。
無論、降りかかる火の粉を払えるほどの実力は必要だ、だが、
トレジャーハンターに真に求められていることは、遺跡に眠る過去の遺物を探し出し、
それらを分析、調査し、全ての人々にその恩恵を与えることなのだと、
我々、アルナエスタギルドは考えている」
0102 嫌味じみた自分の発言に、まさか丁寧に答えてもらえるとはおもっていなかったのだろう。
クオンは返す言葉を見つけられず、何故か私に助けを求めるような視線を投げてきた。
…マルトといい、何故こういう時だけ私に助けを求めるのか。
「おっしゃる通りだと思います、ええと…」
私は、ここへ来て試験官の名前を知らないことに思い至る。
試験官もそれを察して「ああ、クンナルという」と簡潔に名乗る。
0103 「まあ、強いモンスターの撃退も重要であることは否定できんよ。」
いつの間にか、私達の会話を他の合格者や警備員も聞き入っている。
「だが、それは、英雄的ではあるが本質ではない。
モンスターの討伐は、本来各国の軍隊が行うべきことだ。
国民の生命に、危機が及んでいるのだからね。
もちろん、協力要請があれば、ギルドとして戦力を惜しむつもりも無い」
0104 「だが、軍隊で遺跡の調査を行うのは、非効率的だ。
彼らは戦闘の訓練を受けてはいるが、遺跡を調査する訓練など受けてはいないからな。
重装歩兵の軍隊で貴重な遺跡を踏み荒らされてはかなわん。
だからこそ、我々トレジャーハンターギルドに存在意義があるというものだ
解るかね、クオン君」
0105 クンナル氏の話は、その場にいた試験合格者のトレジャーハンター魂をくるぐる何かがあったのだろう。
後ろを見れば、マルトを筆頭に、合格者全員が目をきらきらさせている。
当のクオンは、なにやら冷や汗をかきながら、目を輝かせてしきりに頷いている。
…きっと、何を言っているかは解らないけど、なんか凄い…とか思っているのだろう。
0106 「さて、思わぬ講義になってしまったな。
既に試験終了の時間を回っている。今日はこれで解散としようじゃないか」
そういってクンナル氏は広間のドアへ向かっていく。
「諸君らの健闘を祈るよ、風の女神の加護があらんことを!」
クンナル氏は、祈りの言葉を残して、会場から去っていった。
0107 第19話
「うむうむ、何から何まですまんの、リーシャ」
綺麗さっぱり空になった食器の山を前に、クオンは満足そうにそう言った。
トレジャーハンター登録試験に合格した私達は、ウィンフォード島へと戻ってきた。
他の合格者は、家賃を持持合でアルナエスタ島に本拠地を持ったようだが、
私達は当初の予定通り、ウィンフォード島を本拠地にすることにしたのだ。
0108 依頼を受けるためにアルナエスタ島まで出向く手間はあるが、
故郷の島という心の安寧には変えられない。
「ところでリーシャ、あちきは野菜も好きじゃが、魚はもっと好きじゃ。
明日の夕食はあちきが美味い魚料理を教えてやるから、魚にするのじゃ」
…心の安寧は、残念ながらちょっぴり損なわれてしまった。
0109 何かおかしいとは思っていたが、クオンはさも当然のように私達と一緒に試験会場を出て、
さも当然のようにウィンフォード島まで着いてきて、さも当然のようにマルトの家に転がり込もうとした。
クオン曰く、「なんじゃ、もう仲間のようなものではないか、細かいことは気にしないほうが長生きできるぞよ」
0110 もちろん、マルトの家に泊まる事には反対した。
マルトは別に構わないといったが、それでも反対した。
決して感情的な理由ではなく、倫理的な理由で、だ。だが、クオンは不思議そうな顔で、
「じゃが、あちき、もう宿代も残っとらんぞ?」
と言いだした。…その後は驚くほどのとんとん拍子で、クオンが私の家に下宿することが決まった。
0111 「ふぅ…」
重い、とても重いため息が出る。
既にこの飛び込み同居人は、私のマナ研究用の装置のいくつかを破壊し、
勝手に薬品に触って軽い爆発を起こしている。
「なんじゃ、リーシャ?
お主、疲れておるのか?」
つい一日前に戦闘一歩手前まで行った相手に、我が身を心配されることになるとは…。
0112 「どれ、あちきが肩を揉んでしんぜよう」
クオンはそういうと、食器を片付けていた私を無理矢理椅子に座らせ、満面の笑みで肩を揉み始めた。
「どうじゃ、なかなかのもんじゃろ?」
そういうクオンのマッサージは、確かに心地よかった。
「フィードアクスにいた頃は、よく婆様の肩を揉んでおったからの、慣れたもんじゃ」
…婆様の肩と一緒にされることに、多少の引っかかりは感じたが、気にしないことにする。
0113 「クオン、フィードアクス島にご家族がいるなら、戻ったほうが良いのではないの?」
追い払おうという気持ちからではなく、純粋に疑問として聞く。
そもそも、フィードアクスで試験を受けようとしていたわけだし、
合格した今、フィードアクスに戻るのが自然な気がする。だが、私の問いかけに、クオンは大笑いしながら答えた。
0114 「ダメじゃ、ダメじゃ!今帰ったら、婆様に半殺し…いや、半分よりもうちょっと多いくらい、
きついお仕置きをされてしまうわい。
なんせ、登録試験を受けることすら認められておらんかったからの!」
なんだか、笑い話ではすまないようなことを言われたような気がする。
「それなら、なおのこと早く戻って、お詫びと合格の報告をしたほうがいいんじゃないの?」
0115 「うーむ、それもそうじゃが…」
肩を揉む手を止めて、一考。
「いや、婆様のことじゃ、きちんとトレジャーハンターとしての実績を作れば、
一発殴って、後は笑って許してくれるじゃろ、うん」
クオンの中で納得がいったのか、先ほどよりもリズミカルに肩を揉む。
だけど、つまりは「実績」が出来るまでうちに居候する、と言われた様なものだ。
0116 「ほれ、終わったぞい。肩、軽くなったじゃろ?」
そう言うと、クオンは嬉しそうに尻尾を振りながら満面の笑みを浮かべる。
きっと、この子は良い子なのだ。
ただ暴走しがちなだけで。その点、マルトに似ているのかもしれない。
「ええ、凄く楽になったわ。ありがとう、クオン」
私は肩の軽さを感じながら、いつの間にか、クオンが居候することを受け入れていた。
0117 第20話
向かい合うマルトとクオンの間はおよそ2歩半。
木製の両手剣を持つマルトはあと1歩でクオンを間合いに捕らえ、
逆にクオンは2歩近づかなければマルトを間合いに捕らえられない。
単純に得物の差だけで見れば、マルトのほうが幾分か有利だが、
マルトの剣技は荒削りな自己流、一方のクオンは、お婆様に仕込まれたという格闘術を使いこなす。
ともすれば、まだまだクオンに分があるのかもしれない。
0118 「ふっ!」
短く息を吐きながら、マルトが低い姿勢で間合いをつめながら右切り上げを放つ。
先日スティンガーとの戦いで会得した、速く、正確な剣筋。
だが、クオンは体を少し沈め、左手で迫る剣の腹を真上へ強打。
元々の勢いもあり、跳ね上げられた剣に引っ張られるようにマルトはつんのめり、クオンに全身を晒す。
「甘すぎじゃ!」
そういうとクオンは、隙だらけになったマルトの水月に軽くパンチを放った。
0119 しばらくお腹を押さえて声にならない唸りを上げていたマルトは、
さっきまで苦しんでいたのが嘘のように晴れやかな顔で、クオンの両手を掴んでブンブン振り回している。
「凄いやクオン!切りかかる剣を殴るなんて、俺、始めてみたよ!」
「そ、そうかの。あれでも婆様に言わせればまだまだらしいがの」
言われたクオンもまんざらではないのか、少し照れているようだ。
0120 トレジャーハンターとして活動する上で、一番不安だったのはマルトの腕前だった。
私自身は魔導器の扱いに慣れているし、遠距離から魔法で戦えるので多少のモンスターなら問題ない。
だが、マルトは誰かの指導を受けたわけでもなく、私が書物で読み知った知識で練習をしただけだ。
もしかすると、いつか、酷い怪我を負うかもしれない。
そんな不安が、ずっと私の脳裏にあった。
0121 「よーし!じゃあ、もう一回行くよ!」
「うむ、その意気じゃ!」
だが、クオンが来たことで、マルトも実戦的な練習が出来るようになった。
もちろん、モンスターの特殊な攻撃は、実際に戦ってみないとなんともいえないが。
「じゃから、甘いと言っておろうに…」
さっきと同じ攻撃をして、同じ反撃を受けたマルトを見ていると、練習相手がいるということの大切さを痛感する。
0122 「2人とも、程々にね。お昼になったらお弁当を持ってくるから」
「「はーい」」
…なんだか、お母さんをしている気分だ。
朝から汗を流す2人を草原に残し、私はマナ研究に戻る。
それが、2人の練習と同じように、私の戦闘の役に立つから。
マルトの、役に立つこと、だから。
私とマルトの場所だったはずの草原に、クオンとマルトを残し、私は家に戻った。
0123 「ちょっと!ちょっと待って!!」
ガイアの街に少女の声が響く。
「ねえ、ルシフェル!ちょっと待ってよ!」
少女は人ごみを掻き分けながら、10メートルほど先に見つけた赤毛の少年に声をかける。
ルシフェルと呼ばれた少年は、さも迷惑そうな顔をすると、人ごみを避けたところで少女を待った。
「何のようだ、レヴィア」
ルシフェルは、目の前で息をつく少女、レヴィアにやはり迷惑そうに声をかける。
0124 「まったく、あんた歩くの速すぎよ!バベルの塔の前で見かけたのに、追いつくのにこんなにかかっちゃったよ」
「それは悪かったな」
まったく悪びれた様子も無く詫びるルシフェルをジト目で見つつ、頬を膨らませたレヴィアは意地悪に言う。
「そんなこと言っていいいのかなぁ?シャイターンからの伝言を預かってきたのに…」
「だったら、さっさと言え」
少女の言葉に、今度はルシフェルがジト目になりながら答える。
0125 「千の予言書、新たな予言が記されたから、至急集まれって…って、ちょっと待ってよ!」
レヴィアの言葉を聞くや否や、ルシフェルは天高くそびえるバベルの塔へ走る。
「魔族最強の戦士」の名を継ぐ偉大な剣士であり、剣の師であるシャイターンの呼び出し。
そして、千の予言書の新たな予言。
ルシフェルは、背後からレヴィアの非難の声を聞きながら、にやりと笑みを浮かべた。

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最終更新:2012年12月09日 21:07