番長GSS1


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【プロローグエピソード】

入学式から大分経ち、クラスメイトとも打ち解けた気がするこの季節ある噂を耳にした。

――踊り場の噂って知ってる?――
――何でも願いが叶うらしいよ――

そんな話を笑顔でしているのは私の最初にできた友人の京香だ。
「ねえ!この噂本当かなぁ?」
「相変わらず京香は噂好きだね」
「まあね!でさ、本当だったら何願う?あたしならねえ……」
勢いよく話を続ける彼女に気圧されてしまう、こう噂話ばかりをいくつも話されると私なんかより女の子らしいと思ってしまう。
そこまで私は噂なんかに熱中できないや……
「所詮噂でしょう?それにそれが事実だとしても願うことなんて別に……」
いや、あった。


入学式の帰り道わたしは"それ"を手にしてしまった。
"それ"とは今もカバンの中に入っているあの黒い本。

中には悪魔召喚だとか呪殺の術だとかがこの黒一色の表紙にぴったりなほど気味の悪い文章が並んでいて、手に取ると背筋に冷たいものが走るように感じ、驚くほど辺りが静かで虚ろに思える。
最初はなんとも思っていなかった、気のせいだと思った。
自宅近くの集積所に他の処分する本と一緒に縛り処分して終わりな筈だった。
でも次の日その本は学生鞄の中にあったのだ。
それからというものの常に近くに付きまとうあの本には恐ろしさしか感じていない。
願いが叶えられるのなら……いや、あり得ないか。

「でさ、センパイに願いを叶える方法聞いちゃった!」
「えっ?」
「真夜中の3時に、鏡に向かって3回、「まどか様、まどか様、おいでください」と唱えるの。
そうしたら白いフードの女の子が願いを叶えてくれるんだって。やってみようよ!」
「へえ、それっぽいね。でもそのセンパイは願い叶えたの?」
「さあ?そこまで聞いてないや」
……なんだか信憑性がさらになくなった気がする。
「まあ2時半に集合ね!」
いや、と言っても無駄なんだろうな。


それにしても踊り場で「まどか」なんて風紀委員の先輩に少しだけ聞いたあの話を思い出す。
血の踊り場事件とそれにまつわるハルマゲドン。この話自体もどこまでが噂でどこまで事実なのか分からないけど、先輩のあの暗く深刻な表情はこの学園の歴史の片鱗を物語っていた。



その日の2時45分満月の下で私達は集まっていた。
「って、自分から言っておいてなんで遅れるかな?」
「ごめん百合!用意してたら気がついたらこんな時間でね。」
「全くいつもそんなこと言って、用意っていっても持ってくるものなんてないじゃない」
「えへ……そ、それより噂の現場は中等部の2階らしいよ、早く行こ!」
そう言うが早いか京香はタタタッと小走りで行ってしまう。
もう、勝手なんだから。



体が揺れている……
「百合!百合!起きて!百合!」
ここは一体どこだろう……
頭に血が流れていないのかボンヤリとする。
「百合!もう、ここどこなのよ!」
この声、なんだ体を揺らしてるのは京香か……
そういえば踊り場の噂で中等部の校舎に居たんだっけ……
「……ってあれ!?ここどこ!!」
見たことがない場所だった。腕時計では3時30分だから30分くらい気絶してたようだ。
「百合、気がついたのね……もう動かないのかと思って心配したんだから」
半泣きになりながら振り絞るように話す京香をみて心配させてすまないという気持ちもありつつ、どこかここまで心配してくれて嬉しくもあった。
「心配させてごめん京香。……それにしてもここは一体どこだろう?中等部じゃないみたいだけど」
あたりを見回すとどうやら学校の敷地内のようだ、背中側には恐らく学校の校舎であろう建物の柱の一部が見えるががそれ以外は全方位木に囲まれている。
所謂校舎裏ってところだろうか。
それに、なぜか"あの"黒い本を手にしている。こんなの持ってくるはずないのに。
「そうなのよ……中等部の2階に行った後気がついたらこんなところにいるし……さっきから変な声も聞こえるしなんだかもう怖くって……」
言われてみれば微かに変な声のようなものが聞こえる。
誰かが居る?
「……ひとまず声のする方に行ってみるしかないんじゃないかな」
そういって京香を見つめると、さも恐ろしいことを聞いたかのような表情をしている。
まあ、なにを言いたいのかは分かる。
「そんなことできるわけないじゃない!襲われたらどうするのよ!」
「でもここに居ても仕方ないでしょ、もしかしたらあそこにいる人たちが何か、例えば何処にいるのかぐらいは知ってるかもしれないじゃない」
そう話ながら現状の調査を促そうとした時。
きゃあああああああああああ
耳をつんざくような悲鳴。
なにかを叩きつけるような音。
そしてトマトの潰れるような音。
風や木の葉が舞い何か危険なことが起こっているということは嫌でもわかる。
京香はあまりの事に顔を真っ青にしながら全身が震えていた、
そして私も似たようなもので、この近くでなにが起きているのか知らなければならないと考えつつも、今すぐ逃げなきゃ危険だという考えも頭から離れない。

次に風が吹いた時その危険は現実となる。


「畜生ッ!なんで案内人がこんなところに!!」
遠くでそんな叫びが聞こえた途端、あたり一面に亡霊としか言いようのない白い何かが埋め尽くす。
「コロセ!コロセ!コロセ!」
「幻影なんかにやられてたまるかよォ!」
「ヤッチマエヨオ!」
「能力デモ使ッテミロヨ!」
「アゝ発動率ガ足リナカッタミタイダゼ!」
「しにたくないよお!!」
爆発、轟音、血飛沫、そしてそれを眺め笑っている亡霊。
これは現実なのだろうか、あまりにも暴力的で、狂気や怨念が籠りすぎている。
京香は無事だろうか……そう思い京香の方へ向く。

京香の前には白いフードの少女が立っていた。
斧を片手に
振り上げ。
首ガ

飛んダ



意識が遠のく間際こんな声を耳にした気がする。
――あなたがここから脱出したいのなら――
――この戦争(ハルマゲドン)に参加してもらいます。――


手の中の黒い本は鈍く光っていた。



【プロローグエピソード】の間に勝手に挟んでみた

「えへ……そ、それより噂の現場は中等部の2階らしいよ、早く行こ!」
そう言うが早いか京香はタタタッと小走りで階段を駆け上り2階へ。
――あれ? 踊り場ってここじゃないの?――
なんて口を挟む間もない。
追いついたのは、京香が空き教室前で止まったあとだ。
ゆっくり数を数えて息を整える。
「ちょっと京香。早すぎ。別にまだ急ぐような時間じゃないのに」
「まあまあ。しっかし、一人ぼっちになったときは、怖かった? 変な顔してたぞ」
「そっちこそ怖がってんじゃないの、手が震えているよ」
「怖くないったら。震えているのは寒さのせい!」
「はいはい。怖くなかったら一人でに入ったら?」

2階の左から9番目の空き教室は、なぜか他の教室より1.5倍ほど広い。
そのためか学年を問わず妃芽薗生が集まっている。通称は、少し大きいことから「LL教室」、
お昼休みに百合姉&妹と女性&人形がダンスしてるから「ダンスホール」、人が集まってイチャイチャするから「愛部屋」――

「あ」
京香がドアに触れたのとほぼ同じに、変な声が漏れた。
すごく馬鹿らしいひらめきをしてしまった。
「なにマヌケな声だしてんのさ。開けるよ」
マヌケはそっちだ! ため息が出る。
「あのさァ、ひとつ聞くけど……踊り場ってダンスホールじゃないよ?」
すると京香が目を見開いて


_人人人人人人人人人人人人人人人_
> ダンスホールじゃないの!? <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


ハァ……。ため息しかでない。
先輩から噂を教わったって言ったけど、常識は教えてもらえなかったのか。
「踊り場ってのはさ、階段の途中の、ちょっと広いところのことなの。あっちにも鏡があるでしょ? 東西どっち側かは知らないけど。京香がシュタタッて通り過ぎたとこだよ」
「えーっ! あんなとこで踊ったらパンツ見えちゃうよ!」
「知らないよ!別に踊り目的じゃないからいいでしょ!?」
より一層慌てて駆け出す京香。
「だから早すぎってば!」
もう、ホントに勝手なんだから。



【矢達メア・テーマソング「もしもわたしが蟹だったなら」】


きっと行くよと あなたは言った 約束だよと わたしは言った
だけど あなたが 来ないことなんて ずっと前からわかってた

暗い雨が わたしを包む こない あなたを待つホーム
せめて 空の太陽だけには 笑っていて欲しかった

こんどこそはと あなたは言った 信じてるわと わたしは言った
たぶん これが 終わりになると 予感だけがつのってた

暗い雨に 打たれながら こない あなたを待つ渚
せめて 空の太陽だけには 笑顔を見せて欲しかった

翼を濡らした海鳥が 蟹をついばみ 羽ばたき消えた
もしも わたしが 蟹だったなら 連れて行ってくれますか

凍てつく雨が わたしを責める 愛しい あなたに 離別(わか)れを告げる
せめて 空の太陽だけには 最期に微笑み欲しかった

※演歌っぽく歌おう!



【黄色いお兄さんキャラクターソング「小便を」】


tp://www.youtube.com/watch?v=g7OwYIwZQ64の曲のメロディで歌おう

まるで汚物になったみたい みんな自分を蔑んでいる
そんな風に感じてたのかい?
小便を漏らしたのなら 立ち上がり胸を張って
Universe Restarts世界が変わる流れ信じて
Universe Restarts蔑まない友を見つけ出せ
それが君の尿(ゆばり)

なぜか空っぽになったみたい すべて自分から流れ出ていく
そんな風に世界が見えたかい?
小便を漏らした日でも雨が降りみんな濡れて
Universe Restarts聖も俗も無い世界(ばしょ)探して
Universe Restarts君だけの世界地図描き出せ
それが君の尿(ゆばり)

下着を洗う水の冷たさに 思い出すもの夢に見るもの
Universe Restarts聖も俗も無い世界(ばしょ)探して
Universe Restarts世界が変わる流れ信じて
Universe Restarts君だけの世界地図描き出せ
それが君の尿(ゆばり)



【相撲部に入ったいきさつ】


私は相撲が好きだ。
逞しい肉の鎧を纏った男達が激突するファンタジー。
土俵の中にはつまらない現実とは無縁の、素晴らしい戦いがある。

矢達メアは大関である股ノ海のファンだ。
往年の名横綱、股盛山を彷彿とさせる多彩な技。
股ノ海が横綱となる日は近いと思う。

そしてもう一人。
股ノ海と同門の小結、股ノ富士にも注目している。
まだ若く粗削りだが、その技のキレは凄まじい。
彼は驚くべき早さで番付を駈け登り、股ノ海と優勝争いを演じることになった。

そして股ノ富士は横綱を倒し、遂に迎えた大関との直接対決。
股ノ海vs股ノ富士。
これは歴史に残る一番だ――メアは固唾をのんでテレビに見入った。

「股ノ富士の怪我により、股ノ海の不戦勝」

それが、公式発表だった。
メアは激しい怒りに包まれ、乱暴にパラソルを投げ付けテレビの電源を切った。
八百屋……闇タニマチ……ブラック・オスモウマネー……。
きっと、股ノ海を横綱にするための黒い動きがあるんだろう。
やっぱりこの世界はつまらない。
にわかに降り出した雨が、メアの胸に陰鬱な音を響かせた。

――――

二ヶ月後。
次の場所にも股ノ富士の姿はなかった。

メアは委員会の図書貸出受付当番をしながら、静かに本を読んでいた。
角界への興味は、既に失いかけていた。

「矢達めう先輩ですね」
そう呼ばれて顔をあげると、小柄なメアよりさらに小さく可愛らしい少女がいた。
私は雨が嫌いだ。
『愛する雨』と書いて『めう』と読む自分の名前も嫌いだ。
だから『メア』と名乗ってるけど、本名で呼ばれても別に即殺すわけでもない。

「はい……何かお探しでしょうか?」
「そんなところです。矢達先輩は蒙古三凶撰の誰がお好きですか?」
「え……? キルギスカーン……ですけど?」
「決まりッスね。矢達先輩、相撲部に入ってもらいます!」

(え……相撲部? ええええええ!?)
相撲を見るのは好きだけど、自分でやりたいとは思ったことがなかった。
そもそもウチの学校に相撲部ってあったっけ?
あああ、まだ了承してないのになんか『ごっちゃんです』みたいな仕草してる!
あれ……なんだろう……この子、どこかで見たことがあるような……?

その子は、みっつ手刀で『心』の字を宙に書き、にっこりと笑った。
チャーミングな笑顔に、テレビの中で見慣れた精悍な顔が重なる。

「自分は股ノ富士です。股ノ富士ちゃん、と呼んでください」

うわー!? やっぱり!? なんで関取が女の子でウチの学校に!?
意味が全然わからない。
でも、もしかしたらこの世界は、意外とつまらなくないかも、と思った。

◆矢達メア
団体戦の人数合わせとして、相撲部に入部。
ときどき股ノ富士ちゃんに相撲の裏話をしてもらえるので大層満足している。
また相撲が好きになったし、この世界も少し好きになったかもしれない。



【ウリューイン・マスト・ダイ #1】


「ここで殺し合ってください」
死神はただ一言そう告げた。

なるほど。これこそは私の待望んだ非日常だ。
見知った同士の理不尽な殺し合い。
矢達メアの胸に背徳的な期待が高まった。
殺して、殺して、殺して――殺される。悪くない。
暗灰色の雨に汚れた、つまらない日常よりは魅力的だ。
だが、ただちに殺し合いを始めるほどの狂気も持ち合わせてはいなかった。
彼女に遭うまでは。

雨竜院金雨。忌まわしき『尿の雨』を引き起こす魔人。
雨嫌いのメアにとって、時折降る黄色い雨は悪夢そのものだった。
そして、メアに流れる雨乞い師の血が、金雨の降雨能力を察していた。

「雨竜院さん……。ここで君に遭えて良かった……」
メアはパラソルの湾曲した持ち手のカバーを、ぱちりと取り外した。
中に隠された、死神の鎌にも似る刃が姿を現した。

「ずっと前から、君を殺したいと思ってたんだ……」
メアの武器『首刈りパラソル』の由来は、雨竜院の武傘とは全く異なる。
雨や日差しから身を護る傘を、殺人具として用いることで冒涜したい。
そうした想いによって、魔人覚醒時に生成された武器なのだ。

「矢達さん!? やめようよ、ね、一緒に出口を探そう?」
金雨も武傘『ミズハノメ』を抜いて応戦の構えを取るが、その腰は引けている。
館の外では、鼻をつく小雨が降り出した。
既にちょっとだけ《神の雫》を発動しちゃったのだ。

「雨竜院殺すべし! 慈雨はない!」
紫の首刈りパラソルが斬り掛かる! 黄色いミズハノメを捻るようにして受ける!
金雨は黄色い傘を回し相手の武器を巻き取ろうと試みる!
メアは回転方向に合わせて紫の傘を滑らせ手首を狙う!
黄色い傘が一瞬沈み、その直後に跳ね上がる!
首刈りパラソルを上に弾かれ、メアのガードががら空きになる!

「《リフメア――」
メアは能力によるカウンターを狙ったが、発動を中止した。
金雨は致命的な隙を見逃し、追撃することなく距離を取ったのだ。

「なんで戦うの!? 話し合お? ね?」
傘術の腕前を比較するならば、我流のメアよりも金雨は数段上だ。
しかし金雨は、戦うには優しすぎた。
金雨には、殺し合いはできない。

黄色い小雨は降り続いている。
その雨音と、微かに漂ってくる臭気に、メアの殺意は一層強まった。

(つづく)



【ウリューイン・マスト・ダイ #2】


矢達メアの左手が、紫色の霧に包まれる。
左手に、ネガ雨乞いエネルギーが集まっているのだ。
金雨は恐怖した。
雨竜院の業とあまりにも異なった、メアの禍々しい気配に。

「乾き死ね! 黄色い雨の変態魔人め! 《リフメア・アセンション》!」
左手を床について、力を放つ!
紫の波動が這うように金雨に向かってゆく!

(黄色い……雨……。そうか、矢達さんは知ってたんだ……)
金雨は、迫りくる脅威をぼんやりと見ていた。
(私の能力を……。尿の雨を降らせる《神の雫》のことを……)
嫌われるのも当然だと、金雨は思った。
でも、まさか、殺したいほど嫌われてるなんて、思わなかった。
(私なんて、やっぱり居ないほうがいいのかな……)
メアの怒りを、怒りの術を、甘んじて受けるべきではないかと金雨は感じていた。

「させないよ!」
二人の間に、青白い肌をした背の高い女性が割って入った!
床を叩き割ってネガ雨乞いエネルギーを強引にインタラプト!
金雨の代わりに《リフメア》をその身に受ける!

「オゴォーッ!?」
乱入者の全身から大量の水が噴き出す!
噴き出した水は重力に逆らい、逆ゲリラ豪雨となって天井を叩く!

「ゼェ、ゼェ……海育ちにコイツはキツいな……」
体内の水分を《リフメア》によって大量に奪われ、苦しげに呻く。
「だが、雨竜院を殺すってぇなら、まずはこの雨竜院雨(さめ)が相手だ!」
雨が立ち上がる。その身長は2m近い!
大きな口にはギザギザの牙が光る! 怖い!

「知らない名前だけど……雨竜院ならば殺す!」
雨の異様な雰囲気に怯まず、メアが斬りかかる!
首刈りパラソルの刃を、雨は素手でガードする! 凄く硬い鮫肌!
しかしメアは鎌刃の先を引っ掛け、雨のガードをこじ開け逆パラソル突き!
両刃の鎌の外刃が、雨の頬に傷を刻む!
更に! 戻りの内刃が首を狙う!
危ない! 雨は間一髪でしゃがみ回避! 死の刃が髪を撫でる!

「よくも乙女の鮫肌に傷を! 許さない!《C.C.ジョーズ》!」
雨が本気になった! 獰猛な捕食者としての本性を現す!
服が裂ける! その体が二回り、いや三回り太くなる!
鼻先は紡錘型に尖り、大きく裂けた口はまさに鮫そのもの!
その口に並ぶ牙、牙、牙、牙……!!

(つづく)



【ウリューイン・マスト・ダイ #3】


私は鮫が怖い。
幼稚園の頃。まだ私の家族も故郷も壊れてなかった頃。
家族で行ったUSJで、お父さんは言った。
アミティに鮫が出たのは昔のことで今は景色がとても奇麗だよ、と。
船で楽しく景色を見てから美味しいロブスター・ピザを食べよう、と。
ピザは結局食べられなかった。
私の下半身を濡らしていたのは、暴れた鮫の水飛沫だけではなかった。
少しだけ、お父さんのことが嫌いになった。

雨竜院雨が鮫の本性を現すのを目の当たりにして、矢達メアは戦慄した。
「ジョーズ!? ジョーズナンデ!?」
メアのニューロンに深く刻まれた鮫に対する根源的恐怖が呼び覚まされた。
鮫リアリティショック!

ザアアアアアア!
突然、黄色い雨が激しさを増した。
羞恥に頬を染め、瞳に涙を浮かべながら、鮫への恐怖によって失禁したのは雨竜院金雨だった。

鮫に怯えながらも、メアは金雨が失禁する姿を見た。そして理解した。
金雨の能力《神の雫》が、失禁に伴う不随意発動であることを。
もしかして私はとんでもない勘違いをしていたのではないか、とメアは思い至った。

鮫が怖い。
私は彼女のことを、嬉々として尿の雨を降らせる変態だと誤解していた。
鮫が怖い。
だけど、その表情からは自らの能力に対する羞恥と嫌悪がはっきりと読み取れた。
鮫が怖い。
当たり前だ。好き好んで尿の雨を降らせる者など居るはずがない。
鮫が怖い。
なのに私は誤解し、憎み、殺そうとした。
鮫が怖い。
ひどい話だ。私は最低だ。
鮫が怖い。
彼女は泣いている。羞恥と自己嫌悪に苛まれ、涙を流している。
鮫が怖い。
何か私にできることはないだろうか。何か罪滅ぼしの方法はないだろうか。

鮫リアリティショックで恐慌状態に陥っているメアのニューロンが決断した。
そして、メアの中で何かが決壊した。

《 黄 金 体 験 鎮 魂 歌 》

「見て! 雨竜院さん!」
メアは叫んだ。
「私も一緒だよ! 雨が嫌いで苦しんでるのは、雨竜院さん一人じゃないんだよ!」
メアの頬にも、金雨と同様に涙が伝っていた。
そして、メアの太腿にも、金雨と同様に温かいものが伝っていた。
人前で漏らすのなんて、USJ以来、十年振りだった。

(つづく。次で終わります)



【ウリューイン・マスト・ダイ #4】


まさか私が、雨竜院金雨と仲良く並んでパンツを洗うことになろうとは。
矢達メアは、何が何だかわからなかった。
でも、それは、決してつまらない体験ではなく、むしろ楽しい体験だった。
メアの希求する非日常――黄金体験を、確かに金雨は与えてくれたのだ。

水ですすぎ奇麗になった二枚のパンツを並べて、メアは能力を使用した。
「水の因果よ溯りたまえ――《リフメア・アセンション》」
対象:パンツ。
パンツから天井に向けて霧雨が降り、二枚のパンツは一瞬で乾いた。

「私は雨が嫌い」
メアは言った。

「うん……」
金雨は少し寂しそうに頷いた。普通の雨ならば、金雨は好きだから。

「オシッコの雨なんて、大っ嫌い」

「ううう、ごめんね……」

「でもね、金雨ちゃんのことは……嫌いじゃなくなったよ」
そう言うとメアはぷいっと顔を背け、いそいそと個室に入ってしまった。

金雨も乾いた自分のパンツをギュッと強く握り締めると、隣の個室に向かった。
トイレの外では二人の会話を雨竜院雨が聞いていた。
そして、ギザギザの歯が並んだ口に、満足そうな笑みを浮かべた。

(おわり)


【死にたい人にお薦めの危険な学校妃芽薗学園】


  • 軍人上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じような評価点数の一家に襲われた
  • 校舎から徒歩1分の路上で小金井真白が口からよだれを垂らして倒れていた
  • 足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると戦略核兵器が転がっていた
  • 有望な力士が襲撃され、目が覚めたら女子中学生になっていた
  • 車で信号に突っ込んで止まった、というか止まらない輩は息の根とかを止めようとする
  • 宿が十須微音に襲撃され、貧乳も「俎板も」全員巨乳にされた
  • タクシーからショッピングセンターまでの10mの間に深刻な脱水症状に襲われた。
  • 最高点は転校生だろうと思ったら、マスケ・ラ・ヴィータ言祝が53万点だった
  • 女性の1/3がお漏らし経験者。しかも一緒に漏らして庇ってやるのが友情という都市伝説から「精神薄弱者ほど危ない」
  • 「そんな振られるわけがない」といって出て行った旅行者が5分後恋に破れて戻ってきた
  • 「何も持たなければ襲われるわけがない」と手ぶらで出て行った旅行者が歯を一本無断で盗まれ戻ってきた
  • 最近流行っている会議は「掲示板による会議」唄子さんが厭味の無い雰囲気で参加者に昔のやり方を提案するから
  • 麻雀部から半径200mは脱衣にあう確率が150%。一度襲われてまた襲われる確率が50%の意味
  • 妃芽薗における御厨一族による勧誘者は1日平均120人、うち約20人が操作能力者。



【夏と花火と私の死体】


17歳で、夏だった。
 真夏の太陽がジリジリと地上を灼いて、アスファルトは裸足で歩けば火傷してしまいそうな程熱くなっている。しかしそんな熱さも、逆に凍傷になるほど冷たいとしても幽体の「私」には関係の無いことだ。

 「私」――泉谷夕真は気づけば肉体を失った状態で、他の者達と共にこの旧校舎へと召喚されていた。殺しあってくださいだなんて、同じ霊体の「私」に対してここの怨霊たちも酷薄なものだ。以来、「番長グループ」の一員として来る「生徒会」との戦争――ハルマゲドン――に向け、作戦を練り力を蓄える日々を送っている。

 そんな日々の合間、番長グループの皆は息抜きと戦意高揚のため花火大会を催すことになり、「私」もその準備に参加していたのだけど、少し前にそれも一段落したため校内を「とある物」を求めて飛び回っていた。

「やあ、泉谷」

「矢倉先生」

 廊下の向こうからサングラスをかけた白衣の女性が現れ、「私」に声をかける。物理教師の矢倉三星先生だ。あいにく幽霊の「私」は教師としての彼女を覚えていないが。
 矢倉先生は大きな機材を乗せた荷台を押して歩いていた。何のための機材か、「私」には想像もつかないけれど非常に高価そうで、学校という場では普通お目にかかれないだろう。

「花火大会の準備お疲れ様。
 今は休憩中らしいが、君は散歩かい?」

「ええ、まあ『自分探し』もかねて。
 先生は? その高そうな機械どうするんです?」

 冗談めかして言った「自分探し」という言葉に先生は表情をいくらか強張らせたけど、それ以上特に言及もせず「私」の問いに答えた。

「これはプラズマ加速器というやつでね。旧校舎の物理準備室にあると聞いていたから、今夜の花火大会に華を添えようと拝借させてもらったんだ。
 花火と共に夜空を色鮮やかなビームが走るんだぞ。楽しみにしていてくれ」

「は、はあ……」

 素人の「私」に先生の考えはとても危険なものに聞こえたのだけれど、しかし専門家の先生は当然安全にも気を配るはず、この心配自体素人考えなのだと特に突っ込みはしなかった。

「もしも暇なら、ちょっと運ぶのを手伝ってくれないか?
 ああ、すまない散歩中だったな……」

「別にいいですよ。ただの散歩ですし」

 先生自ら撤回しかけた頼みだけど、「私」は手伝わせてもらうことにした。
 花火を打ち上げる場所からは少し離れた地点に指示通り機材を設置していく。花火大会の準備をしているときもそうだったけれど、炎天下の作業に苦を感じないあたりは幽霊の数少ない利点だろう。
 15分程作業を続け、加速器を設置し終えると先生がもういいぞと言った。

「助かったよ泉谷。後は私1人で十分だ。
 お礼に……他の生徒なら飲み物でも奢るところだが、君は飲み食いは出来ないんだったな」

「あはは、いいですよそんなの。気持ちだけで。
 あ、先生カメラってあります?」

 そう尋ねると、先生は「これでいいかい?」とバッグからデジカメを取り出した。
 タイマーをセットして、大きな加速器の前に2人並べば数秒してシャッター音とフラッシュ。確認すると、確かに先生と「私」、そして加速器が映っている。本物の心霊写真だ。

「写真、残しといてください。それがお礼と言うことで」

 「私」の言葉に対して先生は「そうか」と笑ったが、しかし何か言いたげな表情になり、そして数瞬の沈黙の後、言った。

「少し話さないか?」

 2人は校舎内へと移動し、先生が私室として使っているという理科準備室へ入る。中ではエアコンによって冷気が供給され、室温計は26度を指し示していた。

「やはり中は涼しいな。
 君には私の都合で行ったり来たりさせてすまないが」

 ハンカチで額の汗を拭いながら先生は言う。確かに室温計によれば適温なのだが、「私」には実際涼しいのかどうかがわからない。そういった感覚は、今の「私」には記憶として残っているのみだ。
 先生は小さな冷蔵庫からコーヒーが満ちた容器を取り出し、グラスにとくとくと注いでいった。コーヒーに浮かべた氷がカランと音を立てる。

「ああ……」

 その音を聞いて「私」の口腔内でアイスコーヒーを飲む感覚が確かに蘇った。唇に当たる氷の冷たさ。口に含んだ時の苦味、甘み、酸味、渋み。鼻に抜けるふわりとした優しい香ばしさ。喉越し。
 それは思い出すなどといったレベルではなく、リアルタイムで飲んでいるのと全く区別のつかない鮮明な感覚だった。

「美味しい……」

「……?」

 口から漏れた言葉に対し驚きと困惑の入り混じった表情で、先生は「私」を見る。

「時々、あるんです。
 温度だったり、匂いだったり味だったり、この身体じゃ感じられないはずの刺激を感じることが。
 いや、今は実際飲んでるわけじゃないので、感じるっていうのとは違うんでしょうけど……」

「『ゴーストペイン』」

「へ?」

 さっきとは逆に、今度は先生が「私」に説明してくれた。
 曰く、事故などで手足を失った人間の6割以上が、既に無いはずのそこに痛みが走ると訴えている。また、痛みとは違うが例えばシャワーを浴びるときなど、無いはずの腕にお湯が当たったと感じる人もいる。
 「私」はそう言えばそんな話聞いたことあるなあとぼんやりと思いながら続く話を聞いていた。

「手足があるものとして長年生活してきた脳にはその感覚が染み付いていて、実際には失ってもそれが呼び起こされるためにそんなことが起こる、と言われている。
 脳は未知のことがまだまだ多いから推測に過ぎない仮説だがね」

 先生は一旦言葉を切り、コーヒーを一口飲むと更に続けた。

「それで、『霊魂』というもののメカニズムは脳以上に未知だが、それでも推測するに君のそれが生きている間の、肉体があった時の感覚を覚えていて、今のように何かの刺激で呼び覚まされるんじゃないかな?」

 成る程、と思わず頷いた。生の感覚の名残とは「私」からしても納得できる話ではある。
 ゴーストペイン……確かに失われた四肢の記憶というのは亡霊めいているかも知れないが、しかしゴーストそのもののはずの「私」にもそれがあるというのはなかなかに皮肉だ。
 おまけに、四肢を亡くした人はそれ以前の記憶をちゃんと持っているが、「私」からは生きていた時の記憶の大きな部分――妃芽薗学園入学以降――がすっぽりと抜け落ちているのだ。

「話……続けていいかい?」

「あ、はい。ごめんなさい。どうぞ」

 「私」を見つめる先生の目は、それまでになく優しげなものだった。

「さっき、『自分探し』を兼ねて散歩していると言っていたね。
 いかにも青春という響きだが、しかし生前の記憶が無いと言う君の言葉だと微笑ましいと捉えるにはあまりに深刻なものに思えてしまって。教師とはいえおせっかいかなという気がしつつ、気になったんだ。
 やはり覚えていないというのは辛いか?」

 暫し室内を重たい沈黙が支配する。2~3分程だったろうか。その間、先生はじっと「私」を見つめていた。

「辛いというより、寂しいって言うか。虚しいって言うか。そんな感じです」

 自嘲気味に薄く笑って、「私」は言う。

「私、恋人がいました。そして、その人に殺された。
 そんな記憶があるんです」


  •      ・     ・ 


 放課後の教室を私と彼女の2人は独占していた。
 山際に消えゆく太陽の光が室内を茜色に染め上げている。私と過ごす時間でも、夕方のこの時間が1番好きだと彼女は言っていた。
 夕焼け色の髪が黄昏時の世界に溶けこむようで綺麗だと、髪を撫でながら褒めてくれた。

「ねえ夕真。殺していい?」

 彼女の甘い声が教室に響く。その声は、私の世界から暫し音というものを消し去ってしまった。

「うん、いいよ」

 じんわりと全身に染み渡る言葉を噛み締めた後、私は笑って答える。

 「好きになりすぎると殺したくなる」――付き合い始めの頃に彼女はそう言っていた。当時は冗談だと思ったけれど、でも反面、死ぬなんて嫌だけど、もしも彼女の殺意が愛の証ならば、その時は殺されたって構わないと思った。

 今、私に言った「殺していい?」は紛れもなく本気の言葉だ。嬉しかった。涙が溢れるが、彼女の細い指先が優しくそれを拭ってくれる。

「あなたになら殺されてもいい。ううん、殺されたい」

 そう答えると、彼女も目を潤ませ、そして私にキスをした。今までで1番長いキス。



 いつも勉強していた机に仰向けになり、その上に彼女が馬乗りになる。
 すっと、指が首筋に触れる。細い指。彼女の好きなパーツの1つだ。

「ありがとうね。夕真。いくよ」

「私こそありがとう。さようなら」

「さよならじゃないよ。ずっと、ずーっと一緒」

 その言葉と共に指が食い込む。声にならない声が口から漏れた。
 苦しい。目が飛び出そう。頭が痛い。ああ、死ぬんだ私、死ぬんだ。2人で旅行に行きたかったとか、初めてを彼女にあげたかったなとか、思い残しはあるけど、いいや。
 殺していいって言ったのに脚バタバタさせちゃってる。見苦しいな。首絞められて死んだら色々出ちゃうんだろうな。汚いな。でもいいや。
 彼女が私を殺したいほど愛してくれたなら、それらのことはどうでもいい。世界で1番幸せだ。

 机をガタガタ揺らして、汚して、私は息絶えた。
 目をカッと見開いて、顔面はよだれと涙と鼻水まみれ。あまりに女の子らしくない死に顔を晒す私の上で、彼女はブルブルと震えていた。罪悪感や恐怖からではない。絶頂していたのだ。

 震えが収まると、殺人者の顔ではなくお母さんみたいに優しい眼差しで彼女は私を見下ろしている。

「夕真……好き」

 私もだよ、とはもはや言いたくても言えなかった。


  •      ・     ・


「殺されてもいいって思ったのに、殺してもらえるなんて幸せって思ったのに、それだけ好きだったのに、彼女がどんな人だったのか、彼女とそれ以前何をしたのか。顔さえ全く覚えていないんです」

「……」

「1番好きだった人なのに、思い出せないって何なんだろうって……。
 今、番長グループの皆と楽しくしている思い出も、もしみんなが死んじゃった時、消えちゃうかもしれないなら意味なんてあるんだろうかって」

「実は私、自分の死体を探してるんです。さっきもその途中で。
 多分もうすっごい腐っちゃってるんだろうけど、もしも自分が生きていた何よりの証に出会えれば、この記憶も戻るかもって。
 でも、毎日探してても見つからないから、多分……」

 少なくとも、旧校舎には無いのだろう。生徒会の面々が発見しているのかも知れないが、と消え入りそうな声で「私」は述べた。
 だから「私」は、写真を撮る。もちろん色褪せるし、無くなることもあるだろうけれど、いつ消えてしまうかわからない記憶よりは、よほど確かな「物」としてせめて今を残したかった。

 「私」の言葉を黙って聞いていた先生は飲みかけのグラスをテーブルに置き、「私」に近づいてくる。

「ど、どうしたんです?」

「いや、髪、綺麗だなと思って。触ってもいいかな?」

 気づけば既に夕刻で、半開きのカーテンの隙間から西日が差し込んでいた。ちょうど「私」の顔を照らし出して、緋色の髪は夕焼けの中に溶けこむようだ。

「いいですけど、触れるかわかりませんよ?」

「まあ、挑戦してみよう。
 おお、触れた! やはり手触りもいいな。うん、いい髪だ」

 手櫛で梳くようにしたり、撫でたり、細い束を摘んで指で弄んだり、先生は「私」の髪を楽しんでいるようだった。
 以前にもこうされたことあったような、と「私」は思う。

「泉谷」

「はい」

 先生は髪で遊びながら名を呼ぶ。

「君は、番長グループではなかなか評判がいいぞ。話をよく聞いてくれる、面倒見の良い優しい女の子らしいな君は」

「な、なんですか急に!?」

 唐突な褒め言葉に「私」は困惑する。慰めるにしてもそんな関係の無い褒め方をしないで欲しいと、俯いていた顔をあげ若干の怒りを込めて先生を見るが、彼女は更に続ける。

「私はね、人の成長というのは経験あってのことだと思う。過去の経験から、よりよい自分を探っていくんだ。そして経験というのは記憶だ。
 君が今みたいな女の子に成長できたのは、今は無くしている生前の記憶の賜物じゃないか」

「……」

「きっと君と恋人との関係だって君に大きな変化を及ぼしたはずだ。最愛の相手なのだから。
 記憶が無いのは嫌だろう。いずれ取り戻せれば良いと思う。
 けれど、思い出せないからといって君を君たらしめた過去に無意味なはずは無いんだ」

 いつしか髪を弄っていた手は「私」の頭を撫でる手に変わっていた。
 俯いていた顔をあげれば「私」より少し背の高い先生が優しく見下ろしている。
 目頭が熱くなり、零れそうになる涙を先生が拭ってくれた。

「先生、私、先生のこと、大槻教授みたいな怪しい人だと思っていました」

「霊をプラズマだと唱えるような人物と一緒にしないでくれ。まあ、私は確かに怪しいかも知れないが」

 そのやり取りに「私」がくすくすと笑えばつられて先生も破顔する。

「先生、怪しいけどいい人ですね。
 ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げ、そしてくるりと背を向けて準備室を出ようとする。その背中越しにまた先生が声をかける。

「花火大会の準備の続きかい?」

「はい、先生のプラズマも楽しみにしてますね」

 時計は、最後の準備が迫っていることを示していたので、皆のところへ戻らねばならなかった。昔のことはまだまだ思い出せそうに無いけど、それでも今の「私」には彼女たちが紛れもない仲間なのだ。




「たーまやー! かーぎやー!」

 お腹に響く重低音を立てて夜空に色鮮やかな花が咲けば、誰かがそんな風に声を上げる。
 一緒に花火を見ている仲間達の顔を「私」は見回した。下級生も、同学年も、先輩たちも大人たちも、一様に夏の夜の花に魅入っている。
 きっと敵対する生徒会の面々もこれを見ているのだろうと「私」は思った。

 夏が過ぎ去るように、楽しい時間もいつかは終わる。ハルマゲドンはもう間近だ。出来れば死人は出したくないけど、それでも誰かは死んでしまうのだろう。
 ハルマゲドンが終わって、幽霊になった彼らが生前のことを忘れていたら、自分が教えてあげよう。思い出を語って、一緒に撮った写真を見せて、あなたが好きだよと言ってあげよう。
 過去を覚えていなくても、今を忘れてしまうとしても、未来に繋げられるように。
 闇に弾ける光の粒を目に焼き付けながら、そんなことを「私」は誓っていた。


  •      ・     ・

 轟音と共に弾ける花火を、彼女は1人――否、私と2人で見上げていた。

 彼女が私を殺してから1ヶ月ほど経ち、今日は隣の区の花火大会の日。会場にいる多くの家族連れやその他グループ、恋人同士等の中で彼女は1人きりだったが、寂しさは全くない。私が一緒だというという確信があるから。

 義理のお姉さんに影響されたのだという彼女の魔人能力は、殺した相手と「一体化」することが出来る。妃芽薗を中心とした多数の行方不明者名簿には私の名前もあったが、しかし他の皆とは違い、私が発見される可能性は永遠に無い。

「花火綺麗だね、夕真。来年も、再来年も、私がおばあちゃんになってもずーっと一緒に見に来ようね」

 彼女は声をはずませて言う。確かにそうなるだろう。私も彼女と一緒にいたい。

 しかし、彼女の能力は相手の魂まではその対象では無かったらしい。
 対象とならなかった、もう1人の私――幽体と化して旧校舎に囚われている「私」がこの先どんな運命をたどるのか。それは私にもわからなかった。



【決戦前】


「どうしたの?金雨ちゃん」

遂にダンゲロス・ハルマゲドンの前半戦を1日後に控えたその日。
覇隠瓢湖(はがくれひょうこ)は、旧校舎の裏で気持ちの沈んだ表情でいる、雨竜院金雨(うりゅういんかなめ)を見かけ、声をかけた。

この二人、番長陣営として同じチームで戦うことになったのは、偶然の導きではあったが、
互いの能力の相性が良く、いわゆるコンボを組める間柄であること、
また、姉想いという共通点があったことから、今ではすっかり打ち解け仲良くなっていた。

「うん、それがね……」
「昨夜、また夢に黄色いお兄さんが表れて……」
「そんな、また……?」

友人となった二人は互いの悩みについても気軽に相談しあうようになっていた。
金雨は周囲に対して何とも言い難い多大な迷惑をかける、自分の能力を普段は他人に伏せて過ごしていたが、
互いに命を預けて戦う場となればそうはいかない。
覇隠瓢湖は既に金雨の能力の詳細を彼女から伝え聞いていた。そしてそれを授けたという、度々金雨の夢に現れる黄色いお兄さんのことも……。

「うん、昨日は特にひどかった」
「いつもいつも訳の分からない、気持ちの悪い自分の欲望にまみれた話ばかりしてくるんだけど……」
「昨日現れた時は『金雨、いよいよ決戦が近いね。この歌を君たち番長の陣営の勝利のために捧ぐ……。私のテーマソングだ』とか言って、急に延々と歌いだして」

「うわあ……」

「それも、その歌が本当はある番組のテーマソングの替え歌だったんだけど……」
「それが滅茶苦茶な、もうほんと意味の分からない歌詞に改編されていて……」
「しょうべん……うっ、もう、もう嫌だよお……」

金雨はそこで顔を手で抑えて泣き出し、 瓢湖は必死にそんな彼女を慰めた。
そして泣き濡れる金雨から、黄色いお兄さんが歌ったという歌の内容を断片的に聞かされ、 瓢湖の心ににもまた、
沸々ととやるせない怒りと悲しみが湧き上がってきた。

黄色いお兄さんやとらが自らのテーマソングだとたわけたらしい歌は、元々は未来に向けて旅立つ少年たちへ向けた励ましの歌だった。
そしてそれが主題歌として使われた番組は、ヒーロー番組でありながら、意欲的な試みを色々と行った、優しさに満ちた番組であった。

ロシア生まれである瓢湖は、その番組を放送当時は知らなかったが、いつだったか姉にその番組を見せてもらい、
その和の心あふれる雰囲気と作品の持つ優しさに惹かれたものだった。
その作品は姉との大切な思い出の一つでもあった、のだが……。

そんな作品の主題歌を自らの欲望を垂れ流す歌に改編するとはどういう心づもりなのか?
そんな歌を捧げられてしまった金雨の気持ちもさることながら、
そんなことをしてその歌を、その番組を愛する人が聞いて、どのような気持ちになるか考えないのか。
そんな黄色いお兄さんの無思慮さが、 瓢湖にはやるせなかったし、悲しかった。

「ねえ、瓢湖ちゃん。私たち、本当にいいのかな?」
「このまま戦いになれば、前半戦、私たちの能力を使うことになるんだよね」
「私、皆の勝利のために、瓢湖ちゃんのためにも自分の力を役立てたいけど」
「私の能力を使った後に起こることを考えると、私、嫌だよ。自分の能力を使いたくない」

「金雨ちゃん……」

「もちろん、もしもの時は覚悟を決めているるもりだけど」
「けど、ためらってしまったら……ごめん、瓢湖ちゃん」

そういって、力ない表情を浮かべる金雨を見つめ、瓢湖は無理もないことだな、と思った。
自分達の能力のコンボは次の戦いにおいて、有力な手段の一つとなる。それは間違いない。
しかし、その結果として、戦場には血や肉片よりも、あるいは人によって忌み嫌われるものが大量に飛び散ることになるかもしれないのだ。

殺し合いとなればそれもやむを得ないことなのかもしれないが、しかし瓢湖の中には戦いとは、例え殺し合いであってもかくも美しくあるべし、
と語った姉の教えが強く心に残っていた。
そして姉は、妃芽園学園を秩序ある綺麗な学園、魔人達の理想卿にしたかったという、姉の理想を受け継ぐという志がある。
姉はそのための手段、ハルマゲドンという殺し合いを起こしてそれを達成しようとした、そのやり方を間違えていたかもしれないが、
それでもその理念は貴かったと思う。
そんな姉がはたして学園を汚物まみれにするこの能力の使用を自分が手伝ってしまうことを喜ぶのか?

姉が戦った時代、妃芽園学園で行われた最初の戦いの時、この学園には、まさに汚物そのものとしか言いようのない存在までもが闊歩していたという。
そんな現状を憂いて、ハルマゲドンまで起こそうとした姉に、その願いとは真逆の能力を使ってまで得る勝利が、果たして彼女に捧げられるものになるのか。
瓢湖の心に言いようのない淀みが広がっていた。

「お姉さま……」

瓢湖は金雨を慰めつつ、旧校舎内に向かい、その中に漂っているであろう、姉の霊へとそっと祈りを捧げた。
……黄色いお兄さんは金雨の能力発動が霊達への慰めになるだろう、などとのたまっていたそうだが、
少なくとも綺麗な世界を望んでいた姉の心が慰められることは無いだろうな、と思う。
瓢湖は、そんな自分の心の迷いを打ち消すべく、姉の心と対話を行いたかった。
だから、心の中で姉へと語りかけてみた。

「瓢湖……」

そんな彼女の心の声に応えるかのように、ある女性の声が上空から響き渡る。
旧校舎の空に浮かび上がる、巨大な『竜』。
彼女の姉、覇隠流の霊体だ。

「あ、お姉さま!!」

そんな彼女の登場に最も驚いたのは他ならぬ瓢湖自身であった。
彼女の姉は死んで巨大な霊となった後、かつての理性を失っており、霊体として召喚された場合でも、既に声を発することもできない。
だから自分たちに向かって話しかけることなど、ないだろう、と思っていたのだが……。

「あなたの……いえ、あなた達の心の声の大きさに呼応したのかしらね」
「今、ほんの少しだけど、あなた達に語ることのできる力を得たわ」

「お姉さま……嬉しい」

姿形こそ大きく変われど、久々に聞く姉の声に涙を流して喜ぶ瓢湖。
しかし、そんな彼女を姉、流はすぐに制止する。

「残念だけれど、ゆっくり語っている時間は無いわ」
「瓢湖、そして金雨ちゃん、よく聞きなさい」

流は、瓢湖だけでなく、彼女の傍にいる友達、金雨に対しても語りかける。
最近友達になったばかりの金雨のことも既に知っているとは。やはり姉は自分のことを今までずっと見守ってくれいたのか。

「あなた達を今悩ませている、黄色いお兄さんという存在、あれは厄介だわ」
「今私は霊的な存在となったから、貴方達と違う世界にいるから、分かる。あの男は、今貴方達が住む世界とは更に上位の世界の存在」
「高次元世界、とでも例えるべきかしら。そこの住人よ」

「高次元、世界……?」

「詳しい説明は省くけれど、私たちにとっては神とでも呼ぶべき存在が住まう世界、といったところね」
「あの男は、その中でも、特に厄介な男」
「ひたすら凶悪な冷気を周囲に放つ、自称とある少年」
「……最近では改心したらしいけど、紅い幻影を撒き散らす絶望に染まった男」
「それらと共に、高次元世界では三大害悪的な存在として恐れられている男よ」

「やっぱり……」
「私は、ずっとそんな男に……」

流の語る高次元世界の詳細はよくわからないが、流から語られる自分達を苦しめる黄色いお兄さんの凶悪さに戦慄を覚える二人。

「おそらくその男の目的は、金雨ちゃんを通じて自分の欲望を姫芽園学園に満たすこと」
「貴方たちが自分の能力を使って勝利したら嬉々としてその戦績を語りだすでしょうね」

「そんな!」
「なんとかできないのですか! お姉さま!」

自分達は下劣な神の欲望を満たすための道具に過ぎないのか。
突きつけられた非情な現実を前に絶望で心が支配される。

「残念だけれど今の私の力ではどうすることもできないわね」
「私にできるのはただ見守ること。後はせめて瓢湖、あなたの今の能力のただ一助となることだけ」

「お姉さまがそこまで言われるなんて……」

本当にどうしようもない存在なんだ……。無力感に打ちひしがれる瓢湖。
そんな周囲に流れ出した無情なる空気に、彼女の近くいる金雨もまた肩を落とす。

「うっ、うっ、やっぱり駄目なんだ、私達、どうすることも……」
「あっ、か、金雨ちゃん!」

その時、金雨の股間から黄色い液体が流れだした。
絶望によって体が緩んでしまったのか、彼女が今もっとも忌むべき行為を、思わず行ってしまったのだ。

――ザーザー、――ザーザー

そしてそれと同時に金雨の能力が発動してしまう。
旧校舎周囲に黄色い雨が降り注ぐ。
そして、彼女たちの姿を黄色く濡らす。

「ああっ……いや、いやっ……」

自らを穢す非常に雨に、思わず身を捩じらせて抵抗してしまう瓢湖。
それを見た金雨は再び、涙を流す・

「ううっ……、私、やっぽり駄目だなあ。結局、こうなっちゃう」
「これでまた皆に迷惑をかけて、それで黄色いお兄さんが喜ぶだなんて……、私耐えられないよ」

「金雨ちゃん……」

どうしようもない現実を前に、悲嘆に暮れる友人を前に、瓢湖の心もまた、どうししょうもない程に沈んでいく。
だが、そこに、上空からが力強い声がかかった。

「瓢湖、金雨ちゃん、そうして塞ぎ込んで、泣くことだけが貴女たちにできること?」
「えっ……?」

再び彼女達に、上空に浮かぶ巨大なる竜、流の幻影が声をかけたのだ。
霊体である彼女の体には黄色い雨にも濡れることがなく、透き通った青い輝きを発したままである。

「この雨は確かに汚れている。けど汚れというものは、人の意志によっていくらでも拭うことができる」
「そして人間の、世界の汚れを拭うことができるのも、また人の意志によるものよ」

「確かに、この戦いには黄色いお兄さんの汚れた欲望が介入しているでしょう。けど、戦いとは常に多くの人の欲望によって成り立つもの」
「貴女達もまた、自分たちの欲望の為にこれからの戦いに挑まなければならないのでしょう」
「そして貴方達は、敗北よりも、勝利によってこそ、自分の欲望を果たし、そしてこの汚れを取り除けるのではなくて?」

「それは、そう、だけど……」
「でも、戦いの結果、お兄さんの汚れと欲望がもっと大きくなることも……」

「……貴方達は、もっと知らなければならないわ」
「自分たちが何のために戦いに挑むのか。そして貴女達がこれから引き起こそうとしていることが、なんなのか」

そして、竜の口から蒼く輝くな吐息が発せられる。
流血氷河-XZ
葉隠流の今の能力――。

それは降り注ぐ黄色い雨を一時的に吹き飛ばし、彼女達を照らし出す。
そして、その光を浴びた彼女達の脳裏に、あらゆる映像が幻視される。
それはこの妃芽園学園で繰り返された惨劇の記憶。
彼女たちの年端も変わらない多くの少女たちが命を懸けて戦い、傷つき、そして死んでいく……。
これまでこの学園で数多くの少女たちが繰り返してきた、夥しい数の流血の記録だった。

「それが、貴方たちがこれから挑むべきもの」
「それが戦い、それが殺し合い、それがハルマゲドンというものよ」
「どう? 余程今の貴方達は、黄色い雨なんかよりも余程穢れている、とは思わない」

はっ、と彼女達が周囲と自分立の姿を見まわすと、いつ間にか周囲に黄色い色は、赤い色、血の色へと変色していた。
それは今まで見せられていた流の能力の幻像による影響なのか、それとも本当に流の力で黄色い雨が血の雨に変わったのか。
その答えは分からない。
さっきまでと打って変わり、ただ赤い血の色に染まる旧校舎。
あまりにも凄惨な光景……だが。

「これが……私たちがこれから乗り越えねばならないもの」

「そう、その宿命に打ち勝ってこそ、貴方達は自分たちが望む未来を得られる」
「相手の屍を踏み越えて進む……、その戦いの残酷さ、冷酷さ、そして、美しさ。それに比べれば、汚れた男の欲望など、小さな事、でしょう?」

「そう……ですね。お姉さま」
「私達、覚悟を決めているつもりだった。でもまだ戦いがどういうものか、完全にはわかってなかった」
「私、もう迷わない。お姉さまが望んだ未来のため、例えどんなに汚れても、勝利をつかみ取って見せる」
「私も……、もう自分の能力を恐れない。黄色いお兄さんのことも! 次の戦い、必ず勝ちます。そして自分の願いを叶えてみせる」

「……それでいいのよ。さあ、行きなさい。戦いのため、まずは味方と戦いの準備を整えないといけないでしょう」

「はい!」
「いこう、金雨ちゃん!」

そして、二人の少女はその場を後にする。
彼女たちの姿はまだ血の色に濡れたまま、赤い。
だが迷いの晴れたその姿に、先ほどまでの弱弱しさは微塵もなかった。

「そう、それでいいのよ……。瓢湖、金雨、そして戦う少女達……」
「美しく戦いなさい。そして、赤く染まった綺麗な姿を私に見せなさい」
「勝利……その先に、貴女達の望む未来があるわ……」


ダンゲロスハルマゲドン、前半戦はもう間もなく幕が開く。
勝利を得るのか、生徒会か番長か。
降り注がれるのは、黄色い雨か、それとも赤い雨か。
流血少女たちの戦いが、今始まる――。

*この物語はフィクションです。
実際の人物、団体、事件とは一切関係がありません。


最終更新:2013年08月10日 11:31