流血少女エピソード-白河Zwei-


============================

「どちらを。私は―どちらを選ぶべきなのだろう」
         (白河 Zwei)
†††

―??? 隠匿された部屋 ―

「寒い寒い。」
それは、いつ、どこともいえぬ小さな部屋。
炬燵に入り暖を取っている一人の女性がいた。

その部屋はかなり手狭い。
広さは1DK、丁度、学生の寮室を思わせる大きさ程度。だが、その
手狭さに反し、引かれた絨毯は極めて上質なものであり、内装の
調度品も極めて洗礼された趣味のよいアンティークばかり、それが
整然と並んでおり、部屋の主の気質と性格の両面を表していたといえた。

その上で中央に鎮座する炬燵布団――が只管、異彩を放っている
ご丁寧に炬燵の上にはみかんが入った籠まで置いてあるのだ。
(つけくわえると彼女はどてらを着こんでもいる、どうも部屋全体の調和に
関してはあまり気にしない性格のようだ。)

部屋の主はひょいとみかんの一個を取り上げた。
年のころは二十歳に達していないだろう、
流れるような黒髪に上品な顔立ちは、いかにもお嬢様と言った風貌をしている。
名は安全院ゆらぎ―という。

(どうもこの身体になってから体質が冷え性になったみたい)
そう独りごちると手に布団を突っこんだままに、みかんの皮を向き始める。

彼女はかつて妃芽薗学園で起こった最初のハルマゲドンにて殺され、
次のハルマゲドンで蘇生し
事件の黒幕である『十束学園』の研究施設に連れ去られた『ことになっている』
かつての妃芽薗生徒会のメンバーだ。

ただし、彼女は、学園生徒から教員全員に至るまで自分に関する思い出を
綺麗に『浚って』しまっていたため、現時点で彼女のことを記憶し
ている学園生徒はほぼ皆無である。
しいていえば唯一シュガー探偵と過去の事件の”実行犯”の二人のみが
その記憶を残すのみとなっているが…。

何故そんな彼女がこたつミカンをしているのか?『十束学園』の目をどうやって
逃れたというのだろうか。
「わたしはTEAPOT背中に丸いとってがひとつついている~」
どこかぼんやりとした表情で歌を口ずさむ
首を傾けた拍子に髪の一房が跳ねるように頭上に来る。
―俗に言う、”アホ毛”だ。
お嬢様キャラが売りだったはずの彼女にアホ毛がはえている。
それはぴょこぴょこと発する言葉のリズムに併せ、メトロームのように左右に揺れる。

そして、やがてそれはひょこ、不意に有らぬほうに反応する。
気配に反応したのだ。
「お疲れ様です。ゆらぎさま。さきほど最終調整終了しました。」
「ん、『アイン』。貴方もお疲れ、それではお茶にしましょうか?」
其処には一人の女性が立っていた。

†††

「これにて準備は整いました。あとは”彼女”だけです。」
「ん」

ノックどころか扉すら開けることなく、その部屋に突如、現れた女性は
この部屋の主からすすめられても座そうとはしなかった。
座する彼女から一歩控えるように部屋でたたずんでいる。
凛とした女性だった。
年のころはこの部屋の主人より少し上といったところ。
隙のないその物腰は明らかになんらかの武道を修め、それが達人の域に達して
いることを示していた、同時に部屋の一角を占めながらも部屋の雰囲気と
調和し、場を乱すことなく綺麗に溶け込んでいる。完璧なワビサビであった。
まるでお嬢様に長年連れ添った忠実な女執事といった井出達であった。
実際、傍から見ても、両者には鉄壁の主従関係が伺える。
―だが、そんなはずがあるわけないのだ。

何故ならば彼女らはつい先日まで入り組んだ学園ハルマゲドンの敵対関係の
渦中にあり、その唐突なる再会も殺す殺される戦場のまっただ中で発生したの
だから―そんなはずが―

「しかし”彼女”は本当に大丈夫でしょうか」

『アイン』と呼ばれた彼女は呟く。
自身ではどんな困難な任務であろうと苦もなく完遂する彼女であるが、今回は
かなり勝手が違う。任務それ自体より送り出した対象のほうが気になってしょうがない。
なんというか初めてのお使いに幼い我が子を送りだした親の心境と言うのが一番
当てはまるかも知れなかった。学園所属自体には発生しえなかった感情ではある。
その心境を知ってか知らずか彼女の主は続ける。

「まあこの件に関しては『おじ様』にも認めていただいてましたし、
そもそも、あの子が目的のモノを手に入れれなければ今回の一件は何も
始らない。ソレがなければ戦いを始めることすら叶わないのだから」

おじ様という名称を聞いた瞬間、彼女の目が否応に鋭さを増す。

「…。あの男は『危険』です。
私はあの男と敵として対するならば何も恐れはしません。寧ろその首級を
あげることを誉と感じるはずです。
だが味方として扱い続けるには、なんといえばいいのか余りにもリスクが高すぎます。
今からでも何某の手を打つべきです。例えば貴方のご友人の助力を仰ぐとか…」

「…。」
ばふ、彼女の主が仰向けに倒れる。

そのまま両手をあげると彼女に向かっておいでおいでと手まねきをする。
主の意図を汲み取った彼女の目線が急に目標定まらなくなり宙をさまよい泳ぐ。

何がし葛藤があったようだが主が望むならやむを得ない。已むをえぬのだ。
と自分を納得させたらしく、絶対忠誠の化身たる彼女は主の近くに膝をついた。
むふふふ、頭に当たるまくらの感触に満足しながらも主は答える。

「私はあの後、お父様が昔おしゃってたことを思い出したの。
『お前が人生の岐路に立ったとしよう、その時、もしお前が自身の最善を望むなら迷わず
お前の友達を頼れ、アイツは決してお前を裏切らない。
だがもしお前が、
『わが身を顧みず敵の最悪を願うなら、あの人を頼れ。嬉々として最悪のシナリオを用意してくれるはずだ。』」

「はあ」
最悪のシナリオを用意してくれるはずだ―どう考えても愛娘に向かっていう台詞ではない。
前半いい話だけで済ますところを黒いところまできっちり踏み込んでくる。変わり者ではあるが、ある種、
先見の明のある親御さんともいえた。その結果、今の今に至るのだ。
それが誰にとっての幸いかは不明のままだが。

「『でアレだけには絶対話に関わらせるな。アイツが絡むと話が必ずおとといの方向向かって
話がぶっ飛んでいきやがる…』ともってうわ、存在、忘れてた。不味いかも。いや、
まあ流石に何の伏線もなくここからいきなり絡んできたりはしないでしょうし。うんノーカンで」
アレ???一体誰のことなのだろうか。
「まあ、それはおいておくとして…もしこれが私だけの問題だったら、貴方の言うとおり
片菜を頼ったかもしれない。でも、これは私だけの問題ではない。
既に『私達』の命題なのです。
私個人の最善などもはや何の意味も持たないのですよ。」
主は片手をあけて自分の頬に軽く指を触れる。

「それにね、あの子は私達の自慢の子供なのだから。きっと大丈夫。何も心配ないと思っています」
「こど・・・えっ、あの、ちょっとそういういい方は」
思わずどもってしどろもどろになった自分に彼女はぷっと噴き出す。
また、からかわれたのだ。全くこの人はもう。

「話はここまで。次に目が覚めた瞬間から”終りの始まり”です。いいですね。アイン」
「ハイ」
「just 10minutes」

そう言葉を発すると彼女の主はよほど寝付きがいいのか、そのまま寝てしまう。
完全な無防備状態だった。
恐らく、いまならその首に手刀を落とすだけで全ての悪夢を終わらせることができるだろう。

不思議であった。
そうしない自分にではない。何故、この人はその可能性もあるのに、こうも自分に
全面的に信頼しきっているのかということを、己が洗脳能力への絶対の自信なのか、それとも…。
彼女、アインこと白河一もそっと目を閉じる。

そして彼女は独り思い出す
入学して間のない頃、薔薇の園で彼女と初めて会った。あの時のことを。
そして彼女はもう忘れない。
あの時の想いを。
そして彼女は知っている。
その気持ちを自分が裏切ることが決してないことを。比類ない忠誠心を持つ彼女だからこそ。

「全ては―”La amen”(貴方が想う)がままに」
果たしてその言葉は、誰にとっての最悪を紡ぐのか


―そしてもう一つ、彼女はこうも想うのだ。
最初からコレと言う存在があった自分とは違い、
確固たる己というものを持たない”彼女”たち。
その彼女たちは自分が得たような『黄金体験』ともいうべき無二の宝を
得ることができるのであろうか。そしてそれを得てしまったとき、彼女は
己が運命を呪わずにいられるかを
何故なら…
――――
―――
――
そして舞台は学園へと移る。

†††

以上、保護者さん達の近況のお話でした。



そして、妃芽薗学園の一角、
件の心配対象の娘さんは今、当面の難敵と向かい合っていた。

「シュシュシュ。シュシュシュ。」

(くっ)

ソレは独特の呼吸音を発ししながら、こちらへの牽制を繰り返している。
その闘志あふれる姿は、まるで、おっやろうってのか姉ちゃん、オレは
学生だからって容赦しねえぜッと挑発しているようにもみえた。

(くっ)
相手の動きを見据えながら、中腰の姿勢のまま”白河 Zwei”もとい
妃芽薗学園2年生 白河・一は、次の行動への判断を強いられていた。

場所は薄汚れた狭い箱庭の中、相手のホームグラウンド、
体格では遥かに勝っているはずなのだが、この狭さでは逆に小周りのきく
相手側の利として働く。

(くっ…どちらだ。どちらから来る)

ほんの一瞬の躊躇、
こちらの動揺を狙い澄ましたかのように紅い眼を光らせ、脱兎のごとく奴は図る。

こちらに迫りくる奴の名は―

『カウンターラビット』ペィン=サンといった。

「シュシュシュ。シュシュシュ。」


               (『白河 Zweiの人間体験』その1につづく)


最終更新:2013年07月27日 15:51