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生徒会SS2


累積点数 点


SS


【無題】


=======================


「キムチでもいい……?」

喧騒たる戦場に響く言葉。
弾けるは大宇宙の意思。
飛び散るは鮮血。

そして男は、ある決意をする。


御厨くんは、操心術士の一族、御厨一族の青年であった。
その長けた弁舌で、優秀な人材を迎え入れ、一族を繁栄させる。
それが彼の使命であった。
いつしかそれは、彼にとってかけがえの無いものとなった。
彼は――家族が欲しかった――


D3.
怯え、泣き、憔悴しきった少女達の姿がある。
無理も無い。
彼女達は皆、年端もいかない少女なのだ。


御厨くんはゆっくりと辺りを見回すと。
冷たく重い鉄の扉が、ゆっくりと開かれる。

「僕の欲しいものは――――もう手に入っているから―――」

微かに。

微かに――はっきりとは見えなかったが――確かに

「――家族のためだから――」

彼は笑ったんだ。


=======================


やだ…御厨くんカッコイイ… キュンと来ました。


【 白河 Zweiの人間体験その2 ~アンバランス・テンバランス~】


白河はじめに背後から襲いかかり腕を取ったのは2名。
黒髪ストレートを揺らしながら白河の左手に取りついた少女の名は神足跳瑠(こうたりわたる)。
ランニングの帰りなのか薄らとシャツが汗に濡れており、そこを通して
陸上の選手らしい引きしまった身体が伺える。その胸は平坦でった。

「ういーす、はじめちゃん。おはようさん。今日で飼育部一週間目だね!どうよ」
返答はない。
沈黙で有る。思わず目を瞬かせる跳瑠。対象に黒い暗雲がたっているようにもみえる。
「…ホントどうかしたのかしらね。ため息がこっちまで聞こえてきたわ。」
これは少し跳瑠に遅れてぐいっと右腕を引きよせた夢見崎ロルラの声、
そして腕に当たるその胸の感触は確かに平坦であった。

図らずも両手に花という形となった白河だが、なんと答えていいのか困った様子だ。
その様子にお互い顔を見合わせる跳瑠とロルラ。
ロルラが少し眉をひそめて言う。
「これはちょっと情報交換必要そうね。女子高生同士による相互情報循環交換!」
「なにその表現…まあでもロルラと同意見というか。そもそもなんでハジメ、飼育部
になんて入ったんだ?飼育委員会とかぶってるせいか、ほとんど潰れてるやん、あそこ」


†††

3人は道を外れ、近くの芝生にハンカチをひくと4人全員で座りこむ。
白河は縮こまって両手の人差し指をもじもじと合わせると今回の経緯の説明を始めた。

(動作が古典的スグルだろ…)
(コレはくるわね…)
両者の感想はさておき、本題である。
「今回の話はどちらかというと、その委員会絡みでして…。
前からなんですが、原因不明の不調を理由に飼育委員のひとが立て続けに委員会を
止めちゃっう事例が発生してたんですよ。それで…
人手不足を理由に、天和部長が、風紀委員会に人員『調達』の襲撃にきたんです。」
「あー」
「あー」
天和部長という言葉に反応し異口同音に同じ声を発する。
「天和部長の”鳴き”が入ったってこと?」
「…そいや先輩、飼育委員か。じゃうちらレベルじゃどうしようもないじゃんソレ」
二人のその声には多分にそれならしゃーねや諦めろというニュアンスが混じっていた。
白河が真面目な顔で頷く。

天和 七対子(あまわ なつこ)。風を切って歩く麻雀部部長。
現在の妃芽薗学園で学園『最強』と目される人物の一人だ。
2年以下の生徒から見ると三号生筆頭といっていい存在である。その能力は論理能力らしく
ほとんどの人間が認識できていない。いつも後に残るのは単に彼女が麻雀勝負に何かを
賭けて勝ったという『現実』だけなのだ。

無敗。故に最強。

今回でいえば風紀委員会に人員を借りるための麻雀勝負を仕掛け勝ったということ
なのだが、発端は少しばかり特殊でもあった。

「目的は?」
「…えーと」
口ごもる白河。コレは彼女らにはちょっといえないことであった。ククク。まあ私は
判っていますがね。白河さん(注1
「とりあえず斗羅さんに付いて仕事とコミニケーションとるように言われてます。
貴方達二人一緒にいればバランスとれるからって」

斗羅という名前を聞いて再び顔を見合す跳瑠にロルラ。
「天和部長から肝入りって時点で選択肢はないとはいえ、はじめちゃんには
ハードな相手だわね。」
「それで毎回なんだかんだいって全部上手くいくのが先輩の凄いところでもあるけど。
流れを読む力半端ないというか。たぶん目的は飼育小屋周辺で起こってる怪奇現象。
新七不思議絡み…ってことかしら。」
ロルラのほうは何某か合点がいったようで独り頷く。
「しかし、バランスねー。」
跳瑠のほうは全然、納得がいかないらしく正面からじろじろと白河の制服姿―
芝生に座っているボブカットの女子高生姿を上から下にと無遠慮に眺める。

「はじめちゃん、よくミス・アベレージ(平均点娘)とか言われてるけど、
押しが弱いせいで目立たないだけで、実際は運動神経悪くないし、普通に
そこそこテストの成績いいし、普通に気立ていいし…、そこそこ家事もできる
何気に。まあ一点、納得がいかないことがあるとすれば

フーンク!!」

突如いきり立ち、仁王立ちになり指を白河に付きだす跳瑠。
その剣幕に思わずビクッとなる白河(弱気)。
「娘!何故、貴様、胸だけ平均値を遥かに上回っている!!
なぜそこは平凡そこそこくらいに慎まない!半分くらいよこせよこせ」

そうクローンである白河の胸はオリジナルと同じく豊満であった。
奇声を発し息が乱れた跳瑠にロルラが手持ちの水筒からお茶を継ぎ、はいと差し出す。
ごくり。
「美味い。」
「そうよね、ハジメさん、色々やってるようだけど、特定の恋愛や交友に花咲かす
わけでも一つのスポーツ勉学に打ち込むわけでもなく、なんかいつもこうふらーと
いってふわーと元の定位置に戻ってきてしまうのよね。まるでヤジロベイみたいに。
――で何時くらいからなの?」
相槌を打ちつつ、突如の急降下、彼女はいきなり話しの核心をついてきた。
夢見崎はある種、その道のプロである。白河は諦めて正直に答えることにした。

「半年ほど前からです。」
そう、あれは雨降る日のことでござんした。ちょっとチョロイン入ってましたわね。
メーター高めです。

「こればっかりは何か切っ掛けを待つしかないわね。念のため意志子も見てあげてて
でも余計なことしちゃ駄目よ。」
「はい。」
はいな。でも残念、私、パッシブなもので自動発動なのよね。
「???…ん、何の話」
「なんでもないわ。あ、ワタル。バナナ食べる?」
「フーンク!」

†††

2人は白河はじめと分かれるとそのまま来た道を歩き出す。

「運動の後のバナナ、ウメー」
「いやさ、アンタ、人からモノ貰っといてウメーじゃないでしょ。」

礼はという問いに薄い胸を踏ん反り返していばる跳瑠。
「私の辞書にギブ&テイクはないのよ。ただ貢がせるのみ。それが我が覇道よ」

友人の台詞に呆れたような声を上げるロルラ。
「そこだけはお互い相容れないわよね。交換こそが最高の友情のかたちなのに。
まあワタルに関してはその主義を尊重して言葉のキャッチボールだけで
満足してあげるわ。」
「フーンク!」
「ボケとツッコミの相互循環交換イイ!ってこれだとWボケよねー」
キャイキャイと騒ぐ二人。

「あ、そうそう新七不思議といえば、願えば巨乳にしてくれるって女神像の
噂って聞いたことある?なんでもこれはギブは要求されないらしいよ。」
「うむ、それは当たる価値ありですか。いっちょ、いってみますか。」
「じゃ、放課後再合流ね。」

ラジャー。そういって彼女たちは手を振り、それぞれの自室に向かう
それはいつもと変わらない何気ない日常、そんな日がいつまでも続くと信じていた。

そう、その日、旧校舎に潜む死神と彼女たちが、出会う、その瞬間まで。



         (「アンバランス・テンバランス」了 その3へつづく)


注1:『大宇宙意志子』の発言。
  ナレーションは『大宇宙意志子』でお送りしております。



【流血少女3 前半戦終了SS】



「まどかちゃん……キスしてもいい……?」

「どうしよう……だってすごく良い雰囲気だったから……!」(ドキドキ
「色々妄想がふくらんじゃって……つい……ポロッと……!」(あぁぁ~
「どうしよう 絶対変な子だって思われた……」(ドキドキ

「突然……キス……だなんて 絶対ヒかれた……」(チラッチラッ

「まどかちゃん なんで さっきから何もしゃべんないんだろ……」(ドキドキ



「……………ハッ!?」(ビクン

(……………)

「おお……イカン 俺、今消えてたのか。 すまん俺、パッシブで死亡非解除だから」

(……………)(クッ……


――その時、大宇宙の意思が弾け――
――辺りは一面のブラックホールに包まれた――



鮫氷しゃち「…………」

「まさかあんなこと言うなんて……」
「『キムチでもいい?』なんて……もっと真剣な話をしてるかと思ったのに……どんな会話してたんだろ……」

~~~~後半戦へ続く~~~~

ダンダンダン! To Be Continued……!



【○ Postlude】

「……そして誰もいなくなった」
「そして誰もいなくなった――っスね」

本を手に、少女と大人の中間を漂う年頃の人物が囁いた。
本から目を離さず、同じ年頃のもう一方の人物も呟いた。
言祝が帰らなくなり、だいぶ時間の経ったある日のこと。

「遭難、死亡はもう確定だろうね。『lost』する前に救助隊を組もうか」
「私は焚きつけた立場っスから、行かないわけにもいかないっスね」
「……愛読家を失うのはもったいないから……私も」
「荒事担当も欲しいっスね。あの子、前の遭難じゃゾンビになって――」
「マッコォォォイ!マッコォォォイ!」
「うるさい」
「あ、それじゃあ僕が行こうかな?可愛い後輩達の為だしね」
「では私も行こう」
「先輩は二次遭難するのでやめてください」

小声のやり取りを皮切りに、その場が騒々しさに包まれる。
言祝の家の、言祝の部屋に集まり、語りあうその面々。
希望崎学園迷宮探索同好会のOB・OG達であった。

それは『流血少女』の仇名を持つ妃芽薗学園・ハルマゲドンが明けた日。
いつまでも帰らぬ迷宮探索同好会の後輩を案じた者達の集い。
これは、言祝の冒険譚によって生まれた、もう一つの冒険譚の始まり。

「……一人くらい無事かしら」
「無理だろうね。あの子達で駄目だったのなら、そこそこの危険地帯だ」
「『最低でもそこそこの危険地帯』っスね」

世間に広まる噂話の真相を知りに出かけ、帰らぬ人となった言祝。
呪いの戦場へと駆りだされ、惨劇の末に命を落とした言祝。
時はすでに妃芽薗学園の旧校舎跡にて、言祝の冒険譚が完結した頃合。

古い仲間を失い、新しい仲間を失い、己の命を失い、勝利を失った。
後の冒険史に綴られることもない、ごく平凡な冒険者の死であった。
それが、言祝の冒険の末路であった。

それは、無意味な死。
それは、無様な冒険譚。
それが、無情で無慈悲な冒険の現実。

「離脱能力も籠城能力も継戦能力もOK!」
「……妃芽薗でしょ?高二力フィールドの対策も必要ね」
「物もしっかり背負ったっスよ」
「待ってろよぉ後輩ども――うん、まあ、死体でも」

そして、それを、この場に居る者達はおよそ想像により理解していた。
それでも、冒険者達は迷うことなく、後輩の救助隊を組んだのであった。
それが、冒険者達の、後輩達への、想いだから。

「――よし、それじゃ出発だ!」

全ての準備が整い、出発の時。
重装備に身を固めた救助隊メンバーが、並び立った。
冒険者達の前には、一人の女性。

「――ありがとう。私は今、ここを離れられないから」
「アイツ絡みで間が悪いなんていつものことじゃないですか」
「……あの子、運の悪さは折り紙つきだから」
「まあ待っててくださいっス。私達がちゃんと連れ帰ってくるっスから」

言祝が『英雄』と慕う女性に見送られ、救助隊は出発した。
留守番役になった他の同好会面子も、出発する者達へ発破をかける。
新たな冒険譚の始まりは、それは賑やかなものであった。



――――人生の価値は、その人物の葬式に集まる人の数でわかる。
そんな言葉がある。

言祝は迷宮を探索する冒険者として死んだ。
その死出の旅路の餞に、こうして多くの人が集まった。

言祝は生前、自分は運が良いと、よく口にしていた。
その言葉に反して、言祝の生きる道は不運の星の下に伸びていた。

だが、こうして集った冒険者仲間達を見て、その道を振り返ると――――

「それじゃ『可愛い後輩救出作戦』――開始ッ!」
「ラジャー」
「……おー」

成程、もしかしたら、言祝は運が良かったのかも――――知れない。



ダンゲロス流血少女Ⅲ -Wail of Valkyrie- Side 言祝……The End.




―――――――

―――――

―――







深く、青く、澄み渡った夏空に、大きな入道雲がムクムクと白く光る。
溌剌とした空模様とは対照的な、騒乱の続く、妃芽薗学園旧校舎跡敷地内。
その片隅で、風変わりな仮面を着けた亡霊が、一人、雲を見上げていた。

いくつかの雲が重なり、纏まり、一つの大きな雲になる。
そんな雲の流れを、仮面の下、生者の臭いのない目で追う。
しばらくそうしていた後、亡霊はぽつりと、呟いた。

「寂しいな――早く誰か、来ないかな」



<了>


何故斧を求める人がいる……。


【二十七を為す果肉色の紋章の会より愛を込めて】


 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「右方、突破しました!」
「良し! そのまま進撃!」

 少女は声を張り上げる。
 今こそ雪辱のとき。初めて“彼女”に勝利できるかもしれない――!

「っ!? 敵、伏兵ッ!」
「なんだと!?」

 が、少女のそんな甘い願いは容易く砕かれた。
 まるで予期していたかの如く現れた敵の伏兵が少女の指揮を、仲間たちを
 制圧してゆく。間もなく、演習終了の笛の音が鳴った。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



       二十七を為す果肉色の紋章の会より愛を込めて



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



(――またアイツに負けた! くそっ!)

 演習終了後、シャワールームにはそこかしこより水音が響いている。
 スズハラ機関「二十七を為す果肉色の紋章の会」に籍を置く彼女は、
 将来世界を股にかけ暗躍する黒幕を目指し日夜訓練に励んでいた。

(今日こそ勝てると思ったのに……アイツ、不暮真知子に……!!)

 「どこにでもいそうな平凡な少女」――不暮をそう評するものは多い。
 そんな彼女が、主席指揮官。
 事実、少女もこれまで演習で不暮に勝ったことはない。

(あんなやつ、ただちょっとばかし策を弄すのが巧いだけじゃない……!)

 平凡なる不暮の、「不測の事態を予測し次善の策を立てる」能力。
 実際これは指揮官として重要な能力には違いなかろうが、それだけで、
 主席指揮官の地位を不動のものとしている。
 それが少女には悔しくて仕方ない。

(同期のみんなやツナミ先輩は「ただの人間とは思えない演算能力だ」とか
 褒めるけど、私はそうは思わない。あれは、アイツの魔人能力だ)

 「二十七を為す果肉色の紋章の会」の中にも、彼女の才能をそのように
 分析する研究者は少なくない。
 あくまで本人は「やれることをやっているだけ」と否定するが――。

(もし。もしあれが魔人能力じゃないのなら……それじゃあ、私は……)

 ギリリ、と少女は歯噛みする。
 やがて少女はようやく降り注ぐシャワーを止める。
 髪を拭きながら出口へ歩いていると、ちょうど真横の扉が開き、

「――あっ。さっきはお疲れ様です」
(不暮、真知子――!)

 今相対しても、やはり歴戦の名指揮官たちから感じるようなオーラは
 感じない。
 それなのに、どうしても勝てない。

(こんなやつ、ただ運に恵まれてるだけの――)

 視線が吸い寄せられるは、タオル越しにも分かる、その豊かな双丘。

(――ただムネの脂肪に恵まれてるだけの、凡人よ!)

 少女は不暮を横をすり抜け、ぺったぺったとシャワールームを後にした。
 なお上記の擬音は足音を表したものであり他意はなにもない。



 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「あっ」

 明くる日、少女は司令室に入ってゆく不暮真知子の姿を見た。
 司令室。自分も呼びつけられたことのない、その場所に、ライバルが。
 怪しまれるかもしれない。そう思いながらも少女は、壁に張り付き
 聞き耳を立てる自分を抑えられなかった。

『――妃芽薗学園、ですか』
『ああ』

 話は次のようなものだった。
 最近、妃芽薗学園に不穏な空気が蔓延しているという。
 そこへ潜入し原因を探れ、という任務に、不暮が抜擢されたのだ。

『頼まれてくれるな』
『……分かりました』

 不暮は了承し、話は終わった。
 近づく足音から少女は隠れ、退室した不暮の後を慌てて追う。

「ま、待ちなさいよ!」

 急に後ろから声をかけられ、不暮は驚いた様子であった。
 少女は構わず捲くし立てる。

「あ、アンタ、妃芽薗に潜入するんですってね」
「……うん」

 何故知っているのか、疑問符は浮かんだが、不暮は敢えて訊かなかった。

「うん、って……暢気なものね! 分かってんの!? あそこのスポンサー、
 十束学園て、黒い噂の絶えないところよ! ――危険なのよ!?」
「……もしかして、心配してくれてるの?」

 図星を突かれ、少女の頬が、かあっと熱くなった。

「違うわよ! バカ! もう知らない!!」

 少女は叫び、そのまま、逃げるように走り去った。



 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



 スズハラ機関の数多所有するダミービル。
 そのうちのひとつの、地下駐車場へと至るエレベータ。
 それが、この第六演習施設――通称『朝を待つ鵲の産声にも似た荒涼』に
 唯一設けられた外部への出口であった。

「…………」

 不暮真知子は、一度振り返った。
 この施設を出るのは初めてのことだ。そして、もう戻らないかもしれない。
 最後に、あの少女と仲直りしたかった――

「わっ!?」

 物思いに耽っていた不暮の胸に紙束が投げつけられた。
 胸でバウンドするそれを慌てて押さえ、そちらへ視線を向ける。

「あなた……」
「――餞別よ!」

 少女は走ってきたのか、顔を赤く染め、息を荒げている。
 呼吸を整える間も惜しむように口を開く。

「――それ、四年前の潜入任務で、後見塚先輩が持ち帰ったデータだから!
 校舎、移転したみたいだから役に立たないかもしれないだけど……。
 ……いいこと!? 絶対、生きて帰ってきなさい!
 あんたを倒すのは私なんだから! 勝手に死ぬなんて、許さないから!」

 言いたいことだけ伝え終えると、少女は不暮の言葉も待たず、踵を返して
 立ち去った。

「……ありがとう」

 不暮はその背中に向けぽつりと呟き、印刷したてなのだろう、温もりを
 帯びた紙束を、ぎゅっと抱きしめた。


 ☆ 二十七を為す果肉色の紋章の会より愛を込めて おしまい ☆



【死者の盆踊り】




「私ばかりおめおめと生き延びてしまった……」
「誰も貴女を恨んでいないから。生き延びたのは幸運だったと思って」

二回に分けて行われるハルマゲドンの前半戦が明けた夜。
十三人の少女が戦場へ向かい、帰ってきたのは三人のみ。
敗北――――生徒会にとって、それが前半戦で得た結果であった。

前半戦の面子を率い、リーダーとして立った天奈瑞(てんな みず)。
リーダーを脇から支えた生徒会の良心、唄子さん。
生存者の内の二人は、憔悴しながらも自陣営に帰り着いていた。

リーダーとして敗北の責任感に沈む天奈と、慰める唄子さん。
かつては賑やかだった、今では空白が目立つ生徒会の陣営。
生徒会は、打ちひしがれていた。



* * *



「おつかれさん。後は私に任せておきな」
「戦士にも休息は必要でゴワス。今はゆっくり休んでください」

だが、そんな生徒会にも、まだ心強き者が残っていた。
百戦錬磨の麻雀戦士にして雀鬼眼使い、天和七対子(あまわ なつこ)。
身体は少女となれど国技相撲で鍛えた力士股ノ富士(またのふじ)ちゃん。

彼女達はまだ信じていた。
自分達がいれば生徒会はまだ負けはしない――――と。
天和達は死闘を終えた天奈を労い、後は任せろと胸を張った。

「そうか……すまない」
「私達も追いつけるようなら、後から行くわ」
「任されたよ。番長の奴らに敗北の味を思い知らせてやるさ」
「自分は自分の相撲を取るだけっす」

こうして、生徒会長の座は譲られた。
後半戦生徒会陣営リーダー、生徒会長、天和七対子。

「いくよ、股ノ富士ちゃん」
「お、オッス……お姉さま……」

天奈達の、また死んだ者達の思いを継ぎ――――後半の死闘は幕を上げる。



* * *



「先の闘いで何かあったのかもしれないのだけれど、
 高二力フィールドが弱まってきているの、気づいている?」
「私の力もだいぶ発揮できるようになっているね」

そして――――

「特に魔人能力が使われた闘いの跡地ならフィールドも弱い。
 貴女も本来の力が発揮できると思うのだけれど……」
「私に頼み事?」
「……貴女にしか頼めない事」

前半の死闘は、まだ終わってはいなかった。
後半の死闘は、表に見える場所だけでは収まらなかった。

「鬼姫さん。生徒会で一番身体能力が高いのは貴女。だから――」
「死んだ子達の幻影がこっちに来ないように、しんがり役……?」
「ええ」
「そっか……」
「あの子達が今、幻影を見たら、きっと平静ではいられないから……」
「わかった。大丈夫、私ならやれる。鬼らしい仕事だしね」
「ごめんなさい。ありがとう」

表の死闘に向かう天和達の裏で、鬼姫災禍(おにひめ さいか)も、また。

ここで死んだ者は呪縛される。
死者の幻影は魔人能力が通じない。
死者の幻影は――――生者を殺そうと襲ってくる。

「唄子さん!帰ったら一緒に呑み明かそうか!
 良い日本酒あったら私にも教えて!楽しみにしてるよ!」



こうして――――



天奈達の、また死んだ者達の思いを踏み躙る、呪いの舞台が幕を上げる。



<了>



【獲得と死】


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「すごーいっ!」「おいしーいっ!」
「ウッス。恐縮でゴワス」

 生徒会室にこだまする華やかな声は、すべてがひとつの鍋によって
 紡がれたものだ。
 股ノ富士ちゃんの振舞った、超絶品のちゃんこ鍋である。

「股ノ富士ちゃん、将来はきっといいお嫁さんになれるね!」
(自分、本当は力士でゴワスけどね……)

 談笑しながら鍋を突く、和やかなひと時。
 そんな中、誰が言ったか、ある提案が為された。

「そうだ! みんな、股ノ富士ちゃんにお料理教えてもらおうよ!」
「ご、ゴワス!?」
「いいねー!」「料理上手くなりたい!」「いいかな? 股ノ富士ちゃん」

 狼狽する股ノ富士ちゃんと、対称的に色めき立つ少女たち。
 漲る乙女のエネルギーを前には、さすがの股ノ富士ちゃんも断れなかった。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



              獲得と死



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 股ノ富士ちゃんは希望者たちと共に家庭科室に移動した。
 そうして開かれたちゃんこ教室。皆楽しくちゃんこ作りに励んでいる。

(ひとつのことに、一生懸命、ひたむきに打ち込む姿……。
 股盛山部屋で稽古に勤しんでいた自分を見ているような気持ちでゴワス)

 しばし感慨に耽る股ノ富士ちゃん。

「……様子を見回ってみるでゴワス」

 今日は彼女がちゃんこ師匠であり、弟子たちの管理義務があるのだ。
 後輩に稽古をつけるような面持ちで手近なテーブルへと向かう。


 ・
 ・
 ・


「匿名図書館にアクセスすれば、ちゃんこのレシピも簡単に分かるの」

 こめかみに手をあて、匿名図書館カキコちゃんはレシピを閲覧する。
 必要な材料・手順等は股ノ富士ちゃんも黒板に記していたが、
 匿名図書館内の様々な文献を当たり、より最適な解を導こうとする
 カキコちゃんはさすがの好奇心旺盛さであると言えた。

「しょうゆ」 ぺろり 「しょっぱいの……」
「しお」 ぺろり 「しょっぱいの……」

 用意した材料をとりあえず舐めてみるカキコちゃんは、そのたびに
 顔を顰めている。

「味見はしたほうがいいでゴワスけど、材料をそんな確かめる必要は
 ないでゴワスよ?」
「カキコは知りたいの。……おさけ」 ぺろり 「ほわほわするの……」

 お酒を一舐めしたカキコちゃんは、目をとろんとさせてふらつく。
 料理酒でそんな風になるはずが……と酒瓶を見た股ノ富士ちゃんに衝撃。

「これ……鬼姫先輩の持ってきた日本酒でゴワス!!」

 他のテーブルでも日本酒が使われる前に回収しなければ!
 開始早々、股ノ富士ちゃんは奔走することになった。


 ・
 ・
 ・


「ふう……なんとか未然に防げたようでゴワス……」

 被害は、並べた椅子の上に横たわるカキコちゃん一人で済んだ。
 いきなりのトラブルに疲れを感じながら、股ノ富士ちゃんは次の
 テーブルに向かう。すると

「す、すごいスピードでゴワス……!」

 思わず股ノ富士ちゃんも感心するほどの包丁捌き!
 常人の2倍の速度で材料が細切れになってゆく!

「迷宮探索……サバイバルには料理技術も必要とされるからね」

 武芸者じみた包丁捌きを魅せたのは、マスケ・ラ・ヴィータ言祝。
 鶏団子用の挽き肉すら自前でミンチにする恐るべき業前。

「調味料を入れてー、卵を落としてー」

 手馴れた様子で挽き肉の入ったボウルに調味料を加え、卵をパカリと
 割り、中身をボウルに落とす。

「おお、双子でゴワスね」

 その黄身は、双子であった。
 もちろんこれからかき混ぜるにあたっては双子である意味などないが、
 それでもやはり珍しいものは珍しいものだ。

「ああ――――

 やっぱり僕は、本当に――――

 運が良い」

 言祝もご満悦だが、その顔がどうにも怖かったので、股ノ富士ちゃんは
 そそくさと別のテーブルへと移っていった。


 ・
 ・
 ・


「ちゃんこ師匠! 私のちゃんこ、どうでしょうか!」

 次のテーブルには、『胃袋を掴んでハートも掴む!』を掲げ、人一倍
 やる気に溢れていた片心叶実がいた。
 鍋のふたを開け、さあ見てくだせえと張り切っている。

「どれどれ……どすこい!?」

 鍋を覗き込んだ股ノ富士ちゃんは思わずうめき声を上げた。
 ぐつぐつと煮える鍋の中、人参が可愛らしいハート型にかたどられている。
 肉団子もハート型で、唐辛子が練りこまれているのか、ピンク色をしている。

 それだけなら、そこまでなら、まだ良かった。
 他の材料――豆腐も、しめじも、エリンギも、お揚げも、水菜に至るまで!
 全てハート型にかたどられていた!!

「私の愛を全て注ぎ込んだちゃんこ鍋……これで愛しの相手のハートを
 射止めてみせる! そして『次は叶実を食べたい』なんて……きゃーっ!」
(あ、愛が横綱級に重いでゴワス……!)

 叶実のエネルギーに胃もたれしそうになりながら、股ノ富士ちゃんは
 彼女が自分の世界に旅立っているうちにその場を離れた。


 ・
 ・
 ・


「おおっ、すごく美味しそうにできてるでゴワスね!」
「そ、そうかな! えへへ」

 嬉しそうに照れる、その少女は大宇宙意思子。
 彼女はちゃんこ初挑戦にして、既にちゃんこの極意を掴んでいるかの如き
 ちゃんこぢからを発揮していた。

(これなら大宇宙先輩は問題なさそうでゴワスね)

 そう判断し、股ノ富士ちゃんは同じテーブルの別の仲間の様子を見に行く。
 数分後、テーブル内の巡回を終えて再び大宇宙の鍋の元へ辿り着いた
 股ノ富士ちゃんは、そこで信じられない光景を目撃する。

「えっ……えええーッ!?」

 驚愕に見開かれるつぶらな瞳!
 つい先ほどまで土鍋があったそこには、魔女が毒薬を調合しているような
 禍々しい釜があり、確かにただよっていた筈の食欲をそそる香りは
 名状しがたい刺激臭に変貌し、股ノ富士ちゃんの鼻腔を苛む!

「どうしたんですか、ちゃんこ師匠。変な声上げて」

 大宇宙は平然としている。他の者も同様だ。
 ラブコメヒロインの料理は時として人体を破壊する程の怪物を生み出す
 ことがある――大宇宙の意思による認識改変のチカラ。

「う、うーん……なにかおかしいことがあったような気がしたでゴワスけど、
 気のせいだったみたいでゴワス……」
「あはは! 変なちゃんこ師匠! あ、味見する?」

 どこか釈然としないながらも、股ノ富士ちゃんは味見する。
 普通に美味しかった。


 ・
 ・
 ・


 きゃいきゃいと賑やかな声で満ちる家庭科室。
 戦いの中の、憩いのひととき。

「それでは本日のちゃんこ教室はここまでにするでゴワス!
 続きは来週でゴワス!」
「「 はーいっ! 」」

 『同じ釜の飯を食う』という言葉がある。
 この日、ちゃんこ教室の名の下にちゃんこを囲んだ生徒会役員たちは、
 その結束をさらに深めた――。



 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「――股ノ富士ちゃん」
「ウッス……」

 第2回ちゃんこ教室。約束の日。
 ガラリとした家庭科室には股ノ富士ちゃんの姿のみ。
 弟子たちはハルマゲドンに挑み、誰一人として帰ってこなかった。

 もし自分も一緒に戦っていたなら――。
 角界で鍛えた身体を以て、皆を守れたかもしれない――。
 そう思うと、今は薄くなった胸が後悔の念で埋め尽くされそうになる。

「……これ」

 先ほど股ノ富士ちゃんに声をかけた少女――天和七対子は、
 股ノ富士ちゃんの前に土鍋を置く。
 湯気が立ち上り、芳醇な香りが股ノ富士ちゃんの鼻腔をくすぐる。

「先週のちゃんこ教室。お前らが楽しそうにやってるのを、となりの教室で
 聞いてて……作ってみたんだ。何か食べないと、元気出ないぞ」
「……ウッス。ありがとうございます、お姉さま」

 股ノ富士ちゃん自身も分かっていた。悲しんでばかりはいられないと。
 「いただきます」と唱え、鍋に箸を入れる。具材を掴み、口に運ぶ。

(――――!)

 確かな食感と、食材の持つ味、そして出汁の利いたスープが口中に広がる。
 力士にとって最高のエネルギー源たるちゃんこ。
 悲しみに暮れた肉体に、戦う力が漲ってくるのを感じた。

「うまい……! 美味いでゴワス……お姉さま……!」
「ああ。……オカワリもあるから」
「ウッス……!」

 いつしか零れていた涙を拭いもせず、小さな力士はちゃんこを掻き込む。
 やがてオカワリも全て食べ尽くし、股ノ富士ちゃんは合掌する。

「――ゴッツァンデス(gots-and-death:「獲得と死」という意味の英語)」

 かつて、股ノ富士ちゃんが股ノ富士であった頃。
 先輩力士である股ノ海のために作ったちゃんこに、彼の苦手なエノキを
 入れてしまったことがあった。

 そのとき、股ノ海は苦しみながらも、エノキを含めたちゃんこの全てを
 完食した。その際に、彼が涙を流しながら呟いた言葉が、これである。

 獲得と、死。
 出会いがあれば、別れがある。それが人の世の常だ。

 ならばせめて、別れた者たちの想いを胸に進もう。
 これから先、ちゃんこを食べる時、いつも思い出そう――共に過ごした、
 かけがえのない仲間たちの姿を。

「――『Do your own SUMOU.』、でゴワス」

 それが、股ノ富士ちゃんの――生徒会の相撲だ。
 少女は立ち上がり、明日へと歩を進める。


 ☆ 獲得と死 おしまい ☆



【一十は百合ではない 2】


 妃芽薗学園にはかつて、伝説の生徒が居た。
 気品に溢れた振る舞いは見る者に憧れを抱かせ、穏やかな慈母の微笑みは麗華の如く美しく、周囲に集まる蝶たちを魅了した。ミス妃芽薗や生徒会長に推される事もあったが彼女は奥ゆかしくそれを固辞し、役職や肩書きに依らず他の生徒の規範となったという。
 その生徒の名は──────────。

 「名前は?」
 お昼休みの食堂。賑やかにお喋りに興じる女生徒の例に洩れず、私、一十(にのまえ・くろす)もクラスメイトである神足跳瑠(こうたり・はねる)と取り留めもない雑談を交わしていた。
 私が問い掛けると、今まで饒舌に話していた彼女の口が困ったようにへの字口になる。かじかじ、と紅茶のティースプーンを咥える様子は礼節を重んじる女子校には相応しくないお行儀の悪さである。まったく嘆かわしい!
 「…………それが、分からないんだよねー」
 「分からない、って?」
 ショートケーキのフォークをかじかじ、と咥えて私は問い返す。
 「名前、伝わってないんだって」
 話が一気に胡散臭くなってくる。そもそも伝説の生徒という時点で眉唾ものだったけど。
 「それだけ有名な人なんだったら、名前が残ってないのはおかしくない? 何十年も前の話じゃあるまいし」
 「それもそうなんだけど…………」
 まぁ、普通に考えれば作り話なんだろう。何処の学園にでもある七不思議だとか、せいぜいが噂話に尾鰭が付いたオーバーな逸話。
 「まぁ、ミステリアスなのも魅力的な女性には必要な要素、ってことじゃない?」
 と、彼女は最初の話題に戻る。そう、元々は魅力的な女性になるにはどうすればいいか、という話からの派生だったのだ。恋愛話はどんな時でも良い話題。
 「あー…………それは確かに」
 男というものは、謎めいた女性に惹かれるものである。恋愛経験豊富な私が言うのだから間違いはない。

 昼食後最初の授業は世界史。私的には暗記ばかりであまり面白くない教科なんだけど、数式がとっちらかって頭が痛くなる数学よりはずっとまし。休憩時間のざわめきに包まれている教室内にチャイムの音が鳴り響くと同時に、教室の扉が開いた。
 「きりーつ」
 日直の号令と、それに続いて生徒たちが椅子から立ち上がる騒々しい物音。その中をぽきゅぽきゅと歩いて教壇へ向かう一人の幼女。──────────そう、幼女である。決して私の見間違いではない。半袖のちびTシャツとホットパンツの上から研究者か医者が着るようなぶかぶかの白衣を羽織った彼女は、少しでも身長を高く見せる為か必要以上に背筋を伸ばしたしゃきっとした姿勢の良さで教卓の前に立った。
 そんな涙ぐましい努力でさえ、身長130cmに満たない彼女では身体が隠れてしまう状態は変えられず、辛うじて顔が見える程度の生首状態。
 「れーい、ちゃくせーき」
 気の抜けた号令が終わると、その幼女──────────妃芽薗学園教諭、担当教科は世界史。久我原史香(くがはら・ふみか)は口を開いた。
 「欠席者は居ないな? それでは授業を始めりゅ」
 噛んだ。思いっきり。
 「…………」
 辺りに漂う静寂の空気。それは冷ややかな沈黙ではなく、無言のエール──────────保護者の眼差しだった。
 「くっ…………」
 悔悟と屈辱にあどけない顔を苦しそうに歪める史香ちゃん。いてもたってもいられず、そんな彼女にクラス中から声援が飛ぶ。
 「がんばってー、史香ちゃん!」
 「どんまい、ろりせんせー」
 生徒たちよりも幼い容貌の史香ちゃんはまるでクラスのアイドル──────────いや、マスコット。教室内に飛び交う温かな応援の声に、彼女は俯いたまま肩を震わせて。
 「う、うるさーい! 人を子ども扱いするんじゃない!」
 ばんばんっ、と教卓を小さな手で叩いて猛抗議。激おこぷんぷん幼女である。とてもかわいい。
 「えー、だってどう見ても幼女だし……」
 「かわいいよねー、史香ちゃん。なんか必死な小動物みたいで」
 口々に言い合い、頷き合うクラスメイトたち。この年代の少女たちにとって、可愛いは何よりも優先される価値観なのである。そして女子高ならではのかしましさは、一度火が点いてしまえばなかなか鎮まらない。それどころかいつしか関係のないおしゃべりまで始まってしまう。
 真面目な優等生を気取る訳じゃないけど流石に史香ちゃんが可哀想になった私が、そろそろ授業に戻りましょう、と提案すべく口を開いたところで──────────。
 私が声を上げようとした、その一瞬だけ前。
 吸って吐く一呼吸の間にも満たない差で別の所から制止の声が入った。
 「みんな、それくらいにしておきましょう。…………先生、授業を始めて下さい」
 凛とした響きが教室内を渡る。決して大きくはないが聞く者を従わせる、見えない力が篭っているような声だった。
 賑やかだった花園に吹いていた風が止む。時間にして数秒の静けさ。
 その数秒で我に返った表情をすると、史香ちゃんは精一杯の威厳を取り繕って再び宣言した。
 「え、えーっと、じゃあ授業を始める」
 今度は噛まなかった。

 三度の食事は勿論の事、三時のお茶の時間に食べる甘いお菓子よりもおしゃべりが大好きなお年頃の集団とはいえ、学級崩壊を起こす程の不真面目なクラスじゃない。授業が始まってしまえば先程までの浮ついた喧騒は何処へやら、皆真面目に──────────その一部はおしゃべりしていないだけで授業を聞いてない子もいるけど──────────少なくとも静かに授業を受け、時間は過ぎてゆく。
 私といえば、史香ちゃんが彼女専用の踏み台を使って一生懸命に背伸びしながら板書している様子を微笑ましく眺めながら、ふとさっきのクラスメイトへと目を向ける。彼女の名前は確か──────────白金神無(しろがね・かんな)。
 大した意味があった訳じゃない。転校してきてまだ日が浅い私はクラス全員の顔と名前が完全に一致していないので、同じクラスとはいえ今まであまり会話を交わしていなかった彼女をこの出来事を機に記憶に焼き付けておこう、とその程度の心積もりだったのだけど──────────。
 不意に、目が合った。
 いや、少なくとも私の方は彼女を見ようとしていたのだから、不意に、という表現は正しくないのかもしれない。それでも予期せぬ出来事には違いない。
 彼女の席は私の斜め前方であり、わざわざ振り向かなければ私と目が合う事などない筈だったのだから。
 しかしそれも束の間。すぐに彼女は振り向いていた顔を前方へ戻すと、何事もなかったかのように再度授業に
集中し始めた。う、うーん……?
 これがハンサムな男子学生なら運命的な意思の通じ合い、と喜んでも良いのだけど、残念ながらここは女子高で同級生は皆女性であり、私には百合趣味はない。ないったらない。はい、ここ重要ですからテストに出ますよー。
 まぁ、何か視線を感じたとか、そういう何という事のない理由だろう。いくら珍しい転入生とはいえ、授業の正常化を求めた真面目な生徒がわざわざ授業中に注意を払うような理由はない筈だ。
 私もすぐに今の出来事を忘れると、爪先立ちで踵をぷるぷる震わせながらチョークを握っている史香ちゃんの後ろ姿を眺める作業に戻った。うーん、やっぱり可愛い。

 授業終了のチャイム。それは同時に放課後の到来を示す解放の鐘でもある。
 「ろりせんせー、さよーならー」
 「知らない人にお菓子とかもらってもついて行っちゃだめだよー?」
 「うっ、うるさーい! 早く帰りなしゃい!」
 口々に教師へと別れの挨拶を告げながら、さんざめく少女たちが陽気な足取りで教室を出てゆく。
 「全く…………」
 史香ちゃんもぶつくさ言いながら出席簿や教科書を抱え、恐らくは職員室か社会科準備室に戻るのだろう。荷物を両手に抱えてちょこちょこと歩いてゆく後ろ姿が微笑ましく、何とも言えず可愛い。
 と、机に頬杖を突きながら史香ちゃんを目で追っていた私の視界を人影が横切った。
 「あ…………えっと、白金さん?」
 人影の正体は授業開始直後のクラスの緩んだ空気を引き締めた少女、白金神無その人だった。
 「…………何?」
 足を止め、私を見下ろす瞳は刃物のように鋭い。あ、あれ? 私、この子に何か悪いことしたっけ……?
 「えーっと…………良かったら一緒に帰らない?」
 迷った末に私はストレートに切り出す。こういう時は出たとこ勝負、小細工無用だ。
 「いいけど…………」
 果たして、彼女は一瞬だけの戸惑いの後、小さく頷いた。

 妃芽薗学園は全寮制である。下校といっても校舎から学生寮に戻るだけであり、幾ら敷地が広いと言っても多少歩けばすぐに着いてしまう。つまり、ぼんやりしているとすぐにその機会は失われてしまうという訳だ。
 そうならないよう、どちらかが口火を切る必要がある。そしてそれは私の方の役目だろう。
 「白金さんは、剣道部?」
 肩に背負ったリュック状の鞄とは別に、彼女が腰に下げているのは所謂竹刀袋。会話の糸口として私はまず目についた物をスタート地点として選んでみた。
 「帰宅部」
 あっさりと否定の答が返ってくる。まぁ、半分くらいは予想できた事ではある。剣道部なら放課後一直線に帰宅せず、練武場に向かうだろうから。え、私? 私はまぁ、西洋剣術部に入ってるとはいえ、半幽霊部員みたいなものなのでたまに顔を出す程度なので。
 私の沈黙を困惑と捉えたのか、白金さんは無造作に竹刀袋を持ち上げてみせた。
 「あぁ、これ見たらそう思うか」
 しゅるり、と紐を解くと刀の柄が袋の口から覗く──────────竹刀ではない。
 「それって……?」
 「一応、真剣……なまくらだけど、菊一文字だったりする」
 しゃらん、と鈴の鳴るような鞘走り。抜き身の刃は陽光を浴びてぎらりと輝く。片刃の波打紋様は官能的な不定の白雲のようで、一つの芸術品と言っていい美しさを放っていた。
 日本が生んだ至高の美術品──────────日本刀。しかしその本質は紛うことなき武器。打ち鍛えられた刃は飾りではなく、振るうべき者が振るえば血風を呼ぶ恐るべき凶器である。
 その血生臭さを少女には似つかわしくないと取るべきか、死と鉄の乙女の美しさと取るべきか──────────それは見る者次第だろう。
 「護身用とか?」
 残念ながら今の御時世は決して平和で安全とは言い難い。突発的な魔人覚醒による暴走や己の欲望を満たす為に能力を用いる輩──────────悲しいかな、麗しの花園たる妃芽薗学園も例外ではない。
 「通り魔とか神隠しだとか、色々噂はあるわよね」
 特にここ最近、その種の事件が学園内でも増えているらしい。
 「…………ちょうど、貴女が転校してきた頃からね」
 しん、と周囲の気温が数度下がった。
 先刻まで照りつけていた太陽は、いつの間にか暗雲が覆い尽くしてしまっていた。
 「や、やだな……そんなのただの偶然だって……!」
 突然の指摘に私は不意を突かれたように立ち尽くす。しかしそれを許さぬとばかりに彼女の瞳は鋭さを増していた。
 「…………昔、この学園に一人の生徒が居た。彼女は品行方正で他の生徒たちの模範になるような存在だったらしいけど…………彼女に近付き過ぎた者はその後の消息が知れないという…………」
 白金さんの背からリュックが落ちる。指先の操作一つで簡単に留め金が外れる、特別製のものだ。
 「彼女の名は…………一八七二三(にのまえ・はなつみ)。貴女と同じ一家の血族でしょう、一十さん?」
 ちゃきり、と刃先が私の方を向いた。それは既に必殺の間合い。
 構えた刀に震えはない。リュック型鞄も咄嗟の臨戦の際、腕に負担を掛けておかない現代武人の知恵だろう。
 「え、えーっと…………ひょっとして授業中に目が合ったり、こうして一緒に帰ってくれたのは…………」
 「怪しいと思ってたけどなかなか尻尾を出さないから、実力行使」
 うわぁ、そんな目で見られていたとは。転校生というものは学生生活において確かに異物そのものだからその気持ちは分からないでもないけど、ちょっとヘコむ。
 「さぁ、大人しく話してもらいましょうか。貴女が一連の事件の犯人なのでしょう?」
 「あ、あのね白金さん? 確かに私の家族には色々変わった人がいるのは事実だけど、私は至ってノーマルで…………」
 「問答無用!」
 ずばっ、と空を切る横薙ぎの一撃! ちょ、ちょっと! お願いだから問答させて!? っていうか、話させる気なくない!?
 「今のは威嚇。次は当てるわ」
 慌てて距離を取った私に対し、改めて振りかざした構えは上段。膂力と速度が剣に乗る最も攻撃に特化した構えであり、相手に対してこの上なく威圧感を与える。
 困った。冷静沈着なクール少女だと思っていた白金さんだけど、その実結構な武闘派だったようだ。しかも思い込みが激しいタイプらしく、こちらの言う事を素直に聞いてくれそうにない。
 いったいどうすれば…………。
 「さ、流石に当てずっぽう過ぎない?」
 転校生というだけで通り魔扱いされたのでは溜まったものじゃない。身内に怪しい人物が居る、という理由も無理がある。なんとか粘ってみたものの──────────。
 「私、見たのよ」
 じり、と一歩にじり寄りながら白金さんは呟く。
 「な、何を……?」
 「貴女が下級生を気絶させて、保健室に連れ込もうとしていたところ」
 ──────────甦る記憶。
 「違う違う! あれは単に貧血になった子を介抱してあげようと思って…………」
 「先週だけで五回も」
 うっ…………い、いえ、違うのよ? 昔から、私の傍に来るとぽーっとなっちゃう子が多くて…………。
 「幸い保健の先生が居たから何事もなかったけど、もし居なければ凶行に及んでいたに決まっているわ」
 駄目だ、先入観と推測が悪い感じで固まっちゃってる。
 「素直に認めないなら、痛い目に遭ってもらってから生徒会に突き出す事にする」
 と言われても身に覚えがない犯行も百合疑惑も決して認める訳にはいかない。そうこうしているうちに私の正当な申し開きに対する白金さんの猶予はそこで尽きてしまった。
 「ぇぇぇぇいっ!」
 ごう、と空を切り裂く烈風。ほんの一瞬前まで私が立っていた場所を両断する太刀筋は、そのまま立ち尽くしていれば頭蓋骨か鎖骨を砕かれていただろう。
 「やるじゃない。今のは当てるつもりだったのに」
 飛び退いた私を見つめながら、白金さんは不敵な笑みを浮かべた。白い歯が零れる笑顔は獲物を前にした女豹のようであり、普段の落ち着いた彼女とは違った獰猛な美しさがあった。
 「言っておくけど、抵抗しなくても私は容赦しないからね」
 その言葉に偽りはなさそうだ。今の一撃も形の上では峰打ちだったものの、当たりどころが悪く脳天を直撃していれば間違い無く脳味噌が飛び散っていたでござるよ。
 「西洋剣術部……だっけ? でも、武器なしで何処まで持ち堪えられるかしら」
 剣道三倍段の例を持ち出すまでもなく、素手対武器の戦いには著しい戦力差がある。ナイフ程度ですら確実にリーチは伸びるし、殺傷力の向上は言うまでもない。実力差や周囲の環境次第では絶対に差が埋められないとは言わないけど、どうしたって不利は否めない。
 選択肢は二つ。
 どうにか攻撃をやり過ごして逃げ出すか。
 なんとか攻撃を制して彼女を無力化するか。
 実のところ、難易度としては大きな開きはない。一見逃げ出す方が容易に思えるけど、この距離で迂闊に背を向けてしまえば一刀のもとに打ち倒されてしまうだろう。
 それならば──────────。
 構えと太刀筋から見るに、白金さんの剣術は恐らく薩摩示現流、或いはそれに類するもの。二の太刀要らずと呼ばれるその思想は一撃必殺を旨とし、小技を廃して初太刀で全てを決める剛剣の流派である。
 もし付け入る隙があるとすれば、そこしかない。初太刀を躱して懐に飛び込み、そのまま取り押さえる。
 そう決断した私の視界に映ったのは、一人の剣士──────────いや、剣鬼。
 「…………っ!」
 初撃を躱してその隙を突く。そんな事は誰でも考えつく机上の空論、理想論だ。
 しかしそれを許さないからこそ示現流の勇名がある。
 敵までの到達距離を最小限にする上段の構え──────────蜻蛉。死を想起させる圧倒的なプレッシャー。
 力任せという言葉は聞こえは悪いけど、生半可な技巧を寄せ付けない強さがある。剣術において力はすなわち速さを生み、単純だからこそ紛れを起こさない。
 技など、力を持たぬ者の逃げ場に過ぎない──────────そう言わんばかりの無言の説得力。
 あー…………これはちょっとまずいかも。
 私の額を一筋の汗が伝う。花の命は短くて、美人薄命とは言うけれど、いくら私が神に愛される程の美少女だとしても、まだまだ天に召されるには早すぎる。私にはこれから素敵な恋だって待っているんですからねっ!
 そんな私の邪念──────────もとい、純真な想いなど当然関知しない白金さんは、油断のない足運びで徐々に私を校舎の壁際へと追い詰めてくる。
 こういう時、得てして物語のヒロインにはピンチに颯爽と駆けつけてくれる白馬の王子様がいるものなんだけど。
 現実はそう甘くない。助けが来ないなら今どきのお姫様は独力で頑張るしかないのだ。
 私の眦に宿る、決意の光。
 しかしその時、刀を振りかざした白金さんの背後に禍々しい黒いオーラが現れて。
 …………黒いオーラ?
 「白金さん、避けて!」
 「!?」
 今しも一撃を繰り出そうとしていた白金さん。私の声が届いたとはいえ、反応が一瞬遅れる。
 横殴りの黒い泥流が白金さんを襲い、彼女の身体は棒切れのように吹き飛んで校舎の壁に強かに打ち付けられた。
 先程まで彼女が立っていた場所には身の丈3mを超える巨大な人型が佇んでいた。その姿は闇を溶かしたように全身が真っ黒な泥で覆われている。瞳に当たる部分だけが不気味に赤い。
 「…………何なの、あいつ…………もしかしてあれが通り魔……?」
 頭を振りながら身を起こす白金さん。華奢に見えても彼女も魔人であり、不意打ちの一撃であっさりと戦線離脱するようなかよわい乙女じゃない。
 とはいえ、彼女の無事を喜んでいる暇はない。
 「何者かどうかはさておき、あちらさんはやる気満々みたい」
 のっぺりとした顔面から表情は窺えないものの、異形の黒泥の意志は明確だった。
 絶え間なく流動するヘドロのような黒泥の異形。白金さんを吹き飛ばした豪腕の一撃を見てもその戦闘力は並々ならぬものがある。目的が何なのか──────────そもそも知能があるのかどうかすら怪しいけど、私たちに対して害意がある事だけは間違いない。
 「白金さん、一時休戦ってことでいいよね?」
 本当は終戦という事にしたいんだけど、高望みはしない。
 「不本意だけど、そうせざるを得ないみたいね…………」
 彼女の方も私を完全に信用した訳じゃなさそうだけど、目に見える明らかな脅威を無視する事は出来ない。私に向けていた戦意をそのまま異形へとスイッチし、刃を構えた。
 感覚器官の所在さえはっきりとしない異形。それでも向けられた刃の意味は理解出来るらしい。ずしり、と重々しい足音と共に巨腕を振りかぶり──────────。
 「白金さん!」
 丸太よりも太い腕が黒い旋風となって白金さんを襲う。鈍重そうな外見に似合わぬ予想以上の速度で迫る巨大なハンマーが地面を抉っても、そこに潰れた少女の死体はない。
 ──────────上!
 「ちぇぇぇいっ!」
 一瞬早く飛び上がっていた白金さんは裂帛の気合と共に、異形の肩口へと愛刀を振り下ろす!
 ざむっ! と鈍い斬撃音。左の肩口から右の脇腹へと抜ける、文句の付けようがない袈裟懸け切り。異形の肉体をものともせず、痛快ささえ感じさせる見事なぶった切りはまるで剣戟アクションを見ているようだった。
 彼女が着地するのと同時に、切断された異形の上半身が地に落ちる。腐った果実が潰れたような嫌な音を響かせ、単なる黒く淀んだ腐汁と化した異形の切断半身。
 しかし──────────。
 「!?」
 声を出す前に体が動いた。
 白金さんを抱えてごろごろと地面を転がる私の頭のすぐ上を、残された片腕で殴りつけた異形。バランスを崩して地響きと共に引っ繰り返ったけど、道化芝居としてはとても笑えない。
 「あいつ…………あんなになってもまだ!?」
 白金さんの油断と責めるのは酷に過ぎるだろう。生あるものならば明らかな致命傷であり、斬った当人の彼女も充分な手応えを感じていただろうから。
 だけど敵は姿形だけではなく、存在自体が常識から外れていた。両断され、転がされてもなお藻掻きながら立ち上がろうとしており──────────それだけに留まらず、白金さんの一撃を受けた切断面がごぼごぼと泡を立てて盛り上がってゆく。
 「再生…………厄介ね」
 忌々しそうに白金さんが呟く。戦意は失っていないものの、先程の一撃は彼女にとっても会心の一撃だったのだろう。それが通用しなかった事に歯噛みしている様子がありありと見て取れた。
 ここでまた、選択肢は二つ。
 一つは異形が完全に立ち直る前に今すぐこの場を逃げ出すという選択。図体は大きいものの足回りの俊敏さに欠けている様子から、上手くいく可能性は高い。だけど──────────。
 「ここで逃げたら、あいつは他の子を襲うかもしれないわ」
 私の考えを引き継ぐように白金さんが口にした。
 そうなのだ。
 私たちが逃げて助けを呼んでいる間に、奴は他の子を狙うかもしれない。そしてその子が私たちのように闘える力を持っているとは限らない。
 「決まりね」
 以心伝心、皆まで言う必要はない。
 「あいつは私と貴女で倒す。いいわね?」
 「OK! 即席美少女コンビ結成ね! 妃芽薗のラブリーエンジェル!」
 「ところで貴女、武器は?」
 起き上がりつつある異形を見据えたまま、白金さんが短く問う。あ、あれっ、スルーしちゃうんだ……結構いいネーミングだと思ったんだけど。
 「見たところ持ってないみたいだけど、何か攻撃型の能力でもあるの?」
 「え、えーっと、武器はないこともないって言うか、能力を使えば強力なものが出るんだけど…………」
 あぁ、うん。あのね、分かってはいるんだけど…………。
 「…………? じゃあ早くしなさいよ」
 「うぅ、誤解されそうだから出来れば最後の手段にしたいんだけど……」
 「今がその時でしょう!」
 白金さんの言葉に焦りと苛立ちが混じる。異形は今や完全に復元していた。直ったばかりの頭が私たちを捉えるように傾く。
 「もーっ、分かったわよ! ……白金さん、ごめんねっ!」
 「!?」
 背に腹は代えられない。後で怒られるのは百も承知で、私は行動を実行に移す。
 白金さんをぎゅっと抱き寄せると、私は春花のような可憐な唇を電光石火の早業で奪っていた。
 「~~~~~~!?」
 私の眼前で驚きに目を白黒させ、宙を掴むように暫くじたばたとしていた白金さんだったが、すぐにくたり、と身体から力が抜ける。
 秘された深山の更に奥深く。岩の隙間から湧き出す清水のような、冷たくも爽やかな味わい。やや未熟な青りんごにも似た仄かな甘酸っぱさが私の口の中に広がる。
 しみじみと、体の隅々にまで行き渡る。
 同時に彼女の全身は淡い桃色の光の粒子に包まれて──────────。
 私はぷぁっ、と唇を離し、力強く宣言する。
 「心剣降臨!」
 私の右手が白金さんの胸の中へ、手首まで深く埋没する。通常なら致命傷となり得る貫通も、彼女へは一切の傷痕もダメージも残さない。
 「ふぁぁぁぁっ!?」
 甘やかに色付いた白金さんの艶声。それを合図に彼女の肉体の内側から、心の中から一振りの日本刀が引き抜かれる。刃の先端が抜ける瞬間、白金さんの肢体が若魚のようにびくん、と跳ねた。
 物理的にはあり得ない──────────しかし物理法則を凌駕する力が、この世界には存在する。
 手中に収めた惚れ惚れする程に美しい日本刀を、彼女の分身の重みと感触をしっかりと確かめ、私は確信した。
 ──────────よし、行ける!
 心剣の強さを決める最重要要素はパートナーとの絆である事は間違いない。ただ、心剣の母体となる者の心の強さもまた無視できない因子の一つ。
 前者については顔見知り程度の仲である私と白金さん。正直最低限の性能しか期待してなかったけど、これなら──────────。
 「…………どういうことよ」
 心剣抜剣後の独特の脱力から復帰した白金さんが、微妙に赤い顔のままで詰め寄ってきた。か、顔が近いよ白金さん!?
 「え、えーっと、だからね、出来れば使いたくなかったというか最終手段って……」
 「…………初めてだったのに」
 「ああああああ、ごめんなさいごめんなさい!」
 平謝りする私の前に、地響きが迫る。ふぅ、と溜息を洩らす白金さん。
 「話は後ね…………まずはこいつを片付けるわ!」
 「お、おっけー!」
 瞬間、左右に分かれて飛び退く二人の美剣士。その間を巨大な拳が通過し、地面に大きな穴を穿った。
 前後を挟む形で陣取った私たちのどちらを標的にすべきか悩むように、異形の巨体が旋回する。
 「どうする!?」
 白金さんから鋭く短い問いが飛ぶ。
 「お決まりのパターンなら、こういうのには大抵コアがある筈。さっきは頭を失っても動いていたから、狙うとすれば…………」
 「心臓部分ね!」
 熟年夫婦のようなツーカーのやり取りが心地良い。
 「さっきの一撃、もう一回いける?」
 「愚問!」
 異形の攻撃を躱しながら白金さんは頼もしい返答をくれた。
 「じゃあ白金さん初撃、私が止め! オッケー?」
 「それで駄目だったら?」
 「それはその時考える!」
 「上等!」
 ふ、と白金さんの顔に微笑が浮かんだ。つられて私も笑みを返す。
 目まぐるしく位置を変え、異形を翻弄する私と白金さん。即席の連携とは思えぬ牽制を絡めた華麗なるヒット・アンド・アウェイ戦法に、感情など持たぬ筈の異形が苛立ちを覚えたかのように大きく拳を振り上げ──────────。
 「今!」
 私の合図と同時に、白金さんの姿が消える!
 「秘剣・恪惨鬼亡!」
 時を消失させたような瞬時の移動。短距離空間跳躍で異形の背後を取った白金さんの愛刀が、その銘が示す通りに一文字に横薙ぎの軌跡を描く。剛剣の勢いに上下に両断された異形の上半身が重力を失ったかのように宙に浮いた。
 スローモーションのように流れる時間の中で。
 「縦! 一文字斬り!!」
 ドイツ流剣術『愚者の構え』派生、『昇日の構え』から一転。垂直に斬り上げた心剣が光を放つと、無防備な異形の心臓部は真っ二つに切断され──────────二人の剣撃は合わせて十の文字を空間に描き出し、一瞬の後に黒い巨体は爆発して飛び散った。

 「…………何だったのかしら、今の」
 ひゅおっ、と鮮やかな風鳴きの素振りで愛刀の汚れを振り払い、鞘に仕舞うと白金さんは怪訝な口調と共にゆっくりと歩み寄ってきた。その表情はやはり険しい。
 「私に聞かれても困るんだけど…………良くないもの、ってことだけは確かかな」
 頻発する通り魔や神隠しと関連があるのかどうか、それは分からない。いや、関連しているのならまだ話は分かる。問題はそうでなかった場合──────────。一連の事件とは別種の災厄がこの学園に起こりつつあるという事に他ならないのだから。
 「貴女への疑いが完全に晴れた訳じゃないけど、一応は礼を言っておくわ」
 その言葉が、異形の攻撃から助けたものに対しての感謝である事に気付くまで、数秒を要した。
 「あはは、いーのいーの。『美少女を助けるのに理由がいるかい?』ってやつ?」
 「まぁそれはそれとして、人の初めてを奪った償いはきっちりしてもらうからね?」
 「ええええええ!? そ、それはないよ白金さん…………」
 あれはあくまでも急迫不正の侵害に対する緊急避難であって、至って合法的な…………その、ご、ごめんなさい……。
 「学食のケーキセット」
 「え?」
 「それで手を打つから。それと……神無、で良いわ。十ちゃん」
 にっ、とちゃっかりした陽気な笑みを浮かべた神無ちゃんは、抱きしめたくなる程可愛かった。

 あ、ええっと。大丈夫だとは思いますけど、念の為に。

 一十は百合ではない。

 どうか誤解の無きよう、お願い致します──────────。

 ★   ★   ★   ★   ★   ★   ★   ★

 久我原史香は妃芽薗学園の教師である前に、十束学園の”教員”である。それは彼女の転任前の勤務地が十束学園であったという意味ではない。厳密に言えば彼女はまだ、この瞬間においてさえ十束学園に籍を置いているのだ。
 十束学園とは単なる教育機関ではない。
 ある意味においてはまさしく教育を施す場であるものの、所謂通常の学校とは一線を──────────それどころか二線、三線。──────────死線を画す。
 世界を裏から動かす組織である彼らの手は様々な場所に伸びており、それはここ妃芽薗学園にも及んでいた。
 麗しき乙女たちを血塗られた戦いへと駆り立てる為の内部工作員。有り体に言ってしまえばスパイとして史香は潜入していた。その表向きの身分が教師であるという事には若干の皮肉めいたものを感じないでもなかったが、学校という特殊な場所に自然に潜り込むには二番目に適した立場であると言えよう。無論、一番が生徒である事は言うまでもない。付け加えるなら彼女の幼い容貌ならば本命の中高生ではなく小学生としてでも違和感なく溶け込めただろうが、それは彼女のプライドが許さなかった。
 そう、彼女は十束学園の中でも選ばれたエリート。誇り高き”ストレングス・テン”直属なのだから。
 ゆえに、生徒の前でちょっと噛んだりからかわれたりするのも怪しまれぬようにする偽装工作の一環であり、つまりそんな事でいちいち落ち込んだりはしない。
 「うっ…………うぇっ……ぐすっ……また失敗した……」
 そういうことになっているのだから、夜、枕を涙で濡らす彼女の姿は見て見ぬふりをしてあげる、というのが大人の対応なのである。
 勿論、彼女が不得手な教師業に奮闘している成果は着実に出ていた。史香が教えている生徒の中には、彼女の眼鏡に適う少女たちが既に何人も居る。
 史香が今回密かに学園内に放った数体の人造魔人-タイプ・モデュレイテッド。それらは見込みの有りそうな少女たちを測り、計り、量る。そのデータは史香へと送られてリスト化される。貴重な人材として。
 一十と白金神無──────────彼女たちもその中に数えられていた。ハルマゲドンを起こす戦闘要員として。引いては、十束学園の未来の構成員として。
 幼女教師の企みは誰にも知られぬまま、事態は深く静かに進行してゆく──────────。



                                   <了>



【Cross My Heart】



「聞きましたか?」

幾本ものナイフを手に弄び、常磐数夜が言った。

「この殺しあいはDPというポイントを多く稼いだ陣営が勝つそうです」

どこまでも人の命をお遊びみたいに使って、と、不服を述べる数夜。

「けれど、相手を殺さなくとも勝てると考えれば――」

少しは救いがあるんじゃない? と、桜色の髪を揺らす一十が言った。

「私の力を使えば、或いは誰も死ななくとも――」
「そう、それもです。十さんの能力で生まれるポイントの計算も不服です」
「私の能力の……ポイント?」
「あの『案内人』……本当に嫌らしい点数をつけて。遊んでますよ」
「そう……?」

薫る風に鈴の音が響きわたるように、少女達の細く高い声が踊る。
夏の木々の深緑に、ギラリと光る金属光沢と、桜色の華が二つ咲いていた。


* * *

妃芽薗学園の旧校舎跡にて死闘が始まり幾日かが過ぎ。
生徒会陣営に割り当てられた数夜は大いに不満を抱えていた。

これまで特に不自由なく暮らしてきた令嬢である数夜。
天才的数学のセンスにより、若くして数学者となり勉強の日々。
ドジなところもご愛嬌と、順風満帆な人生を謳歌していた。あの日まで。

あの日――――踊り場の鏡の噂を聞いて、気づいたら旧校舎に居た日。
それまで、自分が紙の上に書き出す、数式のように整然としていた世界が。
理不尽で、因果が伴わず、意味不明に、混沌の世界へと塗り替えられた。

そして始まる殺しあい。
新しく顔見知りとなった者達も、その多くがすぐに命を落とした。
解が無い。不快。意味のない命の奪いあい。頭の中に式が成り立たない。

数夜はこの日々に、うんざりとしていた。
ただ一つ、近くに居ると心が浮き立つように、落ち着くように、和らぐ……
一十という少女との出逢いにだけは、少しだけ感謝をしていた。


――――――


「十さんの傍に居ると、少しだけ気持ちが明るくなれる気がします」
「あらそう? 確かによく言われるけれど……」
「これは恐らく『百合力』です。私も量子力学は門外漢ですが、
 察するに貴方の発する百合粒子が励起状態に――」

どんな地獄にも、僅かながらの救いがある。数夜は実感していた。
殺伐とした殺しあいの場で、このような出会いに恵まれて、助かったと。
十の放つ独特の雰囲気と、その気さくな性格のおかげで、救われた。

死闘の最中で、十と数夜は言葉を交わし、親交を深めていった。
そして、その親交を起点に、数夜は生徒会メンバーと徐々に仲良くなった。
数夜は十に感謝していた。
この地獄に、多くの出会いを作るきっかけをくれてありがとう、と。

十の能力を軽く披露してもらい大変な事態になった事には目を逸らしつつ。


――――――


だから、生徒会の半数近くが死んだ戦闘を終え、数夜は憤慨していた。
せっかく得た友人をむざむざと失った不条理に。理不尽に。己の無力に。
戦闘の勝敗を分けたのは、相手を無力化した際に数えられるDPという点。
友人の命を1点、2点と数えられた。
数字を恨めしく思ったのは、生まれて初めてだった。

抑えきれない想いは吐き出すしかない。

こうして――――
数夜は、共に生き残った十を相手に、無力な言葉を吐いていたのだった。


* * *

十は、数夜の嘆きを静かに聞き入れていた。
それが今、自分がすべき最善の事であると考えていた。

「納得がいきません。十さんの能力射程はおよそ……これくらい」

数夜の手が閃き、一本のナイフが綺麗な二次関数曲線を描き、地に刺さる。
それは大概の魔人の身体能力を持って、一息で走破できるちょうどの距離。

「戦闘中は敵に殴られないよう、両陣はこれくらいの距離を保っています。
 十さんが走って敵に近づいても、敵も同じだけ離れてしまいます」

ナイフが煌めき、銀色の筋をひいて、先程と倍離れた場所に着弾する。

「そして、能力はDPで負けている時にしか使ってはならない。
 最低でも敵と1点差です。更にここから、能力使用でDPを最低でも2失う。
 つまり、十さんの能力を使って戦局を五分にするには、
 敵を三人能力射程におさめなければなりません。
 戦局を好転させるなら四人です。敵も考えて動くのですから、
 そんなのどう考えても不可能ですよ」

そんな取り決めさえなければ、十の能力が使えれば。数夜は歯噛みした。

「そうかな? 私は――」

だからこそ私に相応しい判定だと思っている、と、十は微笑み返した。
いぶかる数夜に、十は白く細長い指を立て、唄う。
その所作は、心を痛めた数夜の不安を拭うように、明るく、暖かい。

「例えば、敵を全員ガムテープで縛ってしまう能力者が味方に居れば」
「例えば、私を野球の球のように敵陣へ飛ばしてくれる能力者が居れば」
「例えば、周囲の敵を不思議な声で全員呼び寄せる能力者が居れば」

不可能も、可能になる――――

ポカンとした表情の数夜へ、十はウィンクして見せた。
闘いは、一人でやるものではないのだ。
『心剣士』たる十は、パートナーと協力してこそ真価を発揮するのだから。

「でも……そんな人は、私が知る限り、味方にいないじゃないですか……
 何人か、まだ能力を見たことがない人も居ますけれど……」
「貴女がいるじゃない、常磐さん」
「……え? ……ええっ!? 私ですか!?」
「貴女と、白金さんの二人なら、敵の動きをコントロールできるでしょ?」

だからこそ、十はパートナーたる他者をいたわり、常に気遣う。
だからこそ、十はこの時、数夜を奮い立たせる事が最善であると判断した。
この日の会話は、そうして生まれた一時の場であった。

そして、それ以上に、十はただただ単純に――――

「一緒に頑張ろうね!」
「ええええっと……はい!」

優しい少女だった。


* * *

「気をつけてね」
「はい! 行ってきます!」

二度目の死闘が始まる、その直前。
数夜と十が、一時の別れの挨拶を済ませていた。
数夜は戦場へ。十は本陣の殿と、そしていざという時の遊撃手。

「私が絶対に、十さんの最適解となる敵陣営の配置に誘導しておきます!
 ですから、その時はお願いします!」
「頼りにしてるね。うん、その時は任せておいて」

真夏の深緑に、ギラギラとした金属光沢と、桜色の華が交錯する。

「そうだ。それと、全部終わって帰ってきたら」
「はい? なんでしょうか?」
「もう少しフレンドリーに話してくれないかな? 数夜ちゃん♪」
「うぃっ!? あ、か、考えておきま……きゃんっ!」

ずり落ちた眼鏡を抑えようとして、足をもつれさせた数夜と。
倒れそうになった数夜を素早く抱きかかえ、支える十と。
艶やかな華が二輪、交差する。

「――生きて帰ってこようね」
「――はい。それは誓って」

そんな、嵐の前の、最後の穏やかな一時であった。


<了>



【一十は百合ではない えくすとら】


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



 梅雨の湿気と夏の暑さが同居しているような、嫌ぁな季節の今日この頃。
 私こと一十は、じっとりと汗ばんだ肉体と精神をリフレッシュしようと、
 学園が誇る室内プールに足を運んでいた。
 シャワーじゃくて、プール! そういう気分の日もあるのです。

 水泳部の練習が終わった後のプールが一般生徒にも解放されているのは、
 知る人ぞ知る裏知識だったりする。
 そして室内プールであるからして、この時期でも風邪を引かない程度の
 水温調節がなされている、まさに夢のようなところなのだ!

「おっ」

 同じことを考える者は私以外にもいたようで、更衣室で水着に着替え
 プールサイドに出てみれば、バシャバシャと水を叩く音が耳に入る。
 次いで、「ゴボッ!」「ゴボボーッ!」となんだかデンジャーな呻き声。

「ちょっ……!!」

 もしかして、溺れてる――!?

 私は一も二もなく駆け出し、プールに飛び込んだ。
 準備運動もしておらず、プールサイドを走ってしまった事実については、
 人命救助のためということで見逃していただきたく存じます。

「ほら、掴まって!」
「ゴボボッ……!」

 スクール水着に包まれた肢体を抱え、落ち着くよう促す。足はつくのよ。
 慎ましやかな胸元に縫われたネームは「かなみ」。何故、名前?
 腕にはなんだか趣味の悪……こほん、個性的なアクセを着けています。

「ハアーッ! ハアーッ! す、すみません……助かりました……!」

 「かなみ」ちゃんは息を整え、ぺこりとお辞儀をする。
 落ち着いたようで良かったなあ。

「いいって、いいって。顔を上げてよ」
「いえいえ本っ当にこのたびは――――、ッ!?」

 言いながら「かなみ」ちゃんは顔を上げ、私の顔を見、ぴしゃーん!と
 雷にでも打たれたように身を強張らせる。
 わ、私の顔になにかついていたのかな……これでも、プールに入って
 水も滴るいい美少女になっていると思っていたのだけど……。

(はうッ!? す、すっごい素敵なひと……!!)

 「かなみ」ちゃんは私の手をぎゅっと握る。ワオ、ちょっとびっくり。

「あ、あの! 私に、泳ぎを教えてくれませんか!?」



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



          一十は百合ではない えくすとら



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



『実は私、泳げなくて……!』
『このままじゃ、いざ恋人が出来て一緒に泳ぎに行ったとき、溺れた恋人を
 颯爽と助けて人工呼吸! とか、できないんです!』
『お姉ちゃんは「勉強しなくちゃいけないから」とか冷たいこと言うし……
 先輩みたいな綺麗なひとに、ゼヒゼヒ教えてもらえたらナー、なんて』

『お願いできませんか……?』

 うん、私はどうにも、おだてられることと強引な年下女子に弱いのかも
 しれない。
 完璧美少女たる私の数少ない弱点だ。……こらそこ、変な顔しない。

「そうそう、その調子!」

 そんなわけで私は、「かなみ」ちゃんに水泳を教えるコーチになっていた。
 「かなみ」ちゃんは全くと言っていいほど泳げないみたいだったので、
 練習の初歩として、こうして彼女の手をとってバタ足をさせている。

 一生懸命がんばる女の子を特等席で眺められる、と言うと、ふふん、
 羨ましがる人も多かろう。いいだろ、いいだろ。
 ……いやいや、私にソッチ系の趣味はないですよ? ええないですとも。

「……「かなみ」ちゃん。私の胸ばかり見てないで、水に顔つけてね?」
「だって、こんな大き……じゃなくて、怖いんですもん! 水!」

 ふんっ、私だって好きで大きくしたんじゃないやい。
 肩も凝るし、他の子からは妬まれるし、いいことの方が少ないんだぞ。
 ……なんて言うと、周りからじとーっと睨まれるので、言わないけれど。



 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「うん、だいぶ泳げるようになってきたんじゃないかな!」
「ほ……ホントですか……?」

 さて、そんな練習の日々が、かれこれ1週間ほど続いた、ある日。
 「かなみ」ちゃんはどこか上気した表情で呟く。うーん、お疲れモード?

「先輩が美人さんで、教えるのが上手な美人さんなおかげですっ……!」

 うふふのふ。褒められると、やはり悪い気はしないもんだね!

 ところでそろそろ中間試験も近いと思うんだけど、この子はずっと泳いで
 ばかりで大丈夫なのかな。
 あ、ちなみに私はそれほど問題ないのです。ふふん。
 なにせ、授業は結構マジメに受けていますからね、私。
 ……世界史は主に史香ちゃんの頑張る姿を愛でることに注力してるけれど。

「……よし! ここらで、私の補助なしで泳いでみようか!」

 練習を始めてからそこそこ経ち、「かなみ」ちゃんの水泳技術もそれなりに
 身についてきたはずだ。そろそろ次のステップに進んでもよいでしょう。
 ビート板も渡しているし、きっと大丈夫! たぶん!

「こっちで待ってるから、リラックスしてがんばって!」
「は、はいー」

 プールのスタート地点に「かなみ」ちゃん、ゴール地点に私。
 その距離は25メートル。
 全部泳げるかは怪しいけど、大きな目標に向かってチャレンジすることが
 成功への第一歩である、と、昔読んだ本に書いてあった気がする。

 「かなみ」ちゃんは腰まで水に浸かった状態で、深く息を吸い込む。
 いきなり飛び込み台から、というのはさすがに早かろうという判断だ。
 ビート板も使うし、ね。

「……いきます!」

 「かなみ」ちゃんは意を決して水に顔を浸し、背後の壁を蹴って発進!
 ビート板が水を切り、すうーっと水面を滑るように泳いでいく。
 ばしゃ、ばしゃ。直角に動く脚が水を叩く音が響く。

「う~~~ん……どこか、調子悪い?」

 見込みとは裏腹、どうにも動きに精彩を欠いている気がする。
 そういえば、さっきも顔を赤くして、どこか上の空な様子だったような。
 疲労か風邪か……いずれにせよ、今日は程々にして切り上げるべきかな。

「……ん!?」

 ちょうど、そう考えたところだった。
 プールにはおかしな光景が広がっていたのだ。
 ビート板が泳いでいる。ひとりでに。後ろに人影は――なし!


「かっ――」

 ――――これらは、私が発してしまっている『百合粒子』なる物質が
 長い時間一緒にいた「かなみ」ちゃんに強い影響を与えてしまった結果
 起こってしまった異変であることを、このときの私は知らなかったけれど。

「――「かなみ」ちゃんっ!」

 とはいえ、私には彼女のコーチとして、彼女を見守る義務があるのです。
 ――彼女が溺れたとき、助けるのは私の役目だっ!
 ゴール地点からの美しい飛び込みで、沈む「かなみ」ちゃんの元へ泳ぐ。

「大丈夫!? しっかり!!」
「…………」

 身体を支え、プールサイドへと横たえる。
 呼びかけながら頬をぺちぺちと叩くが、一向に反応はない。
 もしかしなくても緊急事態だ。こんなとき、どうするべき……!?

 ――このままじゃ、いざ恋人が出来て一緒に泳ぎに行ったとき
 ――――溺れた恋人を颯爽と助けて
 ――――――人工呼吸!

「――迷ってる暇はない、か……。ごめんね、「かなみ」ちゃん!」

 私は決心した。気持ちが固まれば、行動は迅速に、だ。

 まず「かなみ」ちゃんの顎に手を添え、軽く持ち上げる。気道確保。
 閉じた瞳。小さな鼻。それらの下――柔らかそうな唇をロックオンし、
 身体を折り曲げ、覆いかぶさるように、狙いを過たず――――



 ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



 私のキス――あの時のマウス・トゥ・マウスもその範疇だろう――には、
 なにやら神がかり的な、その、テクニックのようなものが備わっていて。
 どうやら刺激に弱い人は前後の記憶を失ってしまうことまであるらしく。

「あっ……「かなみ」ちゃん!?」
「はい? えっと……初めまして?? ――っ!!」

 私がそのことを知るのは、ばたんきゅーして保健室へ届けた少女と、
 偶然にも旧校舎で再会したときだった。
 再会の喜びに思わず抱きついてしまい、またも顔を真っ赤にした彼女と
 他の生徒会役員の人たちに勘違いされては困るので、言っておきますが。

 一十は百合ではない。

 どうか誤解の無きよう、お願い致します──────────。


 ☆ 一十は百合ではない えくすとら おしまい ☆



【その1点に愛を込め】



少女は一心に己の手の先を見つめていた。
そこにあるのは二本の糸。それが縒られ、一本の糸に変わる。
そこにまた別の糸が編みこまれ、少女の小さな手先で、糸は大きくなる。

少女は編み物をしていた。
自分の想いを糸に込め。自身の全霊を糸に編み。
珠のような汗が、少女の丸い顔の上で光った。

それは少女からの、心を込めた贈り物。
未だその気持がなんなのか、言葉にもできない想いを抱くあの人への。
あの綺麗な人を飾るに相応しい、綺麗な物を――――

「できたっ! ――――でゴワス!」

少女、股ノ富士ちゃんは、自らの女子力をその日全開にしていた。



* * *



「天和お姉さま……」
「どうした股ノ富士ちゃん?」

そして決戦。
股ノ富士ちゃんは天和七対子と対峙した。

「どうかこれを……受け取ってくださいっ!」
「こ……これは!」

股ノ富士ちゃんが手に持つその美しい編み物。
和風の雅やかな景色を繊細な意匠で表現し、同時に力士の力強さを見せる。
そこに鮮やかに、達筆に描かれる文字は堂々たる『天和七対子』の文字。
化粧まわしである。



* * *



けしょう‐まわし〔ケシヤウまはし〕【化粧回し】
相撲で、十両以上の力士が土俵入りのときなどに用いるまわし。
前垂れようのものがあり、それに金糸・銀糸の刺繍(ししゅう)などを施す。



* * *



「お……おう」

受け取り、天和は思った。
重い。
いや、愛が重いとかそういう話ではなく、物理的に重量が半端じゃない。
たぶんこれ10kgくらいはある。

「自分はこれくらいしかお姉さまに出来ることもありません。
 ですが、それならば出来ることをやろうと精一杯やらせて頂きました!」

股ノ富士ちゃんはあくまでも真っ直ぐだ。
天和も伊達を知る者。好意を無碍にしては勝負師の名が廃る。

「ありがとうな、股ノ富士ちゃん」
「オッス!」

前垂れを背中に羽織り、格好をつけてみる。
そして、最後に一言。やられっぱなしでは勝負師の名が廃る。

「だが、私は服を着るより脱がす方が好みだったりするんだけれどなあ」
「ま、また脱衣麻雀ですか!?」

慌てふためく股ノ富士ちゃんを見て、天和はカラカラと笑った。



* * *



□イベント:股ノ富士ちゃん・天和七対子 終了□
~~成果報告~~
  • プレゼント:股ノ富士ちゃん・天和七対子の親密度が1上昇した。
  • ウェイトトレーニング:天和七対子の体力が1上昇した。



<了>



【天和通りの闇に降り立っちゃった生徒会長、~あま・みず剥いちゃいました~】


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決戦前幕間SS『天和通りの闇に降り立っちゃった生徒会長、~あま・みず剥いちゃいました~』


―ハルマゲドン後半戦開始前 生徒会控室―

天奈瑞より自陣営のリーダー、生徒会長の座を譲り受けた天和七対子は己が
方針を示すために最初の仕事に取り掛かった。

それは―前生徒会長、天奈瑞の処遇。
先ほど帰還した彼女らを労り、優しげな声をかけた笑顔のそのまま、
彼女は前生徒会長にこう宣言した。

「うんでも、まあ、それはそれとして。信賞必罰は世の理…敗戦の責をとって
瑞ちゃんには罰を受けて貰わないとネ。」
「えっ」
「ほら哀しいけどコレ、ダンゲロスだから」

パチン、指を鳴らす音と共に、天和の瞳が天奈を射ぬく。次の瞬間、彼女は
全裸四つん這いの姿勢で新生徒会長の前に屈していた。

なんということでしょう、かの男装の麗人は一瞬で靴下に全裸リボンのみと言う
あられもない恰好で裸足で投げだされた新生徒会長の足置き場となっていたのだ。

屈辱の絶対服従姿勢にうち震える元リ―ダ―に新生徒会長は甘く囁くように諭す。

「瑞ちゃんは^^覚悟している人間よね。もし皆を率いてハルマゲドンに負けたら、
マッパになって新生徒会長の踏み台として一生過ごしてもいいもいい…そんな覚悟
をしている人間だわよね。」
(いや、そんな覚悟してるわけないでしょ)×全員

なんという屈辱(おうごんたいけん)。
天奈は恥辱に身を震わせ、居合わせた一同は、この新生徒会長のあまりに身勝手な言葉に
戦慄する。だが、異論の声は上がらない。そう足置き場となった彼女からも。

これは明らかに通過儀式、新生徒会長は自らを当てはめこう雄弁に語っているのだ。
己が将として出る以上負けはない、もし敗するようなら、今の彼女と同様に誹りも恥辱も
全て受けようと。

何故ここで敗者をむくのか、それは常人には利にも理にも充て嵌らない不条理の極み。
だが何故ここで全てはぎ取るのか、その理由は非常にはっきりしている。

それは彼女が『博徒』だから
全てがダイス目次第、負けたらすっからかんとなるのが鉄火場の鉄則。

『博徒』『博徒』『博徒』。そう『博徒』
超超超々超超超々超超超々的に半か丁、それが全て。彼女は圧倒的に『勝負師』なのだ。

(オネエサマ…この状況においても自らの主義と趣味は押し通すなんて
そこに痺れるッ憧れるッ!)
この新生徒会長にはやはり不敵に笑うドSの表情がよく似合う。
何人かが心の中で喝采を挙げた。
天和は裸足のまま、親指で器用にのの字を書く。びくりと震える天奈。

「瑞ちゃんはホントよくやった…スゲーよくやったと思うのよ。どちらが
勝ってもオカシクナイ勝負だったわ。」
そう甘い言葉とともに彼女はゆっくりとその足先を前後させる。
「あ、く」
「派手に動いて厨二力も満たしてくれた。不確定要素のステルスも排除してくれた。
彼女たちの死は決して無駄じゃない。
勝機は常に死線の先にある。それを潜ってこそ、
その先にある『流れ』を手繰り寄せることができる。」

そう次の一手、それをツモルことができる。

―ぬるりと来たぜ―
それを感じた彼女はそう呟いた。彼女の手に白い薔薇が舞い込んできたのだ。

「いらっしゃい。遅い到着ね。白河さん」
白い薔薇と共に彼女の前に1人の少女が現れていた。

白ドラ2 2000オール。

†††
生徒会室に舞い散った白い薔薇の花弁、その場にいる生徒会メンバーが
気を取られ目を離したのはほんの一瞬だった。
その瞬きに満たない後、一人の少女が彼女達のリーダーの目の前に立っていた。

現れた少女はマントを羽織り、仮面舞踏会もかくやという仮面を付けていた。
彼女たちから背を向けた状態で顔を知れないが、全員がその只ならぬ気配に
息をのむ。
その全身に猛烈な勢いで白い炎が立ち上っているのが見えたからだ。
それは気迫というレベルではなかった。それは怒り。
純粋な怒り、それが怒天破ついている。

「貴方は、この中の何人巻き込んだ。」
その目に見える怒りの激しさに対して声は途轍もなく冷たく、全員の体感温度を
急激に下げつつあたりに響いて散っていった。

天和はそのあまりにも真っ直ぐな想いに苦笑する。
白河と呼ばれた少女は疑っているのだ。天和が、十束学園の末端構成員である
自分をこのハルマゲドンに招き寄せるために…つまり組織を裏切らせるために
意図的に彼女の友人―大事な人達を巻き込んだのではないかと。

「貴方の性格だとそういう風にとるのもしょうがないけど、誓って言うわ。
ここにいる全員は、全員ともここに来る『流れ』だったわ。

死んだ貴方の友人も、今生きてる貴方の友人も
貴方の想い人も全員ね。
私が『流れ』を操作して手繰り寄せたのは鬼姫さんと白河さんあなた方二人だけだわ。
ほら転校生って凄く『鳴き』やすい性質だから、遣り易いのよ」

「転校生」という言葉に、場が親のリーチ一発目でドラを切ったかの
ようにどよめいた。マントの少女が沈黙する。

「それとも前みたいにクラスメイトの死を後で知って部屋の隅でシーツ被って
自分の無力さにガタガタ震えながらめそめそなく。」

次の言葉にマントの少女が大きく揺らいだ。
―雨の日に―
その背中を見ていた『赤い本』を抱えた暗い印象の少女が俯き、目線を反らした。

「もう嫌でしょ。でもどうしていいか自分だと判らない。
あんまりにもいじらしいかったんで、お姉さんポンと『鳴い』ちゃった。」
「私は―
私は白河一などという人間ではない。運命の至る場所から招かれた転校生だ。
生徒会長、そういうことでえーとお願いします。」

前半の言葉の強さは徐々に立ち消えていき、最後のほう微妙に卑屈になっていた。
なんともダメ臭い。やはりこちらのほうが地らしい。

「ん、別にいいけど。じゃ貴方のことなんて呼べばいいかしら?」
「…”ZWEI”と」
会長の問いに彼女は返す。それが十束学園より与えられた彼女のコードネーム。
何者でもない自分に与えられた味気ない記号。意味は…。
生徒会長はちょっと小首をかしげて笑った。

「なかなか美味しそうな名前ね。じゃ、ズワイガニちゃん。質問いい?」

その呼びかけに少女の身体がまた大きく揺らいだ。
場にも声にならない悲鳴が響く。。
(オネエサマーーー数字ぃぃぃぃそれ、きっとドイツ語の数字だからぁぁぁ)
(なんでこの展開で蟹連想するんだ、先輩逆にスゲー)
(はじめちゃんが更に白く、なんか白くなってる…)

ざわざわざわ。
ざわつく周囲を右手のヒト振りで生徒会長は制すると決定的な一言を放った。

「私の問いは一つだけ。貴方は知っているはずよ。答えなさい。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
この終りのない煉獄のゲーム自体の脱出手段。ゲームマスター相手に本当の意味で勝つ手段を。」

彼女は左目のパッチを左手でつつくと、反対側、右目だけで目の前の少女に語りかけた。
右目で流れを読み、左目で運命を手繰り寄せる脅威の『雀鬼眼』。そのひとにらみはコミック30巻分に相当する。
白河は彼女の片目だけ開かれた眼を改めて見る。

「ここの気は淀み過ぎていて私の能力との相性があまりに悪すぎる。そのことも察しはついていた。
だから私はここに来る前に、なるべきようになるように『雀鬼眼』で、出来うる限り
運命の糸を手繰り寄せておいた。」

そう語る彼女の目は己が愚さをよく知っている者の眼だった。
そして、それは覚悟を決めた人間の眼だった。そこには己の愚かさと業に殉じようという強い意志があった。
zweiは思う。おそらくこの人は自分ひとりだけだったら死のゲームと言う
『運命』から逃げることができたのだろう。
だが彼女はゲームを前に背を向けることを潔しとしなかったのだ。

そして彼女はこの場にいる。
何故なら彼女は学園最強の『勝負師』だからだ。運命と言う勝負からオメオメ逃げるわけがなかった。
zweiは頷いた。

「2つあります。一つ目の手段はこれからの勝負に勝利することが前提条件。」
決断の時だ。
zweiは言葉を紡ぐ。
いまがその時。それで大切な者が守れるのなら安いものだ。自分の命などダース単位でくれてやろう。

「”just 10minutes”
それが『終りの始まり』です。」
                 (白河zweiの人間体験~決戦前~・了)